【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第52回

2010/5/27
「貴章祭り」

 J1第12節、新潟×山形。
 ひと言で言う。最高楽しかった。
 天気快晴。ビッグスワンの屋根が切りとった四角い青空に飛行機雲がスジを作る。
 祭りだ祭りだ、貴章祭りだ。スタンドは試合前から祝祭ムードだ。クラブ初のW杯代表に声をかけたい。その姿を見たい。弾けたい。いかれぽんちになる準備は月曜(のW杯メンバー発表)からできている。思いが叶ったことを全身で感じたい。

 山形には申し訳ないが、場内見わたして絶対勝つと思った。報道によれば山形サポは2千5百人、僕はもっと多い気がしたけれど、いかれ度ぽんち度が違う。何故、分けて言ったかは僕にもわからないが、いかれ度ぽんち度が違うのだ。言っとくけど山形サポのコールもチャントも素晴らしく気合い入ってたんだよ。それでもこっちはいかれぽんち3万何千人。「もう、俺、どうなってもいい」「どうにでもしてー」みたいな人が3万何千人。俗な言い方をすれば勢いが違う。

 新潟はどえらくアグレッシブに試合を始めた。始まっていきなり気がついたのは、矢野貴章にゴールを決めさせようという空気だ。スタンドはもちろんなんだけど、ピッチ上もそんな感じになっている。で、作用反作用の法則というのか、山形は「矢野に決めさせるか!」みたいになっている。こりゃどういうもんなんだろうねぇ。奇妙な均衡が成り立ってる印象だった。

 その奇妙な均衡をあっさり破ったのは山形・宮沢克行だ。前半28分、CKをクリアしたところを左足ボレーずどーん!
 あらー? あのいかれ度ぽんち度共に満点の客を一瞬黙らせたんだから宮沢も大した男だ。が、祭りゴーズ・オン。あんまり気にしてる人がビッグスワン内にいない。

 突破口はマルシオのゴール左下隅を狙ったFK(前半37分)。山形はその辺りから前半終了までが特によくなかった。DFラインが下がり過ぎて、プレスも行ってないから逆転は時間の問題だった。これも俗な言い方をさせてもらえば勢いの差だ。45分、本間勲のミドルで2対1。

 で、まぁ、試合展開を簡略化すれば後半は山形がシステム変更したりして持ち直したんだけど、それでも本格化したヨンチョルは止められず、ダメ押しの3点め(後半39分)。

 面白いのは普段、勝ってるゲームは時計の進むのが遅いもんなんだけど、この日は早く感じたことだ。皆、「仕上げに貴章決めてくんないかなー」と思っていた。黒崎監督も大島を投入しなかった。
 物凄い試合だ。去年からあれだけホームで終盤追いつかれる試合を見たのに「ロスタイム、たった3分かよ」と感じている。主審、貴章にもっと時間くれよ。が、その貴章は実際問題、バテバテだ。いくら何でもあんだけ動きまわったら、そりゃバテるよなぁ。

 新潟の英雄はとうとうノーゴールで南アへ向かうことになった。だけど、今日も人一倍、献身的に働き、チームを勝利に導いた。矢野貴章には他の誰も真似できない個性がある。南アでも必ず出番が来る。その個性を大舞台で生かしきってくれ。

 新潟は6年ぶりの4連勝だ。リーグ戦を勝ち越して中断期間に入る。それに今日は3点とった。それだけだって皆、びりびりしびれたところだ。
 それが今日は貴章を送り出す日に重なった。クラブ史の画期、特筆すべき一日だ。新潟には他の誰も真似できない個性がある。スタジアムは今日、幸福だった。


附記1、この日、僕と大高洋夫(第三舞台)は試合前、サッカー講座を担当したんですが、大高さん、ホントに面白かった。実は大高さん、嬉しすぎて5時起きだったらしい。その上、行きの新幹線車中で「あんた、矢野貴章に花束贈呈するらしいよ」と知らされ、長岡の実家に「NHK見てくれ」と電話する始末。普段、あんなにテレビに出てんのになぁ。

2、で、サッカー講座参加者の挙手により、「花束贈呈時、非売品のパンツもはく」が決まる。僕もそれが新潟日報サンクスデーにふさわしいと思いました。だから、花束のとき、ストッキングも含め、上から下までオレンジのおっさんが実現したんだね。矢野選手は明らかに「何だろうこの人…」って顔をしてた。

3、帰りは知人のクルマに乗っけてもらったんですけどね、大高さん練馬の自宅までレプリカ脱ぎませんでした。僕はあの人、貴章モデルの代表レプリカ買うんじゃないかと思うなぁ。

4、本文で触れられませんでしたが、チームのマルセロTシャツ姿に胸が熱くなりました。それから募金活動の円滑さにも。山形サポも募金に応じてくれたと聞きます。みんなの願いが天に通じますように。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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