【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第83回
2011/3/24
「震災」
悲しいことに世界はたった一日で変わってしまった。3月11日。アルビレックス新潟にとってはホーム開幕の山形戦を翌日に控えた金曜日、激震が日本列島を襲った。地震、津波の被害は想像を絶する規模にのぼる。まず何よりも当コラムは被害にあわれた方々に慎んでお見舞いを申し上げたい。読者よ、3月11日までの世界は何とのどかで平和だったことか。
本稿執筆の時点で災害はまだ終わっていない。福島第1原発はメルトダウンの危機を脱していない。広範囲に余震が続き、二次災害の可能性もある。避難所各所には飢えや寒さをこらえ、インフルエンザの兆しにおびえながら家族と身を寄せ合ってる人がいる。あるいはガレキのなかを歩いて、家族の名を呼び続ける人がいる。
もちろんJリーグは月内全日程の延期を決めた。ユアスタ、K’sスタ、カシマ、NACK5等、震災被害が報じられるスタジアムもある。叉、東北はもちろん首都圏の公共交通が確保できない。開催時の電力消費も東日本では考慮せざるを得ない。僕は(福島第1原発がおさまったとしても)、4月アタマからの開催すら現実的ではないと思う。そもそも人の感情が追いついていかない。
アルビレックス新潟は17日から22日までオフ期間を設けた。外国人選手らはこの機会にいったん帰国する。叉、選手会は義援金募金を立ち上げた。被害の巨大さを思えばささやかな試みかも知れない。けれど、それはポジティブなメッセージでもある。助け合おう。前を向こう。僕らは絶対にあなたたちを忘れない。がんばろう。いっしょにがんばろう。
ちょっとカンケイない話を書く。これはかなりの程度、内田樹の『村上春樹にご用心』(アルテスパブリッシング)に影響を受けた話だから、まぁ、受け売りしてるなぁくらいの感じで気楽に聞いてください。僕はね、新潟で生まれたわけでも育ったわけでもないでしょう。だけど、何か感覚的に信用できるものがあるなぁと思ってるんですね。そりゃ、一切合切、全肯定ってわけでもないですよ。ひっこみ思案だなぁとか、注文だってある。
だけど信じられるなぁと思うのは、雪かきを知ってるんだね。たぶん唐突でしょう、雪かき。内田樹の同書は表紙が雪かきのイラストだ。村上春樹の文学案内といっていい同書で、内田樹は『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる雪かき仕事というワードに注目する。
雪かきって新潟の人にとってはあまりにも日常的で、あんまり考えたことのない仕事でしょう。第一、あれは仕事なのか。行政から委託を受けた業者さんでもなければお金になるわけじゃないし、次から次から降ってくるからあんまり達成感もない。やらなきゃしょうがないからやってる感じですよね。やらないで済むんだったら別にやりたくない。
だけどね、新潟に住む人は(たぶん先祖代々)、ずーっと雪かきしてきたわけですよ。早起きして、道の雪かきをする。と、誰かがそこを歩くんだけど、その誰かは雪かきしてくれた人のことなんて考えないね。村上春樹の文学のなかで、世界を邪悪なものから救ってくれる唯一のものは、その名前もわからない人の雪かき仕事だっていうんだ。あるいは町の一角を黙々と掃除してくれる人の営みだっていうんだ。邪悪なものっていうのは人間的なカオスのことだろう。僕は正邪の二つで物事を考えるのがピンと来ないから、例えば理不尽とか不条理っていう風にイメージしている。
理不尽や不条理に立ち向かうとき、例えば革命という手だってあるじゃないか。熱狂の渦。スローガンの昂揚。だけど、それらはしばしば「邪悪なもの」の共犯者でもあり得る。僕がアルビレックス新潟に可能性を見るのは、「本場・欧州と見まがうサポーターの陶酔のなかで、日本サッカーに革命を起こす」方じゃないんだ。そういうのと一番対極にある雪かき仕事。雪かき仕事のように黙々と、誰にも誉められもせず、気がつけばやりとげてしまうんじゃないかと思っているんだ。
被災地を助けよう。新潟は地震の痛みを知っているだけじゃない。雪かき仕事を感覚的に知っている。被災地にはロマンチックなことは何にもないよ。ただ手を休めず、必要なことをする。次から次から雪は降ってくるから、長い戦いになる。助け合って、支え合って、みんなでがんばろう。
附記1、僕は元気です。マンションの11階なんで揺れが増幅されて、もうダメかと思ったけど、本棚CD棚が崩壊した程度で、仕事場の機能も影響なしです。今、思っているのは、とにかくあらゆる機会を見つけて前向きなものを発信することですね。まぁ、僕も雪かきスコップを持たされてるから。
2、雪かきの話はサリンジャー的にいうと、ライ麦畑のとこにガケがあって、そこから落っこちそうになる子をつかまえる営為ですね。
3、幸いJRが復旧したので、救援イベントの類があったら新潟へ駆けつけられます。声かけてください。ボランティアでMCでも何でもしますよ。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
