【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第89回
2011/5/5
「満開の桜のなかで」
J1第7節、新潟×磐田。
満開の桜が「ホーム開幕戦」を待っていてくれた。1ヶ月半の震災中断を経て、ついにJリーグが再開される。2011年シーズンは特別なものになってしまった。この日、ビッグスワンに詰めかけた3万3千強のファン、サポーターの胸に祈りと鎮魂の思いがある。
この試合に立ち会ったことは、それだけで意思表示だ。それは04年シーズン、J1セカンドステージ第13節・新潟×FC東京を見ることが意思表示だったのに等しい。それはただサッカーの試合を見ることを超えているだろう。新潟ゴール裏は「チカラをひとつに。」のコレオで選手入場を出迎えた。僕もそれを強く願う。今年を共感と連帯のシーズンにしよう。スタジアムのなかはもちろん、スタジアムの外へも熱いものがあふれ出ていくような。
前日、KsスタのJ2第8節・水戸×徳島を取材した僕には、オレンジ色に染まったビッグスワンの光景が奇跡的に思える。Ksスタは被災したメインスタンドを立ち入り禁止にした。それがどれほどの困難か読者ならわかるだろう。シーズンシートを買った客もバックスタンドか、ゴール裏の芝生席へまわるしかない。皆、雨に打たれている。動員は去年の最低を下回る1200人だった。それでも水戸は被災地で唯一、ホーム開催を強行することで意思を示したのだ。観客も意思を示した。そして劇的な勝利を飾った。水戸ホーリーホックのクラブ史に残る試合だ。
試合。のっけからチャントの音圧が凄まじい。ほとばしるというのはこういうことを言うのだろう。「サッカーを待っていた」とその声が告げる。うわ、これで皆、最後までもつのかなと思うほどのテンション。6分、まだ試合が落ち着かない時間帯だ。ミシェウのパスを受けたチョ・ヨンチョルがゴール前へつっかけていく。磐田DF・藤田義明がエリア内でファウルをおかす。ミシェウ&ヨンチョルの間を本間勲が仕切って、PKキッカーはヨンチョル。もちろん決めて今季初ゴール! 僕はこの先制ゴールにビッグスワンの「キックオフから全開」が作用したと見る。久々の実戦で、いきなりあの雰囲気だ。
前半ははっきり新潟攻勢。ビッグスワンのテンションがそれを後押しする。気がつくと新潟はすっかりポゼッションサッカーのチームに変貌している。セカンドボールを拾い、パスでリズムを作っていく。何度も見かけたのは「敵DFの前でまわしているうち、タテのクサビのタイミングをうかがう」シーンだ。ミシェウがかく乱し、ヨンチョルはスキを狙う。あとブルーノ・ロペスはDF背負って仕事しようとするね。非常に面白かった。震災中断があったから当然といえば当然だけど、今季まだ2試合めのチームって感じじゃない。
1対0で後半へ。磐田のセカンドボールへの反応がよくなった。対して新潟は次第に運動量が落ちてくる。ここら辺が久々というところだなぁ。試合の体力。トレーニングマッチ、チャリティーマッチをこなしても、ひりひりする実戦とはやはり異なる。面白いものでスタンドのテンションも下がっている。これはもちろん「試合が低調だからスタンドのテンションが下がった」のだけど、サポ的な発想をすると「スタンドのテンションが下がったから試合が低調になった」とも取れる。僕は実際はこうじゃないかと考えた。第3案「チーム&サポが同様に、空前の大震災明けのゲームを武者震いするように迎えて飛ばしすぎた」。共に久々だからねぇ。
後半24分、交代投入のジウシーニョに同点ヘッドを食らう。あぁ、嫌なの入ってきたなぁと皆、感じていた筈だ。磐田はそれまでも山田大記、小林裕紀の明大ルーキーがフレッシュな活躍を見せる等、悪くなかった。で、決定的な仕事する奴、投入してくるもんなぁ。磐田側から見れば(開始早々の不用意な失点はあったものの)新潟の勢いをせき止め、交代カードで勝負に行くプラン通りの展開か。
