【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第39回

2009/12/10
「特殊な状況」

 J1第33節、川崎×新潟。
 小春日和だった。今季、等々力開催最後のJリーグ。いよいよ大詰めだ。もちろん満員。2位につける川崎フロンターレをサポーターが全力で後押しする。
 同時刻キックオフで首位鹿島は3位G大阪をホームで迎え撃つ。ここで鹿島が勝ち、川崎が敗れるか引き分けなら、鹿島の3連覇が今日決まる。スタンドはケータイ速報をにらみながら一喜一憂だ。

 試合が始まって、あ、そうかと思う。川崎は勝つしかないのだ。前節、大分に負けて星勘定が苦しくなった。鹿島がガンバに負けてくれればいいが、それを計算するわけにはいかない。
 特殊な試合状況だ。新潟としては、スコアは当然0対0からなんだけどリードして始まるような、奇妙な感覚だ。まぁ、ホーム&アウェーのカップ戦第1戦を勝って、第2戦を迎えてたニュアンスだろうか。川崎は攻めなきゃならない。スコアレスドローで終わったら、鹿島に優勝されてしまう。新潟が先制点を挙げたら2点必要になる。新潟が2点とれば3点必要になる。川崎は直接的には新潟と戦っているけれど、もうひとつ「鹿島が勝つだろう」という前提とも戦うのだ。

 そりゃ面白いことだなぁと思いながら、川崎の攻め上がりを見る。マルシオ・リシャルデス欠場(前節、試合中に負傷)を残念に思っていたけれど、この特殊状況を生かしきればまんまと等々力で初勝利を得られるかも知れない。申し訳ないが、それなら新潟は最悪の対戦相手だ。J最強の守備ブロックを誇っている。必殺のカウンター攻撃を磨いている。それにモチベーションが高い。ゴール裏、オレンジの大サポーター群はドローどころか、勝利を見に来ている。

 超惜しかったのは9分、三門のヘディングシュートだ。内田が遠めからクロスを入れ、矢野がオトリになってDFを引きつけ、いつのまにか忍者のように上がってた三門がファーで合わせた。川崎DF陣は完全にノーマークだった。あれが決まってたら精神的には圧倒的優位に立てた。

 川崎はダイレクトでパスをまわすなど、何とか攻撃にリズムを作りたい。が、新潟の守備が固く、ゴール前でスピードを殺される。これは簡単にはこじ開けられないよ。この守備ブロックは昨日今日こしらえたものじゃない。

 前半終わってちょっと守戦にまわり過ぎてるかなという気がしたが、いや、戦い方としては上々だと思い直した。前半はほぼ想定の範囲内で敵を防いでいる。これを続ければ後半、川崎に焦りが生じるだろう。無理攻めを重ねてきたとき、こちらにチャンスが生まれる。ちなみにカシマスタジアムも前半終了0対0。

 後半開始早々、2分に矢野の抜け出し、3分にヨンチョルの切れ込みで雰囲気が出て来る。4分、CKの折り返しがフリーの千代反田に入るが、ボレーシュートが枠を外す。
 川崎はサイドを使ったり、チョン・テセがループシュートを狙う等、変化をつけて来る。新潟の守りに動揺は感じられない。とにかくスピードを殺してしまえば、向こうはパズルを解くように一枚一枚マークをずらそうとするだけだ。そのうちカットできる。
 14分、中村憲剛が一瞬、フリーで受けてパズルを解きかけるが、シュートはポストに嫌われた。ツキがある。これはどうにか粘り切るんじゃないか。

 ところがそうは行かなかった。やられたなー。後半25分、黒津からサイドチェンジのパスを受けたジュニーニョがいったん村上にあずけ、左サイドから速いクロスを入れる。ニアに飛び込んで来たのはチョン・テセだ。これは練習していた形だと思う。左足で合わせた。難解なパズルがついに解かれた。

 川崎苦しんで1対0の勝利。まぁ、ホントに両軍、「緊張の糸」ってやつがピーンと張ってあるようななかで試合をした。鹿島は5対1とG大阪を退けた。優勝の行方は最終節に持ち越しとなる。


附記1、前半交代してしまった大島選手が気がかりです。腰ですか。

2、松尾、マーカス両選手の契約満了のニュースはやっぱり寂しいですね。以前、いくつかのクラブのチーム広報を集めて座談会を企画したことがあるんですけど、全員「11月末が嫌いだ」と口を揃えてました。リリースを出した瞬間、ホントになっちゃう気がするんだそうです。だから、プレスリリースのFAX原稿を抱えて、一瞬、身体が固まる。で、送信ボタン押すときは、ありがとうって、心をこめて押すしかないらしい。泣きながら押したりもしてるらしい。

3、先週あんなことを書いたもんで、すいません、新潟県民手帳が2冊、自宅に届きました。ホントに恐縮します。もちろん1冊は僕が愛用して、もう1冊は大高洋夫(第三舞台)が「欲しい!」って言うもんだから、大高さんに譲りました。これで新潟県民手帳に僕の原稿の締切りだけでなく、犯人役のロケやなんかも書き込まれるかと思うと笑いますね。

4、さぁ、最終節です。もう、これは完全燃焼でしょう!


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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