【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第91回

2011/5/19
「雨の匂い」

 試合前夜、(有)エイヤードの小早川史子さんの訃報に接する。呆然とした。ガン闘病中であったのはわかってたんだけど、あまりにもあっけない。詳しくはサポーターズCD『Hello World』のライナーノーツに書いたことがあるけれど、僕をアルビレックス新潟につなぐ縁を作ってくれたのは小早川さんだった。いったん退院されて、枕元でスカパーを御覧になってたそうだ。

(有)エイヤードはアルビの東京でのプロモーションを引き受けたりしてる事務所で、たった2人しかいないわりに大変な戦力になってきた。読者も小早川さんを間接的になら知っている。『ニイガタ現象』(双葉社)は(有)エイヤードが作った本だ。小早川さんは「森岬花音」、「毛利双葉」の筆名で原稿も書いている。MSNを背中スポンサーに持ってきたときの担当も小早川さんだ。当時のサイトでは小早川名義のコラムも執筆していて、今、サポリンのアーカイブに残っている。『ダイバスター』(フジテレビ)にマルシオ・リシャルデスを出したのも小早川さんの仕事だった。当『アルビレックス散歩道』の単行本も担当される筈だった。

 たったひとりになってしまった(有)エイヤード、丸山英輝社長からレンラクを受けて、アルビ・小山取締役や西塚章仁さんに電話をかけた。しばらく何も手につかなくて、夜中遅く猛然とGW明け締切の原稿にとりかかる。朝方1時間半寝た。起きてモーローとするなか家を飛び出したら、よくわからないがキックオフの2時間前に大宮公園へ着いてしまって、競輪場の様子をのぞいたりした。雨が降ったりやんだりしている。

 そりゃ心情としては勝ってほしい。勝って小早川さんを送りたい。出来れば親交のあった田中亜土夢が交代出場でゴールを決めてくれたりしたら最高だ。しかし、そこまで出来過ぎのことを願うにはもう、僕は大人になり過ぎた。この世界には思うようにならないことがある。小早川さんも思うようにならない世界に生まれて、ベストを尽くしたのだと思う。僕はただひとつ、好ゲームを期待した。

 J1第10節、大宮×新潟。
 GWシリーズの最後の試合だ。芝が水を含んでいてボールが走る。大宮アルディージャは中断期間にトレーニングマッチを組んでもらって、お互いに手の内がわかっている。

 開始4分、いきなりアクシデントだ。左サイドを駆け上がったチョ・ヨンチョルがもも裏の肉離れで試合OUT、木暮と交代になる。サッカーはまるで世界の縮図だ。思うようにならないなかで僕らは戦うわけだ。開始4分だから、ほとんどヨーイドンでヨンチョルが消えてしまった。そんなこと誰も想像してないだろう。木暮が急造の左サイドだ。フツーに考えれば、新潟は著しく不利だ。

 が、そうでもないのだった。前半は拮抗した展開になる。面白いものでヨンチョルが消えてしまったのは大宮も同じだった。大宮の選手全員がマークすべき相手としてヨンチョルを意識していただろう。一方、新潟は選手が非常事態にまとまった。非常に集中力の高いゲームが出現する。前半ラスト10分を切って雨が本格的に降りだすが、集中が切れない。足元がすべったり、ボールが落ち着かないなか、持ち味のそっくりよく似た二つのチームが試合を続ける。

 ひとつ思ったこと。ビッグスワンの芝は長めに刈られてるんだなぁ。NACK5の芝はたぶんスワンより短い。その上、今日はピッチが走る。パスのリズムが出ない。というか早い。

 後半になって新潟はペースをつかみだす。「クラブ史上最高にメンバーの揃った大宮」相手に、ヨンチョル抜きで互角以上にやり合っている。次第に大宮が根負けしだした。間伸びしてくる。ボクシングで言ったら、敵のガードが少しずつ空いてきた状態。KOパンチが入んないかな。これは勝てる試合だ。

 絶好のチャンスは少なくとも三度あった。ブルーノ・ロペスに二度。ミシェウに一度。特にゴール寸前で大宮・渡部大輔にクリアされたミシェウのやつは入らなかったのが不思議なくらいだ。が、入らなかった。本当にサッカーは思うようにならない。

 僕の隣りの席には、直前まで観戦に来るかどうか迷ってた(有)エイヤードの丸山さんが座っていた。何日も寝てない顔をしている。J1昇格前から小早川さんと2人、手塩にかけてきたアルビレックス新潟の試合だ。何を見ても思い出してしまう。チャントを聴きながら顔を伏せていた。雨の匂いがいつまでもスタジアムを包んでいる。この試合は忘れられそうにない。


附記1、僕は丸山さんと小早川さんの結婚披露宴でスピーチするのが夢だったんですよ。何かもうベストカップルでね、最近、恵比寿の(有)エイヤード行くと「フミ、早くよくなってね、待ってるよ」「待っててね」とかイラスト入りで黒板に書いてあって、おいおいここは新婚家庭かとツッコミ入れるしかなかった。それをスピーチで暴露したかったなぁ。

2、小早川さんって人はね、世が世ならお姫様だった人なんですよ。何しろご両親が小早川家と毛利家の末裔なんだ。黒板の画像付きでご親族にも暴露したかった。

3、あ、あとですね、メンズティノラスからオフィシャルスーツを調達してくれたのも小早川さん。ペンパルズをビッグスワンに呼んだのも小早川さん。毎年恒例のサポーターズCDで替え歌の権利許諾申請をやってくれてたのも小早川さんだと判明しました。

4、試合後、丸山さんから訃報を知らされた田中亜土夢が号泣していたそうです。たまたま通りかかった千葉選手がびっくりしていたくらい。翌日、山形とのトレーニングマッチでゴールを決めて、丸山さんに電話をよこした。チャンスがもらえたら是非、公式戦で得点してほしいと思います。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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