【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第132回
2012/5/31
「監督交代」
J1第12節、新潟×磐田。
五月晴れのさわやかな土曜日、新潟は最多失点試合を経験することになった。1対6。完全にゲームが壊れてしまった。序盤、積極的に奪いにいき、いい入り方したところで2失点。それから内田潤が負傷交代して、キム・ジンスが2枚目のイエローで退場。最悪の展開だ。後半は大崩れした。暴風雨に朽木がなぎ倒されるようだった。唯一、希望を感じさせてくれたのは後半投入された大器・鈴木武蔵だ。ファン、サポーターは武蔵のデビュー戦を忘れないと思う。クラブ史に刻まれた苦い思い出とともに。
試合後、場内をまわる選手らの列に黒崎監督が加わっていた。勘のいいサポーターが「?」という反応を見せる。シーズンの最終戦というわけでもない。これまで目にしたことのない光景だ。週明け、アルビレックス新潟は黒崎久志監督、西ヶ谷隆之ヘッドコーチの辞任を発表する。
新潟は幸運なクラブだった。シーズン途中の監督交代劇はこれが初めてのことだ。サッカーの持つ残酷な一面をこれまで直視せずに済んだ。黒崎さん西ヶ谷さんとしても苦渋の決断だったろう。誰だって始めたことには責任が取りたい。しかし、チームが上向かない。もはや監督交代という劇薬を処方するしか上向くきっかけが作れないと判断したのだろう。結果的に最多失点試合はそのトリガーになってしまった。
試合は磐田が最高の出来だった。新潟も持ち味を出して応戦したが、まぁ、やられるときはこんなもんだ。チンチンにされた。だから印象は大変悪いが、前節・浦和戦の好感触が消え失せた感じじゃない。先週書いた「勝てた試合」でも「大量失点試合」でもあり得た、ってやつの「大量失点試合」のほうの目が出た感じだ。危ういところにチームは立っていたのだ。ほんの少し上向く兆しがある。が、それはカンタンに崩壊してしまえるものだった。6失点したチームは自信を失い、心が折れていた。
監督さんは結果責任を負う仕事だからしょうがないことでもある。黒崎さんが不運だったのは、主力選手がどんどんチームを出ていくタイミングで監督さんを引き受けたことだ。それはひとつには移籍ルールの変更でもあろうし、自前で育成した若手が海外挑戦する手応えをつかんだ時期だったこともある。あるいはクラブが成長して、高年俸でないと選手を引きとめられない時期に差しかかっていたこともある。象徴的にはマルシオ・リシャルデスの移籍から立て直せないままここまで来てしまった。
10年シーズンはマルシオという核があって、素晴らしいチームを作った。11年はマルシオが抜けて、やりくりして過ごした年だ。戦術的にも変更を重ねた。最終的にはロングボールのカウンターに勝負をかけた。獲得したブルーノ・ロペスが(いっしょうけんめいやるが)ポストプレーヤーではなく、それなら裏へ抜けさせようというやりくりだった。そして12年はやりくりから一歩踏み出し、新しい挑戦をスタートさせる筈だった。
もうひとつ思うのは鈴木淳監督が残していった守備意識だ。守→攻のスイッチと表現してもいい。これはチームのベースになるところだから、経年劣化するにしてもフツーはそうすぐには消えない。が、選手がどんどん入れ替わって、例えばキム・ジンスには教え込まないとわからなくなっている。もっと人の動きの少ないのんびりした時期だったらぜんぜん違ったかもしれないと思うのだ。
ともあれサッカーは続く。現実的に「J1残留」をターゲットに戦うべき状況だ。クラブ史最大のピンチと言っていい。が、考えようだ。監督交代という不幸な経験であっても、その意味するところはどのようにでも変わる。読者ほこんなことを考えたことはないだろうか。同じような経験をしてもそのはね返りは人によって違う。ひとつの経験から生涯を導くような宝石を見つけ出す人がいる一方で、何も変わらない人もいる。宇宙飛行士になって『宇宙からの帰還』(立花隆・著、中公文庫)が描くような特別な意識を持つに至る人もいれば、フツーにビジネスに役立てる人もいる。
