【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第113回

2011/10/20
「ビッグチャレンジ」

 ナビスコ杯準々決勝・名古屋×新潟。
 今季、最も熱い試合だった。もちろん25節・鹿島戦の「ベストバウト」記録更新だ。新潟はクラブ史上初の4強入りをかけて一発勝負を戦う。もし勝てば準決勝はビッグスワン開催だ。これは4万人入るだろう。大観衆を味方につけた新潟は強い。少なくともファイナリストになる可能性は他会場で戦うときよりも断然高い。「夢の国立」がリアリティを持つのだ。あるいは初タイトルが見えるのだ。

 雨の日だった。残念ながら僕は東京だ。平日は仕事が動かせない。夕方まで働いて新宿のサッカーバー、「フィオーリ」へ出かけた。フィオーリを利用するのは二度め、今季開幕の福岡戦以来だ。あの試合が快勝だったことでゲンをかつぐ気持ちもあった。傘をたたんで店内に入ったのがキックオフ5分ほど前。ほとんどの席が埋まっている。手前のモニターでG大阪×磐田戦(万博)をやってる。今夜はどうもこの2試合を見る客しかいないようだ。

 奥の席に見知った関東サポがいて一緒に見ることにする。遅れてもうひと組、知り合いのサポが来た。とりあえず他の客が名古屋サポである可能性を考慮して(当たり前だが、誰もレプリカ等を着ていない)、小声で「今日はビッグチャレンジだよ」と言ってみる。知り合いは「夢の国立」で決勝戦を戦うアルビがもちろん見たいけれど、その前にスワンでやる準決勝が見たいと言った。それはもう一度、サッカーの話題で地元が沸騰するさまが見たいということだ。

 モニターが選手入場を映し出して、雨が相当強いのに驚く。瑞穂はガラガラだ。新潟応援席が映って、さすがに少ないなぁと思う。だけど、現地組は精鋭中の精鋭だ。ホンモノだ。クラブ史上のビッグチャレンジを正しく理解している。特権的に正しく雨に打たれている。

 先手を取られた。前半15分、金崎夢生だ。雨でピッチが走り、試合が落ち着かないうちにやられた。名古屋はケネディと藤本淳吾が代表召集、玉田、ダニルソンが負傷欠場の陣容。といって去年のリーグ優勝はダテじゃない。勝ち方を知ってる。

 新潟は少しずつリズムをとり戻していった。戦意が高い。集中している。奪って攻めるショートカウンターの形が見られる。悪くないんじゃないの。必ずチャンスはある。ガマン比べだよ。

 後半18分、PKがもらえた。ブルーノ・ロペスが同点弾を蹴り込んだとき、店の奥側半分が歓声を挙げた。何だ、見てるの新潟サポだけじゃないか。で、どうやらもうひとつの方は磐田サポだけのようだった。急に皆、打ち解けた雰囲気になる。そんなら気をつかわなくていいのだ。こうなったら言いたいことを言えばいい。

 両軍監督の姿が対照的だった。黒崎監督は雨のピッチサイドに立ち、選手を鼓舞する。ストイコビッチ監督はベンチの屋根の下を動かない。ベンチを出るときはフードをかぶって『ゴールデンスランバー』のキルオみたいだ。

 同点になって黒崎監督が動いた。2人めの交代は「アンデルソンOUT、川又IN」(1人めは後半アタマから小林慶行OUT、菊地IN)。誰かが「ここでケンゴですかぁ」と口走る。「ゴール裏どよめいているんじゃないですか」とも。今季、何度もチャンスをもらって得点を挙げられなかった川又堅碁を勝負手に使う。黒さんはあくまでポジティブだ。僕は「今日がその日ってことですよ」と強めに言う。はんにゃむーほんにゃむー、クラブ史を塗り替えろ! 行け川又!

 今、跳躍が必要だ。どうせケンゴはポストに当てる。どうせ決まらない。どうせ終盤に失点して負ける。皆、そんな思いにとらわれ、小さくなっている。川又堅碁、俺たちを跳躍させろ。まだ知らないところへ。うだうだ続いてきた昨日までと違うところへ。

 同点のままロスタイムに突入、新潟はお約束のように今日も失点した。ピクシーが勝ち誇ったガッツポーズを決める。ちっきしょう。時間がない。ラスト1分を切った。新潟は大急ぎで前線へボールを送るが、万事休す。ではない。川又が駈け込んでいた。エリアで受けて、キーパーの動きを見て、信じられないほど冷静に流し込む。うわあああああ、うわあああ、うわああああ、何だこりゃあああ。ラスト30秒で追いついたああああ。ケンゴ決めたああああ。うわあああ、うああああ。

 もう店内で皆、飛び上がるやら叫ぶやら抱き合うやらハイタッチするやら。延長戦だ。僕は心の底から雨にずぶ濡れの現地組がうらやましかった。川又堅碁の初ゴール、それもこれほど劇的なのを見たのだ。すげえぞ、この試合。起死回生、追いついたことで勢いはこちらにある。

 延長戦は15分ハーフ。試合は打ち合いの展開が続行する。川又が勝負に行って、いちいち地面に這いつくばる。その這いつくばりが「死闘」感を倍にする。延長前半8分、川又が粘ってチャンスが生まれた。決めたのは勝負師・菊地直哉だ。うわあああああ、うわあああ、うわああああ。勝ち越した何だこりゃあああ。やったやったあああああ。

 夢を見た。超満員のビッグスワン、そして国立競技場。誰もが晴れやかな顔をしている。マフラーやゲーフラを高く秋空に掲げている。勝つかもわかんないし、負けるかもしれない。だけど、もう誰もどうせ同じだなんて考えない。力いっぱい行こうと思うだけ。望むところへ行こうと思うだけ。

 新潟は準々決勝、そこから3点とられて敗退した。場数だ。リードしたところからゲームをコントロールできなかった。場数は確かに足りない。名古屋にはそれがあった。けれど、間違いなく一歩前進したんだよ。120分、戦い抜いた選手がそれを知ってる。俺たちも知ってる。はらわたが煮えくり返るほど悔しいだろう。忘れるなこれがベスト8だ。

附記1、この後、家へ帰ってちょっと虚脱状態でしたね。倒れて何もできない。いつか名古屋と決勝やりたいね。ま、穏当な言い方をすれば目標です。このままじゃおさまらない。

2、それにしても現地組がうらやましい。歓喜も落胆も僕の1万倍だと思う。それこそがサッカーです。

3、天皇杯・富山新庄クラブ戦、ケンゴ2ゴールでヒーローインタビューですね。皆、ずっと言ってた「ケンゴは1点取れば変わると思うんだけど」が現実になるのでしょうか。それから木暮郁哉も公式戦初ゴールです。リーグ戦につなげたいです。

えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、サポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。


ユニフォームパートナー