悲しいことに世界はたった一日で変わってしまった。3月11日。アルビレックス新潟にとってはホーム開幕の山形戦を翌日に控えた金曜日、激震が日本列島を襲った。地震、津波の被害は想像を絶する規模にのぼる。まず何よりも当コラムは被害にあわれた方々に慎んでお見舞いを申し上げたい。読者よ、3月11日までの世界は何とのどかで平和だったことか。
本稿執筆の時点で災害はまだ終わっていない。福島第1原発はメルトダウンの危機を脱していない。広範囲に余震が続き、二次災害の可能性もある。避難所各所には飢えや寒さをこらえ、インフルエンザの兆しにおびえながら家族と身を寄せ合ってる人がいる。あるいはガレキのなかを歩いて、家族の名を呼び続ける人がいる。
もちろんJリーグは月内全日程の延期を決めた。ユアスタ、K’sスタ、カシマ、NACK5等、震災被害が報じられるスタジアムもある。叉、東北はもちろん首都圏の公共交通が確保できない。開催時の電力消費も東日本では考慮せざるを得ない。僕は(福島第1原発がおさまったとしても)、4月アタマからの開催すら現実的ではないと思う。そもそも人の感情が追いついていかない。
アルビレックス新潟は17日から22日までオフ期間を設けた。外国人選手らはこの機会にいったん帰国する。叉、選手会は義援金募金を立ち上げた。被害の巨大さを思えばささやかな試みかも知れない。けれど、それはポジティブなメッセージでもある。助け合おう。前を向こう。僕らは絶対にあなたたちを忘れない。がんばろう。いっしょにがんばろう。
ちょっとカンケイない話を書く。これはかなりの程度、内田樹の『村上春樹にご用心』(アルテスパブリッシング)に影響を受けた話だから、まぁ、受け売りしてるなぁくらいの感じで気楽に聞いてください。僕はね、新潟で生まれたわけでも育ったわけでもないでしょう。だけど、何か感覚的に信用できるものがあるなぁと思ってるんですね。そりゃ、一切合切、全肯定ってわけでもないですよ。ひっこみ思案だなぁとか、注文だってある。
だけど信じられるなぁと思うのは、雪かきを知ってるんだね。たぶん唐突でしょう、雪かき。内田樹の同書は表紙が雪かきのイラストだ。村上春樹の文学案内といっていい同書で、内田樹は『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる雪かき仕事というワードに注目する。
雪かきって新潟の人にとってはあまりにも日常的で、あんまり考えたことのない仕事でしょう。第一、あれは仕事なのか。行政から委託を受けた業者さんでもなければお金になるわけじゃないし、次から次から降ってくるからあんまり達成感もない。やらなきゃしょうがないからやってる感じですよね。やらないで済むんだったら別にやりたくない。
だけどね、新潟に住む人は(たぶん先祖代々)、ずーっと雪かきしてきたわけですよ。早起きして、道の雪かきをする。と、誰かがそこを歩くんだけど、その誰かは雪かきしてくれた人のことなんて考えないね。村上春樹の文学のなかで、世界を邪悪なものから救ってくれる唯一のものは、その名前もわからない人の雪かき仕事だっていうんだ。あるいは町の一角を黙々と掃除してくれる人の営みだっていうんだ。邪悪なものっていうのは人間的なカオスのことだろう。僕は正邪の二つで物事を考えるのがピンと来ないから、例えば理不尽とか不条理っていう風にイメージしている。
理不尽や不条理に立ち向かうとき、例えば革命という手だってあるじゃないか。熱狂の渦。スローガンの昂揚。だけど、それらはしばしば「邪悪なもの」の共犯者でもあり得る。僕がアルビレックス新潟に可能性を見るのは、「本場・欧州と見まがうサポーターの陶酔のなかで、日本サッカーに革命を起こす」方じゃないんだ。そういうのと一番対極にある雪かき仕事。雪かき仕事のように黙々と、誰にも誉められもせず、気がつけばやりとげてしまうんじゃないかと思っているんだ。
被災地を助けよう。新潟は地震の痛みを知っているだけじゃない。雪かき仕事を感覚的に知っている。被災地にはロマンチックなことは何にもないよ。ただ手を休めず、必要なことをする。次から次から雪は降ってくるから、長い戦いになる。助け合って、支え合って、みんなでがんばろう。
附記1、僕は元気です。マンションの11階なんで揺れが増幅されて、もうダメかと思ったけど、本棚CD棚が崩壊した程度で、仕事場の機能も影響なしです。今、思っているのは、とにかくあらゆる機会を見つけて前向きなものを発信することですね。まぁ、僕も雪かきスコップを持たされてるから。
2、雪かきの話はサリンジャー的にいうと、ライ麦畑のとこにガケがあって、そこから落っこちそうになる子をつかまえる営為ですね。
3、幸いJRが復旧したので、救援イベントの類があったら新潟へ駆けつけられます。声かけてください。ボランティアでMCでも何でもしますよ。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
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