今季、いっぺん書いたことをもう一度書く。アルビレックス新潟は不屈であれ。クラブ史最大のピンチを正面で受けて立とう。ぎりぎりのピンチの場面で本当の姿がわかるというのは、何も選手に限った話じゃない。どんなクラブか、どんなサポーターか歴史が見ている。ここでシャンとしなかったら末代までの恥ってもんだ。
それから黒崎久志、西ヶ谷隆之という2人のサッカー人をリスペクトしたい。特に黒崎さんはプレーヤーとしても新潟に大切な思い出を作ってくれた。あぁ、こうなったら文句言われてもいいや。黒崎さんから口止めされてた話を書こう。黒崎さん、御覧になってたら口の軽いライターで申し訳ない。
それは黒崎さんが何故、愛されたかの理由でもあることだ。東日本大震災で黒崎さんの茨城県の家は全壊していたのだった。被害を知ったアルビレックス選手会は話し合ってお見舞いの金一封を用意する。黒崎さんは受け取らない。自分より大変な被害にあった人を報道で見ている。で、おくびにも出さず、オフの日には街頭募金に立った。そういう人なのだ。
そういうことを自己アピールして美談にするのが性に合わない。口下手なのだ。去年、シーズンが終わってロングインタビューをしたとき、この話を聞いて「書いていいですか?」と尋ねたら「書かないでよ」と言われた。約束を破って本当に申し訳ない。けれど、黒さんの素晴らしい人間性の一端を皆に知ってもらいたいと思った。
附記1、次節・柏戦はユース監督だった上野展裕さんが監督代行として指揮をとることになりました。上野さんも大変だと思うけど、この一戦は重要です。前を向いていきましょう。エイエイオー。
2、内田選手全治8ヶ月の報は本当にショックです。倒れ方がじん帯やったかなぁって感じでしたよね。悪いときに悪いことが重なるもんだなぁ。
3、今、NHK-BSでトゥーロン国際大会・トルコ戦が始まりました。酒井高徳、鈴木大輔の活躍が楽しみです。おお大輔、キャプテンマークつけてるでないの。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第12節、新潟×磐田。
五月晴れのさわやかな土曜日、新潟は最多失点試合を経験することになった。1対6。完全にゲームが壊れてしまった。序盤、積極的に奪いにいき、いい入り方したところで2失点。それから内田潤が負傷交代して、キム・ジンスが2枚目のイエローで退場。最悪の展開だ。後半は大崩れした。暴風雨に朽木がなぎ倒されるようだった。唯一、希望を感じさせてくれたのは後半投入された大器・鈴木武蔵だ。ファン、サポーターは武蔵のデビュー戦を忘れないと思う。クラブ史に刻まれた苦い思い出とともに。
試合後、場内をまわる選手らの列に黒崎監督が加わっていた。勘のいいサポーターが「?」という反応を見せる。シーズンの最終戦というわけでもない。これまで目にしたことのない光景だ。週明け、アルビレックス新潟は黒崎久志監督、西ヶ谷隆之ヘッドコーチの辞任を発表する。
新潟は幸運なクラブだった。シーズン途中の監督交代劇はこれが初めてのことだ。サッカーの持つ残酷な一面をこれまで直視せずに済んだ。黒崎さん西ヶ谷さんとしても苦渋の決断だったろう。誰だって始めたことには責任が取りたい。しかし、チームが上向かない。もはや監督交代という劇薬を処方するしか上向くきっかけが作れないと判断したのだろう。結果的に最多失点試合はそのトリガーになってしまった。
試合は磐田が最高の出来だった。新潟も持ち味を出して応戦したが、まぁ、やられるときはこんなもんだ。チンチンにされた。だから印象は大変悪いが、前節・浦和戦の好感触が消え失せた感じじゃない。先週書いた「勝てた試合」でも「大量失点試合」でもあり得た、ってやつの「大量失点試合」のほうの目が出た感じだ。危ういところにチームは立っていたのだ。ほんの少し上向く兆しがある。が、それはカンタンに崩壊してしまえるものだった。6失点したチームは自信を失い、心が折れていた。
