【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第37回

2009/11/26
「プロ」

 天皇杯4回戦、明大×新潟。
話題の明治大学である。今大会、湘南&山形を連破し、勢いに乗るアップセッター。新潟としては、まさか「初の天皇杯ベスト8入り」をかけて戦う相手が明大になろうとは想像もしていなかった。一見、学生チームと4回戦で当たるのはベスト8入り確実に思えてラッキーでしかないのだが、そう簡単じゃないところがサッカーの面白さだ。

 以前、評論家の後藤健生さんとスカパーの番組で御一緒したとき、番狂わせについて話をうかがったことがある。後藤さんは、サッカーが番狂わせの生じやすい競技だという持論を展開し、その理由を煎じつめて「ゴールが決まりにくいゲームだから」と語った。
例えばバスケットボールのように絶えず両軍がゴールし合う大量得点型の競技であれば、時間経過とともに実力通りスコアが落ち着くというのだ。まぁ、バスケだってアップセットは起こるだろうが、可能性はサッカーに比して低い。サッカーはどれだけボールを支配し、得点機を作っても、ちょっとしたミスや不運がゴールを遠ざけてしまう。それでもひとシーズンかけて争えば順位は比較的実力通りに落ち着くが、一発勝負ではわからない。例えばドロー(トーナメント戦ならPK戦)という事態は充分起こり得る。大意、そのようなことであった。

 つまり、新潟側からすると厄介な相手だ。まず、勝って当たり前。プロが学生に勝っても誰も誉めてくれない。それどころか世間は心情的に学生に味方する。メディアも大方は明大目線。「若者の挑戦」を物語の軸にして大いに盛りたてる。そして明大には失うものがない。勢いのままに一度かぎりの青春を燃やせばいい。既に彼らは「初のJ1チーム撃破」という勲章を手にしている。

 で、新潟が「プロとして学生の挑戦に目を細め、いっちょ来ーいと胸を貸してやる」みたいな意識だったかというと(そういうのも多少はあったかも知れないけど)、正直言ってそれどころじゃなかったと思う。選手のモチベーションは「淳さんと一試合でも多く戦いたい」だ。全然、メディアが盛り上げたいかんじの物語と筋がズレてる。相手がたまたま学生というだけだ。荒天にめげず、地元から大挙押しかけたサポーターの意識もそこにあったと想像する。鈴木淳監督のチーム、彼が手塩にかけて作り上げたアルビレックスを一試合でも多く目に焼きつけたい。

 試合は凡戦だった。実力通りにことが運べば凡戦になる。新潟は終始、淡々としていた。プロとして淡々とやるべきことをやる。さすが明大はよく訓練されたチームだったけれど、怖さは感じない。積極的にシュートを打ち、「J1最少失点チーム」から1ゴール奪ったことは手柄として欲しい。それぐらいの話だ。番狂わせの起きようがなく、僕は途中からNHK解説者の早野宏史さんがいつ、明大・都丸昌弘選手を題材に「名前が都丸(とまる)なのにとまりませんね」等と駄ジャレを言いだすかの方が気になっていた。

 会場のNDソフトスタジアム山形は雨も降ったが、それ以上に横なぐりの強風が吹きつけていた。長袖ユニの選手は袖がバサバサ揺れる。ピッチサイドに立つ鈴木淳監督は髪型が右の横分けになっている。風で体温を奪われるせいか、顔色が白かった。ゴール裏のサポーターは、たぶん張りつめた気持ちで「右横分けの色男」になってる監督を見つめていただろう。右横分けは本来の状態じゃないから目に焼きつけなくていいのに、焼きつけようとしただろう。


附記1、思うのはあの強風で山形と当たってたら面倒だったなぁということです。山形なら地の利というか、あの状態も慣れてるでしょう。ま、強風の試合は高校サッカーなんかではよくあることなので、サッカー選手は皆、経験持ってるでしょうけど。

2、しかし、この原稿、プレーの描写が全くありませんね。髪型の描写は熱心だけど。

3、今週末(21日)はサッカー講座&観戦取材にお邪魔します。前日、日光泊なので6時起き磐越道コース(所要3時間半?)の予定です。とにかく無事にたどり着けるのを祈るばかりですよ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!


ユニフォームパートナー