【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第67回
2010/9/9
「サッカーは続く」
J1第21節、横浜FM×新潟。
8月下旬、アルビレックス新潟に思いもしない急展開が待っていた。矢野貴章、ドイツ・フライブルク電撃移籍だ。欧州・夏の移籍市場が閉じるぎりぎりのタイミングだった。サポーターの心はこの1週間、大揺れに揺れた。
もちろん、チームにとっては大打撃だ。貴章、ヨンチョル、ミシェウ、マルシオが変幻自在に動きまわる「10年アルビレックス」が完成しつつあった。苦手の夏場を好成績で乗り切り、今年こそ本当の意味で優勝争いに加わるチャンスだ。
が、欧州挑戦は貴章の夢だった。彼はその夢の実現を1年待ってくれた。新潟からW杯代表を出したことと同じ意味で、ブンデス・リーガへ選手を送り出すのは誇るべきことじゃないだろうか。
チームはとにかく矢野貴章抜きで強豪・横浜FMと対戦しなきゃならない。本格的な「ポスト貴章」システムの構築は後まわしだ。今日のところは、例えば貴章が練習中のケガで欠場したケースと変わらない。累積欠場(考える時間が1週間ある)よりは準備ができなかったろう。当然、大島秀夫の出番だ。古巣相手にひと仕事してもらいたい。
夏休み最後の日産スタジアム。横浜FMは又、ガラッと前線を変えてきた。小野裕二と山瀬功治だ。小野は17歳だから、本当に夏休みが終わって高校生活が始まる。ドリブル&スピード系を2枚配したことで、敵の狙いがタテ展開にあることが想像できる。果たしてどうなるか。
そんなことを言って、実は僕はかなり楽観的に構えていたんである。今、新潟は自信を持っている。「貴章が1試合欠場」したくらいで勢いが止まるだろうか。いや、「貴章が1試合欠場」はさっきも書いたが、今日のところの想定だ。この急場をしのげば、インターナショナル・マッチデー&天皇杯をはさんで2週間の中断に入る。「ポスト貴章」に知恵をしぼるのはそこからでいいだろう。
試合の入りは圧倒的に新潟ペースだった。横浜FMはプレスを自重し、自陣で待ち受ける構え。連戦が終わって身体を休められたとはいえ、この日も高温多湿の状況だ。敵は「前半自重、後半勝負」のゲームプランらしい。ということは、前半、得点を奪えば試合の主導権を握れる。
アヤとしては、序盤の時間帯がポイントだった。ここで得点できなかったことが後々たたる。惜しいシーンがいくつもあった。11分、ミシェウが中に持ち込み、マークの股間を通して放ったシュート(クロスバー直撃)が最大のものか。又、42分、マルシオが大島とのパス交換から打ったシュート(GK好セーブ)も決定的だった。
横浜FMも山瀬のミドル等、得点機は作っていた。両軍GK、黒河貴矢、飯倉大樹の好守が光る。
ハーフタイムの時点の感想を言うと「横浜FM、やっぱ強いなー」だ。序盤あれだけ押し込まれてもあわてない。新潟の猛攻をしのぎ、押し返してきた。全くの互角。これはいい試合になりそうだ。
注目の後半。敵のスーパーな選手に早々と仕事をされてしまう。47分、カウンターから中村俊輔が前線へベルベットのようなタッチのラストパス。これを山瀬が駈け込み決める。もう、うわー、いいパス出すなー、とうなるしかなかった。
W杯で仕事らしい仕事を与えられなかった中村俊輔が、意欲に満ちていた。周囲に「日本代表引退」をほのめかし、スポーツ紙等では「終わった選手」扱いされたりしているが、そんなバカな話があるかというところ。伝え聞く話では、南アで「調子落ちでスタメンから外した」と発表され、激怒したという。「日本代表引退」は、その心の傷の表明なのだろう。
