【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第146回

2012/9/6
 「通算100勝」

 J1第23節、鹿島×新潟。
 サッカーの神様が勝ち点3をプレゼントしてくれたゲーム。試合後の会見で柳下さんは当夜の試合をそう表現した。僕も大変ラッキーな勝利だったと思う。選手らもコメントしているけれど、負けた三ツ沢の横浜FM戦のほうが内容的にはずっと良かった。3対1くらいで負けていても文句の言えないゲームじゃなかったか。

 が、とにかく結果の欲しいところで勝てたのだ。まず無失点試合を作れたことが大きい。それはもう今季、何点防いだかわからないGK・東口順昭の奮戦を殊勲の第一としたい。それからチーム全体の守備だけれど、時間帯で2つの側面があった。前半の中頃まで、敵に決定機をばんばん作られてどうにかしのいだ時間帯は「粘り」だ。まぁ、ジュニーニョがシュートミスを連発してくれて助かったわけだが、チームも瀬戸際のところでよく耐えた。

 で、柳下アルビにはその先があったのだ。よく耐えて粘っただけじゃない。混乱の原因を探って、以降の時間帯を「対応」した。敵将・ジョルジーニョ監督がどういうわけか危険な増田誓志を下げてくれたのも有難かった。新潟の記念すべき「J1リーグ戦100勝め」は、けんめいに守り、獲得したものだったというのを忘れたくない。その意味でこの勝利はただのラッキーとは言えない。

 虎の子の1得点もファインゴールだった。GKからパス1本でウラへ抜け出す形から前節、広島・佐藤寿人にやられた1点めを想起された読者も多いことだろう。ホントに広島戦は「こっちがやりたいことを先にやられた」試合だったのだ。サッカーに流派があるとしたら(先方のほうが完成度が高く、しかもバリエーションを持ってるのがシャクだが)同門対決だったと思える。ただゴールの美しさの比較ではミシェウに軍配を挙げたい。あの魔法のようなタッチは日本人プレーヤーにはなかなか真似できないですね。

 「同門」「他流」という話をもう少し続ける。僕は今回、鹿島戦がつくづく他流試合に見えた。鹿島のサッカーは(監督さんが変わっても)いつもしぶとい。必殺剣タイプというのかな、優れた個人技をベースにしながら、巧いだけじゃない闘魂のサッカーを展開してくる。実は黒崎監督時代、新潟のサッカーはその流派に傾いていた。僕は鹿島戦に「同門対決」感を見出していた。当夜、それが「つくづく他流試合に見えた」というのは、つまり、柳下さんになって変わった部分だと思う。正確にいうと単純に変わったのじゃないかもしれない。何でかっていうと鈴木淳監督時代も他流試合だったから。

 まぁ、現場は「ラッキーな勝利」の内実を反省して、今、向いてる方向を更に高めていくだけだ。得点は依然として足りない。「攻守の切り替え」流のサッカーは、勝負どころで選手の爆発的なフリーランニングが要る。イメージが統一されてないといけないし、何度でも繰り返さなきゃいけないから強靭な意思と体力が必要だ。チームとして戦えない選手は外さざるを得ないだろう。そういう流派なのだ。

 僕が注目するのは(話が唐突に聞こえるかもしれないが)菊地直哉のこの後だなぁ。炎天下、大学生との練習試合はモチベーションが低かったのだと思う。が、監督さんというのは「基準を示す」仕事だ。柳下さんは普段の練習からチームの為に戦っている選手を重んじた。僕はその結果、この日、登録を外されたんだろうなぁと想像している。 
 で、それについて文句言ったりするのはカンタンなんだね。僕はそんな立場はとらない。菊地という選手の真価を見たい。いや、値打ちのあらわれるとこだと思いますよ。戻ってくるのか。戻ってくるとしてどんな姿で戻ってくるか。いちばん厳しいところで何を見せるか。サッカー選手としての器量のすべてがこの後、3ヶ月ほどに集約される。いや、ひとり菊地だけの話じゃないんですけどね。これだけは見る者の特権だ。ここから頑張れない選手は「頑張れない奴だった」と記憶することになるでしょう。

 ここからは見逃せない。だってね、こっちはコミットメントしてるんだよ。冷ややかに観察してるのじゃない。意地悪でも何でもない。賭けてもいいけど皆、「やっぱり菊地は頼りになる奴だ」「さすが勝負師だ、ハートで戦う男だ」って思いたくてしょうがないんだ。この話はそこに貴章を代入してもいいし、好きな誰を入れてもいい。僕らは自分が好きで見てきた選手らを、それからチームを「値打ちがない」なんて思いたくない。それはある意味、自分に値打ちがないって言ってるのと同じだ。

 さて、そんなわけで今季、最大のヤマ場、大阪勢シリーズを迎えるわけだけど、準備はできてますか? セレッソはクルピさん電撃復帰という荒業で勝負に出た。ガンバは大量得点できるチームが戻ってきた。J1残留戦線のライバルでは大宮がベルデニックさんを呼んで、その人脈から点取り屋を補強(大宮っていうのはお金あるんだね、1シーズンに2回チーム編成してる感覚だよ)、札幌は今節、ガンバに大敗したけど、新外国人を迎えて戦力アップしている。

 勝ち点レースで置いてかれてる位置の札幌も含め、皆、手は打ってきたねぇ。大阪勢、特にセレッソの補強は大変なもんだ。セレッソは五輪組の復帰自体が実質、超補強だからここからペース上げてくるだろう。世間も「五輪に選手を何人も取られて降格」という前例を見たくないから、セレッソびいきの空気になる気がする。新潟が争う相手はなかなかのもんだよ。連勝連敗で風景がガラッと変わる。ま、最悪の想定をすれば9月中に「ほぼ絶望」の目だってありますね。

 現場は現場で燃えてると思うので、ここではこっちの話をしよう。読者よ、日程にらんで武者震いしていた9月が来る。悔いのない戦いをしよう。鹿島戦の「ラッキーな勝利」はこっちの話ならシンプルに喜んでいられる。勝負事はツイてるに限るからだ。これでうまくすれば連勝の目がある。連勝はこれから絶対必要だよ。まして今度はライバルとの直接対決だ。このヤマ場、全部出して戦おう。全部出そう。読者よ、ここから始まるのが最高の勝負だ。


附記1、本文で触れなかったですけど、この試合は小笠原ら主力4人が欠場してくれたのもラッキーでした。だけど、本当に鹿島戦強いねぇ。0対1のアウェー戦でどっちも「カシマ」らない&「潟」らないんだ。

2、この日はカシマスタジアムでロンドン帰りの大住良之さんにお会いしました。あ、あとすんごい久しぶりにスカパーの八塚浩アナにもご挨拶できた。うっかりしたのは八塚さんに「ザッケルゥ~ニィ原」について感想を聞きそびれたことだなぁ。

3、セレッソ戦は青春18きっぷが1回分余ってるので、ワンウェーチケットとして利用します。行ったきりなら幸せになるがいい。あの「5回分で1枚」という青春18きっぷの特性ですけど、机上の計算では、冬の青春18まで新潟に逗留しちゃうと余りの1回で帰って来れますね。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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