【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第138回

2012/7/12
「良くなっている」

 J1第16節、新潟×鹿島。
 この日は向ヶ丘遊園の実家に泊まった。多摩病院の土曜日の面会時間が14時からなので、近所の岡本太郎美術館へ行ったりして過ごす。向ヶ丘遊園の町はダイエー前、ドムドムバーガーだったところがコメダ珈琲に変わっていた。それから通りに川崎フロンターレのバナーが増えた。実家の通りのインドカレー店なんかご主人がフロンターレのレプリカユニ着て客の応対をしている。

 だもんで試合は週明け、スカパー録画観戦だった。1対1のスコアは当日、ケータイ速報で知る。鈴木淳、黒崎久志両監督時代を通じて相性のいい鹿島戦だ。ミッドウィークのナビスコ大宮戦勝利の勢いで撃破したいところだった。まぁ、選手によっては疲れもあっただろう。それでもムードは悪くない。速報によると前半17分、ドゥトラのゴールで先制された後、同37分、ミシェウさんのゴールで追いつく展開だった。

 録画を見たときの関心事は、先制された後のチームの雰囲気だった。結果を知って見るのは純粋にゲームが楽しめない反面、こういう面白みがある。あわててるだろうか、意気消沈してるのかぜんぜん平気なのか、戦術的な変更を施したか。選手、チームの印象に加えてスタンドの様子も興味深かった。それが全くあわてていない。チームは敵サイドバックのウラへボールを入れる戦術を継続していたし、スタンドも点をとってくれると信じている。あぁ、柳下さんはアルビを変えたなと嬉しくなる。

 京都から鹿島に加わった外国人・ドゥトラの対応が気になった。好きに動きまわっている。以前、ミシェウさんのこういう動きを「工兵」に例えて、爆弾を仕掛けてまわっていると書いたことがあるが、どこが爆発するかわかったもんじゃないからイライラする。それから大迫勇也が危険だった。気力がみなぎっている。ただ実況の鈴木英門アナがロンドン五輪のことを言うのは複雑な思いで聞いた。週が明けて、何と大迫はチームメイトの青木剛、興梠慎三がかつて味わった「五輪最終メンバー落ち」を経験する。スカパー録画に映っているのは出場をてんから疑っていない、充実した大迫の姿だった。

 失点の場面はその大迫のアシストからだった。マイナスのボールをドゥトラに供給する。ドゥトラの受ける位置がいい。反転してシュートの切れ味もいい。これは参りましたというゴールだった。鹿島は何故このサッカーで低迷してるのかという、大人っぽい内容だった。テンポを変えたり、位置取りを工夫したり。ベテランと若手がいい感じにミックスされている。僕は「鹿島、いいチームだなぁ」と素直に思った。

 が、新潟も良くなっている。サイドから決定機を作るようになった。以前の放り込みのアーリークロスではない。きっちり勝負のイメージを持ったクロスをDFウラへ通す。得点シーンはミシェウがするっと抜け出してコースを変えて決めたもの。ミシェウさんは今季初ゴール。「技の人」のクールな仕事だった。新潟もだいぶ点がとれる感じになってきた。

 1対1のスコアで迎えた後半はスリルとサスペンスの45分。いや、サスペンスは違うのか。すごくエンタメとして充実した内容だったと思う。新潟の主演はGK・東口だったろう。よく鹿島の猛攻をゼロでしのぎ切った。久々に3万5千の入りとなったビッグスワンが大いに沸いた。何か最近はスーパーセーブが当たり前になってしまって、東口のすごさを書くことが少ないのだけど、こんなに頼りになるキーパーも少ないのじゃないか。彼のパフォーマンスはJ1残留へ向けて欠くことのできない鍵だ。

 終盤、柳下監督は前線にブルーノ、平井、矢野、武蔵の4枚を揃える。最後、矢野貴章を投入したときの盛り上がりったらなかったね。こう、「白波五人男」(は1人多いけど)っぽいエンタメ性。もちろんエンタメを狙ってるんじゃなくて、勝ちにいくっていう意思だ。それがストレートに客席に伝わって皆、しびれたんだ。

 試合はドローに終わったけど、見応え充分の好ゲームだったと思う。僕は上向き気配の鹿島と堂々やり合ったのを評価したい。それは「好ゲーム」なんてのは目標じゃなく、あくまで「勝ち点3」だというのを百も承知で言う。試合トータルでいえば、鹿島が優勢だった。が、新潟も狙い続けた。いい感じになってきたじゃないか。

 それから大事なこと。ビッグスワンの熱気がよみがえった。ファン、サポーターがサッカーを見る楽しさをとり戻した。僕がいちばん案じていたところだ。チーム事情は上げ下げがある。頼みの新外国人がフィットしなかったり、ケガ人が出たり。が、何があろうとビッグスワンに熱気があれば大丈夫なのだ。今年はその熱が失われかけた。

 サッカーは面白いのだ。それが基本。戦術的に吟味しても面白いし、選手の奮闘を見ても面白い。ゴールの決まった瞬間、隣りの席の人と一緒に飛び上がったり、抱き合ったりするのも楽しい。その基本っていうか根本のところが復活した。つまり、サッカーが復活した。

 次節はアウェー札幌戦、是が非でも勝ち点3を持ち帰らねばならない試合だ。といって甘い試合じゃないだろう。残留ラインに食らいつくには落とせない重要な一戦。このいい感じを本物にしよう。徹底的に戦うサッカーを見せてもらおう。


附記1、鈴木大輔選手、ロンドン五輪代表選出おめでとうございます。本文中、大迫勇也選手について触れましたが、アジア予選のエースだった大迫が外れることもあり得るのが最終選考の怖さです。ダイスケは運がいい。これでアルビサポは高徳&ダイスケの活躍を五輪で見られますね。

2、今年はサイドバック難の年ですね。ケガ人が続いてバックアップが足りない。レンタル等で手当てしたいですね。

3、ご心配おかけしましたが、父は大丈夫です。ま、82歳なのでついでに色々検査しています。鹿島戦をさぼってお見舞いに行ったら「点滴つけてトイレに行くと老人のしょぼしょぼしたおしっこと違うんだよ。青年のように勢いよく出るんだよ」と又々、お前もやってみろ、あれは不思議だぞぐらいの調子で言ってた。父さん、水分を入れてるからです。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!

photo


ユニフォームパートナー