【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第62回
2010/8/5
「だいたい丸い月」
J1第15節、鹿島×新潟。
猛暑のなか、新潟はアウェー連戦だ。日程表をにらんでここだなと思った。ここでもたつくとダンゴレースの下位にとり残される。順位の話はまだだろうってことなら、ここでチームの方向性に手応えが欲しい。僕は勘でしかないのだが、黒崎監督のチームが本格デビューするのはW杯中断明けじゃないかと踏んでいた。もっと勘を言うとそれは今日だ。相手は鹿島だ。黒崎さんが何も思わないわけがない。
敵地へ乗り込む新潟サポの表情はどうかというと、これが皆、一様に輝いていた。無理もない。前節・仙台戦(J1第14節)、マルシオ・リシャルデスがPK、FK、CKでハットトリック達成という離れ業を演じている。TV観戦だった僕はただただうらやましかった。カシマスタジアムの外でオレンジ着てる人をつかまえて、ひとりひとり「見たんか?」「仙台行ったんか?」「す、すごかったんか?」と訊いてまわりたい衝動にかられる。
スタジアム上層階の記者席へ行ったら、南ア帰りの後藤健生さんがいらっしゃった。もう僕はうかがいたいことが山ほどあるので、すっ飛んでいった。ひとしきりW杯の話に花を咲かせて、そんなこんなで(何年ぶりになるだろう)、僕は日本一のサッカー評論家と並んで観戦という幸運に恵まれた。
主審が岡田正義さんだったので「まさかゲリラ豪雨で再試合はないでしょうね」と軽口を飛ばすと、いい間で「僕なんか半分期待して来た」と本気とも冗談ともつかない返しが来る。ちなみに2日前、J2第19節・水戸×大分(Ksスタジアム)が試合中の雷雨で中止扱いになったばかりだ。
試合が始まって10分ほどたった頃だろうか。後藤さんが「新潟はこれがベストメンバー?」と訊いてきた。長いつき合いだからわかるが、気に入ってるときの口調だ。僕はGK東口のところが前節の負傷で黒河に、本間勲が累積欠場、とアウトラインを言う。
「だから本間が使えないのを逆利用して、3トップで勝負かけたんじゃないですか。これは黒崎さんの意欲作ですよ」
「あぁ、なるほど。だけど、新潟変わったねー。僕は久しぶりに見るからガラッと変わって見える。ショートパスをつないで、形を作ってるねー」
「これね、ちょっとずつちょっとずつ変えていったんです」
自分のことでもないのに、つい自慢口調になるのは何故だろう。目の前に僕の見たかったサッカーが展開されている。鹿島相手に真っ向やり合うサッカー。この方向性だ。これが黒崎監督の理想とするところじゃないだろうか。
ふと思いついて後藤さんに質問した。
「W杯からJへ戻って、目の感覚で違いを感じるのはどこですか?当たりですか?」
そうしたら後藤さんの答えが、遠州森の石松なら寿司食いねぇと言い出しかねないものだった。
「このレベルだったらほとんど違和感ない。あるとしたらカップ戦とリーグ戦の質の違いだね。これはスペインリーグを見ても、リーグ戦は同じだと思う」
前半は矢野貴章にラッキーな今季初ゴールが生まれ、1点リードで折り返し。
後半は鹿島が持ち味を発揮した。55分、野沢、新井場が右サイドを崩し、マルキーニョスのヘッドで同点。こうなると鹿島は勝負強い。73分、大迫に逆転弾を喫す。交代投入の本山が心憎い仕事をした。通常であれば、これでまんまと「鹿島る」パターンだ。こっちは選手層の薄さとか、言いたくもないようなグチを言わされる羽目になるところ。
それが新潟ぜんぜん負けてないんだよ。黒崎さんの積極策をやり切った。ヨンチョルのシュートがポストを叩く。攻めて、前へ出て、チャンスを作る。80分、ついに実を結んだ。交代で入った三門雄大のプロ初ゴール!伸びかけのボーズ頭よ、記憶のなかで永遠なれ。
それから最終盤のどっちに転んでもおかしくない攻防が続き、タイムアップの笛でドローに決す。後藤さんがすぐに「いい試合だったね、新潟面白いねー、価値あるドローだね」と言う。本当だ、これは価値がある。黒崎さんは(たぶん)チームの未来をこの一戦に賭けた。行けるぞ、これ。早く次の試合が見たい。バックスタンド上空にだいたい丸い月が浮かんでいた。丸いに等しい、価値ある月だと思う。
附記1、この日、最大の衝撃だったのは、帰りにスタジアム前の信号のところで「自転車に乗った新潟レプリカユニ姿の若者」を見かけたことです。いやー、茨城に越してきた新潟出身の人なんかなぁと思って、話しかけてみたら、千葉県の市川市から10時間かけて自転車で来たって言うじゃありませんか。つまり、これから又、10時間かけて市川まで帰るわけですよ。到着、翌朝の7時過ぎですよ。負けなくてよかったし、雷雨にならなくてよかった。
2、仙台戦で負傷した東口選手は大丈夫でしょうか。びっくりするくらい血が出てましたね。ピッチを去るときの号泣する姿が忘れられません。自分の仕事を全うしたかったでしょう。一方、黒河選手にとっては負傷で失った正キーパーの座を奪い返すチャンスかも知れません。これは火花が散るところですよ。
3、新潟市のKさんからセイヒョーの「うらしま亀太郎」「もも太郎」「金太郎」「ビバオール」のアイスキャンディー詰め合わせが届きました。ありがとうございます。佐渡市のメーカーなんですね。「うらしま亀太郎」のネーミングと、柿味(!)というところに魅せられました。猛暑が和らぎますー。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第15節、鹿島×新潟。