中村俊輔はもうひとつ、71分にDFを引きつけて右足でゴール右隅に決めるというスーパーな仕事をした。あれは対応できない。切り返してくるとか色んなイメージがちらつき、あれは誰も飛び込めない。しかも右足だ。GK黒河も含め、完全に虚を突かれた。
新潟にもチャンスがなかったわけではない。56分、ミシェウから大島に渡ったシュート(ほんの少しワクを外れる)、83分、西のクロスにマルシオが頭で合わせようとしたシーン(合わず)。が、後半は完全に制圧されたといっていい。最後は長谷川アーリアジャスールにも決められ(栗原&長谷川のダブルキック状態)、久々の完敗を喫する。
この試合をどう評価すべきか。僕は「貴章1試合欠場」という想定の範囲で考えるなら、流れのなかで負けた試合でいいと思う。後半、チョ・ヨンチョルが腕の負傷で退場したのも不運だった。前節まで機能していた前線の4枚のうち、2枚が欠けたのだ。
が、「ポスト貴章」を考えると、決め手は見えなかった。当たり前だが、矢野貴章の不在は重大事だ。押し返す力も、追いまわす力も、前へ飛び出す迫力も足りない。この難題を黒崎監督がどう解決していくか、僕はあえて楽しみとしたい。読者よ、顔を上げよう。サッカーは続く。
附記1、この試合は友人の大高洋夫(第三舞台)と「小机駅待ち合わせ」で見に行きました。大高さんは何しろ貴章ファンだから移籍を残念がっていました。今週末からNHKのロケでアフリカ・ジプチ共和国へ行くそうです。「世界で一番気温の高い街」を訪ねる企画らしい。気温50℃だって(笑)。
2、ヨンチョル心配しましたねー。タンカで運ばれるとき、本当に痛そうだった。ま、これも次が天皇杯でよかったと思います。
3、5日、天皇杯は「第2回青春18旅行」の予定です。又、宮内駅で途中下車かな。だけど、相手は猛暑のなか、超過密日程ですねー。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第21節、横浜FM×新潟。
8月下旬、アルビレックス新潟に思いもしない急展開が待っていた。矢野貴章、ドイツ・フライブルク電撃移籍だ。欧州・夏の移籍市場が閉じるぎりぎりのタイミングだった。サポーターの心はこの1週間、大揺れに揺れた。
もちろん、チームにとっては大打撃だ。貴章、ヨンチョル、ミシェウ、マルシオが変幻自在に動きまわる「10年アルビレックス」が完成しつつあった。苦手の夏場を好成績で乗り切り、今年こそ本当の意味で優勝争いに加わるチャンスだ。
が、欧州挑戦は貴章の夢だった。彼はその夢の実現を1年待ってくれた。新潟からW杯代表を出したことと同じ意味で、ブンデス・リーガへ選手を送り出すのは誇るべきことじゃないだろうか。
チームはとにかく矢野貴章抜きで強豪・横浜FMと対戦しなきゃならない。本格的な「ポスト貴章」システムの構築は後まわしだ。今日のところは、例えば貴章が練習中のケガで欠場したケースと変わらない。累積欠場(考える時間が1週間ある)よりは準備ができなかったろう。当然、大島秀夫の出番だ。古巣相手にひと仕事してもらいたい。
夏休み最後の日産スタジアム。横浜FMは又、ガラッと前線を変えてきた。小野裕二と山瀬功治だ。小野は17歳だから、本当に夏休みが終わって高校生活が始まる。ドリブル&スピード系を2枚配したことで、敵の狙いがタテ展開にあることが想像できる。果たしてどうなるか。
そんなことを言って、実は僕はかなり楽観的に構えていたんである。今、新潟は自信を持っている。「貴章が1試合欠場」したくらいで勢いが止まるだろうか。いや、「貴章が1試合欠場」はさっきも書いたが、今日のところの想定だ。この急場をしのげば、インターナショナル・マッチデー&天皇杯をはさんで2週間の中断に入る。「ポスト貴章」に知恵をしぼるのはそこからでいいだろう。