監督さんは結果責任を負う仕事だからしょうがないことでもある。黒崎さんが不運だったのは、主力選手がどんどんチームを出ていくタイミングで監督さんを引き受けたことだ。それはひとつには移籍ルールの変更でもあろうし、自前で育成した若手が海外挑戦する手応えをつかんだ時期だったこともある。あるいはクラブが成長して、高年俸でないと選手を引きとめられない時期に差しかかっていたこともある。象徴的にはマルシオ・リシャルデスの移籍から立て直せないままここまで来てしまった。
10年シーズンはマルシオという核があって、素晴らしいチームを作った。11年はマルシオが抜けて、やりくりして過ごした年だ。戦術的にも変更を重ねた。最終的にはロングボールのカウンターに勝負をかけた。獲得したブルーノ・ロペスが(いっしょうけんめいやるが)ポストプレーヤーではなく、それなら裏へ抜けさせようというやりくりだった。そして12年はやりくりから一歩踏み出し、新しい挑戦をスタートさせる筈だった。
もうひとつ思うのは鈴木淳監督が残していった守備意識だ。守→攻のスイッチと表現してもいい。これはチームのベースになるところだから、経年劣化するにしてもフツーはそうすぐには消えない。が、選手がどんどん入れ替わって、例えばキム・ジンスには教え込まないとわからなくなっている。もっと人の動きの少ないのんびりした時期だったらぜんぜん違ったかもしれないと思うのだ。
ともあれサッカーは続く。現実的に「J1残留」をターゲットに戦うべき状況だ。クラブ史最大のピンチと言っていい。が、考えようだ。監督交代という不幸な経験であっても、その意味するところはどのようにでも変わる。読者ほこんなことを考えたことはないだろうか。同じような経験をしてもそのはね返りは人によって違う。ひとつの経験から生涯を導くような宝石を見つけ出す人がいる一方で、何も変わらない人もいる。宇宙飛行士になって『宇宙からの帰還』(立花隆・著、中公文庫)が描くような特別な意識を持つに至る人もいれば、フツーにビジネスに役立てる人もいる。
今季、いっぺん書いたことをもう一度書く。アルビレックス新潟は不屈であれ。クラブ史最大のピンチを正面で受けて立とう。ぎりぎりのピンチの場面で本当の姿がわかるというのは、何も選手に限った話じゃない。どんなクラブか、どんなサポーターか歴史が見ている。ここでシャンとしなかったら末代までの恥ってもんだ。
それから黒崎久志、西ヶ谷隆之という2人のサッカー人をリスペクトしたい。特に黒崎さんはプレーヤーとしても新潟に大切な思い出を作ってくれた。あぁ、こうなったら文句言われてもいいや。黒崎さんから口止めされてた話を書こう。黒崎さん、御覧になってたら口の軽いライターで申し訳ない。
それは黒崎さんが何故、愛されたかの理由でもあることだ。東日本大震災で黒崎さんの茨城県の家は全壊していたのだった。被害を知ったアルビレックス選手会は話し合ってお見舞いの金一封を用意する。黒崎さんは受け取らない。自分より大変な被害にあった人を報道で見ている。で、おくびにも出さず、オフの日には街頭募金に立った。そういう人なのだ。
そういうことを自己アピールして美談にするのが性に合わない。口下手なのだ。去年、シーズンが終わってロングインタビューをしたとき、この話を聞いて「書いていいですか?」と尋ねたら「書かないでよ」と言われた。約束を破って本当に申し訳ない。けれど、黒さんの素晴らしい人間性の一端を皆に知ってもらいたいと思った。
附記1、次節・柏戦はユース監督だった上野展裕さんが監督代行として指揮をとることになりました。上野さんも大変だと思うけど、この一戦は重要です。前を向いていきましょう。エイエイオー。
2、内田選手全治8ヶ月の報は本当にショックです。倒れ方がじん帯やったかなぁって感じでしたよね。悪いときに悪いことが重なるもんだなぁ。
3、今、NHK-BSでトゥーロン国際大会・トルコ戦が始まりました。酒井高徳、鈴木大輔の活躍が楽しみです。おお大輔、キャプテンマークつけてるでないの。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