が、新潟の交代カードも見応えがあった。まず、藤田を菊地に代える。菊地はCBを務めて、石川がサイドへまわるのかと思いきや、そのままサイドバックへ。黒崎さんはバックアップを厚くする考えだ。なるほどこの手もある。実戦のなかで複数ポジションを試すことは、これから夏場へ向けて意味を持つに違いない。
ラスト20分にはミシェウと小林を下げ、川又、木暮同時投入。このときはボランチに三門がまわった。攻撃がグッとシンプルになり、ウラへ抜けるイメージが強調される。最終盤、菊地のクロスから川又ヘッドの大チャンスがあった(決まっていれば黒崎采配ピタリだった)。敵GK・川口能活の足元へ叩きつけるが、これを左手一本で防がれる。終了間際、再びビッグスワンのテンションは最高潮に達する。結果はドローだった。が、僕らはこれ以上ないものを手にした。かけがえのないものが今、ここにある。サッカーが帰ってきたのだ。
附記1、試合後、ファビーニョコーチの惜別セレモニーを見ました。いやー、泣けた泣けた。ドリフのチャントがあんなに泣けるとは。いつか叉、会えることを信じています。その日までビリーブビリーブですよ。
2、遠目だとブルーノなんだか川又なんだか、という声を耳にします。主に髪形の問題だと思うんですけど、確かにそっくりだ。これ敵のマークをかく乱する作戦として使えないですかねぇ。昔、神戸のDFが北本とか、スキンヘッドばっかりだったのを思い出します。うちも増やしますか?
3、水戸ホーリーホック劇的勝利の瞬間、秋葉忠宏ヘッドコーチが歓喜を爆発させてました。この日はマーカスや六車もいて、おトクでした。水戸の街は茨城県のなかで比較的被害が軽いと言われてるんだけど、いたるところ建物の補修工事が入り、路面がひび割れていました。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第7節、新潟×磐田。
満開の桜が「ホーム開幕戦」を待っていてくれた。1ヶ月半の震災中断を経て、ついにJリーグが再開される。2011年シーズンは特別なものになってしまった。この日、ビッグスワンに詰めかけた3万3千強のファン、サポーターの胸に祈りと鎮魂の思いがある。
この試合に立ち会ったことは、それだけで意思表示だ。それは04年シーズン、J1セカンドステージ第13節・新潟×FC東京を見ることが意思表示だったのに等しい。それはただサッカーの試合を見ることを超えているだろう。新潟ゴール裏は「チカラをひとつに。」のコレオで選手入場を出迎えた。僕もそれを強く願う。今年を共感と連帯のシーズンにしよう。スタジアムのなかはもちろん、スタジアムの外へも熱いものがあふれ出ていくような。
前日、KsスタのJ2第8節・水戸×徳島を取材した僕には、オレンジ色に染まったビッグスワンの光景が奇跡的に思える。Ksスタは被災したメインスタンドを立ち入り禁止にした。それがどれほどの困難か読者ならわかるだろう。シーズンシートを買った客もバックスタンドか、ゴール裏の芝生席へまわるしかない。皆、雨に打たれている。動員は去年の最低を下回る1200人だった。それでも水戸は被災地で唯一、ホーム開催を強行することで意思を示したのだ。観客も意思を示した。そして劇的な勝利を飾った。水戸ホーリーホックのクラブ史に残る試合だ。
試合。のっけからチャントの音圧が凄まじい。ほとばしるというのはこういうことを言うのだろう。「サッカーを待っていた」とその声が告げる。うわ、これで皆、最後までもつのかなと思うほどのテンション。6分、まだ試合が落ち着かない時間帯だ。ミシェウのパスを受けたチョ・ヨンチョルがゴール前へつっかけていく。磐田DF・藤田義明がエリア内でファウルをおかす。ミシェウ&ヨンチョルの間を本間勲が仕切って、PKキッカーはヨンチョル。もちろん決めて今季初ゴール! 僕はこの先制ゴールにビッグスワンの「キックオフから全開」が作用したと見る。久々の実戦で、いきなりあの雰囲気だ。