試合の入りは圧倒的に新潟ペースだった。横浜FMはプレスを自重し、自陣で待ち受ける構え。連戦が終わって身体を休められたとはいえ、この日も高温多湿の状況だ。敵は「前半自重、後半勝負」のゲームプランらしい。ということは、前半、得点を奪えば試合の主導権を握れる。
アヤとしては、序盤の時間帯がポイントだった。ここで得点できなかったことが後々たたる。惜しいシーンがいくつもあった。11分、ミシェウが中に持ち込み、マークの股間を通して放ったシュート(クロスバー直撃)が最大のものか。又、42分、マルシオが大島とのパス交換から打ったシュート(GK好セーブ)も決定的だった。
横浜FMも山瀬のミドル等、得点機は作っていた。両軍GK、黒河貴矢、飯倉大樹の好守が光る。
ハーフタイムの時点の感想を言うと「横浜FM、やっぱ強いなー」だ。序盤あれだけ押し込まれてもあわてない。新潟の猛攻をしのぎ、押し返してきた。全くの互角。これはいい試合になりそうだ。
注目の後半。敵のスーパーな選手に早々と仕事をされてしまう。47分、カウンターから中村俊輔が前線へベルベットのようなタッチのラストパス。これを山瀬が駈け込み決める。もう、うわー、いいパス出すなー、とうなるしかなかった。
W杯で仕事らしい仕事を与えられなかった中村俊輔が、意欲に満ちていた。周囲に「日本代表引退」をほのめかし、スポーツ紙等では「終わった選手」扱いされたりしているが、そんなバカな話があるかというところ。伝え聞く話では、南アで「調子落ちでスタメンから外した」と発表され、激怒したという。「日本代表引退」は、その心の傷の表明なのだろう。
中村俊輔はもうひとつ、71分にDFを引きつけて右足でゴール右隅に決めるというスーパーな仕事をした。あれは対応できない。切り返してくるとか色んなイメージがちらつき、あれは誰も飛び込めない。しかも右足だ。GK黒河も含め、完全に虚を突かれた。
新潟にもチャンスがなかったわけではない。56分、ミシェウから大島に渡ったシュート(ほんの少しワクを外れる)、83分、西のクロスにマルシオが頭で合わせようとしたシーン(合わず)。が、後半は完全に制圧されたといっていい。最後は長谷川アーリアジャスールにも決められ(栗原&長谷川のダブルキック状態)、久々の完敗を喫する。
この試合をどう評価すべきか。僕は「貴章1試合欠場」という想定の範囲で考えるなら、流れのなかで負けた試合でいいと思う。後半、チョ・ヨンチョルが腕の負傷で退場したのも不運だった。前節まで機能していた前線の4枚のうち、2枚が欠けたのだ。
が、「ポスト貴章」を考えると、決め手は見えなかった。当たり前だが、矢野貴章の不在は重大事だ。押し返す力も、追いまわす力も、前へ飛び出す迫力も足りない。この難題を黒崎監督がどう解決していくか、僕はあえて楽しみとしたい。読者よ、顔を上げよう。サッカーは続く。
附記1、この試合は友人の大高洋夫(第三舞台)と「小机駅待ち合わせ」で見に行きました。大高さんは何しろ貴章ファンだから移籍を残念がっていました。今週末からNHKのロケでアフリカ・ジプチ共和国へ行くそうです。「世界で一番気温の高い街」を訪ねる企画らしい。気温50℃だって(笑)。
2、ヨンチョル心配しましたねー。タンカで運ばれるとき、本当に痛そうだった。ま、これも次が天皇杯でよかったと思います。
3、5日、天皇杯は「第2回青春18旅行」の予定です。又、宮内駅で途中下車かな。だけど、相手は猛暑のなか、超過密日程ですねー。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
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