【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第50回

2010/5/13
「連勝」

 J1第9節、神戸×新潟。
 タイムアップの瞬間、通訳のモトハルさんが黒崎監督に抱きついた。黒崎さんは笑顔で応え、さすがにホッとした表情を浮かべる。リーグ戦今季初勝利だ。長かった。先週、J2・草津が勝って、新潟は「J唯一のリーグ戦未勝利チーム」になっていた。開幕早々に勝っていればこんなに重圧がのしかかることはなかったろう。

 新潟は前半、劣勢に立つ。鼻骨骨折の神戸・大久保嘉人がフェースガードを投げ捨てる奮戦。神戸にツキがなかったのは37分、押し気味に試合を進めながら不注意から失点し、そのプレーでGK・榎本達也が首を痛めたところだ。GK・紀氏隆秀の交代出場で使えるカードが1枚減った。それが最後まで響く。
 新潟はよく集中し、チャンスを狙っていた。リスタートからチョ・ヨンチョルがウラへ抜け出し、落ち着いて流し込む。

 65分、都倉に同点ゴールを奪われた後も自分たちのサッカーを信じた。輝いたのは又も「魔法の黄色い靴」だ。左サイド、矢野が戻したボールを素晴らしいタッチでスペースへ出す。そこへ交代出場のファグネルが駈け込んでゴール!

 下位どうしの戦いだが、新潟の勝ちは順当だったと思う。神戸は攻守に迷いが見られ、ちぐはぐだった。神戸・三浦監督は中盤省略の放り込むサッカーをしていた。あれは最後、都倉の足がつるのも仕方ない。又、三浦方式のゾーンディフェンスは「ぎりぎりの場面、最終的に誰が責任をとるか」があいまいになりがちだ。
 新潟はずっと勝てなかったけれど、チームとしてよくまとまっている。それが強味なのだとあらためて感じた。この1勝はただの1勝ではない。サポーターにも黒崎監督にも勇気をもたらす1勝だ。

 J1第10節、新潟×横浜FM。
 ビッグスワンが4万大観衆で埋まった。「快晴のGW最終日」「前節のリーグ戦初勝利」「F・マリノス、中村俊輔復帰」と好条件が重なったにせよ、ビッグスワンがやっと本来の姿、雰囲気をとり戻した。
 新潟は絶対勝たなくてはいけない。順位なんか関係ない。ここは絶対だ。4万大観衆にいいところを見せ、地元にインパクトを与える。そしてチームを前に進める。ひとつ勝っただけでしぼんでしまうか推力をつけるか、クラブの運命をかけた大勝負だ。

 先にやられた。前半7分、右サイドを水沼に持ち込まれ、渡辺千真に通される。そこが通っちゃいますかというパスだ。渡辺千真はアジリティ(俊敏性)抜群のゴールを決める。さすが横浜FMは強い。
 ここで崩れてしまう目もあった。崩れなかったのは、この試合の持つ意味が横浜FMとは全く違ったからだ。先制した後、敵はどんどん尻つぼみになっていった。巧さはあるけれど迫力がない。
 新潟は愚直に自らを貫く。もうホームで勝てないのに飽き飽きしていた。やり切ろう。ナメられるのも、悔しさにうなだれるのも、もう繰り返したくない。

 逆転劇は2つのスーパーゴールだ。
 38分、矢野のヒールパスをもらったヨンチョルが一度右足で蹴って、GKが弾いたところを胸トラップ、左足でループシュート。このタッチが完璧だった。芸術点満点。チョ・ヨンチョルは3試合連続ゴールだ。
 65分、左サイドから三門がクロスを入れる。スペースにこぼれたところへマルシオ・リシャルデスが飛び込み、右足一閃。こちらは痛快度満点の決勝ゴール。
 特に2点目のゴールが決まったときのビッグスワンの歓声のすさまじかったこと。皆、飛び上がっている。ありったけの声で叫んでいる。爆発だ。これがアルビレックス新潟だ。

 (ロスタイム5分を含めた)後半の残り時間、チームもファン、サポーターも必死に耐えた。去年6月以来のホーム勝利だ。4万人でその時間の長さに耐えなくてはならない。
 タイムアップの笛が鳴って、黒崎監督はあまり表情を崩さなかった。モトハルさんと抱き合った後、ピッチの選手、サポーターに拍手を送る。そして拍手しながら一瞬、腕時計に目をやるんだよね。もうタイムアップなのに時計を見る。最後はそれくらい時間との戦いだった。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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