前半ははっきり新潟攻勢。ビッグスワンのテンションがそれを後押しする。気がつくと新潟はすっかりポゼッションサッカーのチームに変貌している。セカンドボールを拾い、パスでリズムを作っていく。何度も見かけたのは「敵DFの前でまわしているうち、タテのクサビのタイミングをうかがう」シーンだ。ミシェウがかく乱し、ヨンチョルはスキを狙う。あとブルーノ・ロペスはDF背負って仕事しようとするね。非常に面白かった。震災中断があったから当然といえば当然だけど、今季まだ2試合めのチームって感じじゃない。
1対0で後半へ。磐田のセカンドボールへの反応がよくなった。対して新潟は次第に運動量が落ちてくる。ここら辺が久々というところだなぁ。試合の体力。トレーニングマッチ、チャリティーマッチをこなしても、ひりひりする実戦とはやはり異なる。面白いものでスタンドのテンションも下がっている。これはもちろん「試合が低調だからスタンドのテンションが下がった」のだけど、サポ的な発想をすると「スタンドのテンションが下がったから試合が低調になった」とも取れる。僕は実際はこうじゃないかと考えた。第3案「チーム&サポが同様に、空前の大震災明けのゲームを武者震いするように迎えて飛ばしすぎた」。共に久々だからねぇ。
後半24分、交代投入のジウシーニョに同点ヘッドを食らう。あぁ、嫌なの入ってきたなぁと皆、感じていた筈だ。磐田はそれまでも山田大記、小林裕紀の明大ルーキーがフレッシュな活躍を見せる等、悪くなかった。で、決定的な仕事する奴、投入してくるもんなぁ。磐田側から見れば(開始早々の不用意な失点はあったものの)新潟の勢いをせき止め、交代カードで勝負に行くプラン通りの展開か。
が、新潟の交代カードも見応えがあった。まず、藤田を菊地に代える。菊地はCBを務めて、石川がサイドへまわるのかと思いきや、そのままサイドバックへ。黒崎さんはバックアップを厚くする考えだ。なるほどこの手もある。実戦のなかで複数ポジションを試すことは、これから夏場へ向けて意味を持つに違いない。
ラスト20分にはミシェウと小林を下げ、川又、木暮同時投入。このときはボランチに三門がまわった。攻撃がグッとシンプルになり、ウラへ抜けるイメージが強調される。最終盤、菊地のクロスから川又ヘッドの大チャンスがあった(決まっていれば黒崎采配ピタリだった)。敵GK・川口能活の足元へ叩きつけるが、これを左手一本で防がれる。終了間際、再びビッグスワンのテンションは最高潮に達する。結果はドローだった。が、僕らはこれ以上ないものを手にした。かけがえのないものが今、ここにある。サッカーが帰ってきたのだ。
附記1、試合後、ファビーニョコーチの惜別セレモニーを見ました。いやー、泣けた泣けた。ドリフのチャントがあんなに泣けるとは。いつか叉、会えることを信じています。その日までビリーブビリーブですよ。
2、遠目だとブルーノなんだか川又なんだか、という声を耳にします。主に髪形の問題だと思うんですけど、確かにそっくりだ。これ敵のマークをかく乱する作戦として使えないですかねぇ。昔、神戸のDFが北本とか、スキンヘッドばっかりだったのを思い出します。うちも増やしますか?
3、水戸ホーリーホック劇的勝利の瞬間、秋葉忠宏ヘッドコーチが歓喜を爆発させてました。この日はマーカスや六車もいて、おトクでした。水戸の街は茨城県のなかで比較的被害が軽いと言われてるんだけど、いたるところ建物の補修工事が入り、路面がひび割れていました。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!