猛暑のなか、新潟はアウェー連戦だ。日程表をにらんでここだなと思った。ここでもたつくとダンゴレースの下位にとり残される。順位の話はまだだろうってことなら、ここでチームの方向性に手応えが欲しい。僕は勘でしかないのだが、黒崎監督のチームが本格デビューするのはW杯中断明けじゃないかと踏んでいた。もっと勘を言うとそれは今日だ。相手は鹿島だ。黒崎さんが何も思わないわけがない。
敵地へ乗り込む新潟サポの表情はどうかというと、これが皆、一様に輝いていた。無理もない。前節・仙台戦(J1第14節)、マルシオ・リシャルデスがPK、FK、CKでハットトリック達成という離れ業を演じている。TV観戦だった僕はただただうらやましかった。カシマスタジアムの外でオレンジ着てる人をつかまえて、ひとりひとり「見たんか?」「仙台行ったんか?」「す、すごかったんか?」と訊いてまわりたい衝動にかられる。
スタジアム上層階の記者席へ行ったら、南ア帰りの後藤健生さんがいらっしゃった。もう僕はうかがいたいことが山ほどあるので、すっ飛んでいった。ひとしきりW杯の話に花を咲かせて、そんなこんなで(何年ぶりになるだろう)、僕は日本一のサッカー評論家と並んで観戦という幸運に恵まれた。
主審が岡田正義さんだったので「まさかゲリラ豪雨で再試合はないでしょうね」と軽口を飛ばすと、いい間で「僕なんか半分期待して来た」と本気とも冗談ともつかない返しが来る。ちなみに2日前、J2第19節・水戸×大分(Ksスタジアム)が試合中の雷雨で中止扱いになったばかりだ。
試合が始まって10分ほどたった頃だろうか。後藤さんが「新潟はこれがベストメンバー?」と訊いてきた。長いつき合いだからわかるが、気に入ってるときの口調だ。僕はGK東口のところが前節の負傷で黒河に、本間勲が累積欠場、とアウトラインを言う。
「だから本間が使えないのを逆利用して、3トップで勝負かけたんじゃないですか。これは黒崎さんの意欲作ですよ」
「あぁ、なるほど。だけど、新潟変わったねー。僕は久しぶりに見るからガラッと変わって見える。ショートパスをつないで、形を作ってるねー」
「これね、ちょっとずつちょっとずつ変えていったんです」
自分のことでもないのに、つい自慢口調になるのは何故だろう。目の前に僕の見たかったサッカーが展開されている。鹿島相手に真っ向やり合うサッカー。この方向性だ。これが黒崎監督の理想とするところじゃないだろうか。
ふと思いついて後藤さんに質問した。
「W杯からJへ戻って、目の感覚で違いを感じるのはどこですか?当たりですか?」
そうしたら後藤さんの答えが、遠州森の石松なら寿司食いねぇと言い出しかねないものだった。
「このレベルだったらほとんど違和感ない。あるとしたらカップ戦とリーグ戦の質の違いだね。これはスペインリーグを見ても、リーグ戦は同じだと思う」
前半は矢野貴章にラッキーな今季初ゴールが生まれ、1点リードで折り返し。
後半は鹿島が持ち味を発揮した。55分、野沢、新井場が右サイドを崩し、マルキーニョスのヘッドで同点。こうなると鹿島は勝負強い。73分、大迫に逆転弾を喫す。交代投入の本山が心憎い仕事をした。通常であれば、これでまんまと「鹿島る」パターンだ。こっちは選手層の薄さとか、言いたくもないようなグチを言わされる羽目になるところ。
それが新潟ぜんぜん負けてないんだよ。黒崎さんの積極策をやり切った。ヨンチョルのシュートがポストを叩く。攻めて、前へ出て、チャンスを作る。80分、ついに実を結んだ。交代で入った三門雄大のプロ初ゴール!伸びかけのボーズ頭よ、記憶のなかで永遠なれ。
それから最終盤のどっちに転んでもおかしくない攻防が続き、タイムアップの笛でドローに決す。後藤さんがすぐに「いい試合だったね、新潟面白いねー、価値あるドローだね」と言う。本当だ、これは価値がある。黒崎さんは(たぶん)チームの未来をこの一戦に賭けた。行けるぞ、これ。早く次の試合が見たい。バックスタンド上空にだいたい丸い月が浮かんでいた。丸いに等しい、価値ある月だと思う。
附記1、この日、最大の衝撃だったのは、帰りにスタジアム前の信号のところで「自転車に乗った新潟レプリカユニ姿の若者」を見かけたことです。いやー、茨城に越してきた新潟出身の人なんかなぁと思って、話しかけてみたら、千葉県の市川市から10時間かけて自転車で来たって言うじゃありませんか。つまり、これから又、10時間かけて市川まで帰るわけですよ。到着、翌朝の7時過ぎですよ。負けなくてよかったし、雷雨にならなくてよかった。
2、仙台戦で負傷した東口選手は大丈夫でしょうか。びっくりするくらい血が出てましたね。ピッチを去るときの号泣する姿が忘れられません。自分の仕事を全うしたかったでしょう。一方、黒河選手にとっては負傷で失った正キーパーの座を奪い返すチャンスかも知れません。これは火花が散るところですよ。
3、新潟市のKさんからセイヒョーの「うらしま亀太郎」「もも太郎」「金太郎」「ビバオール」のアイスキャンディー詰め合わせが届きました。ありがとうございます。佐渡市のメーカーなんですね。「うらしま亀太郎」のネーミングと、柿味(!)というところに魅せられました。猛暑が和らぎますー。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!