【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第154回

2012/11/1
 「6ポイントマッチ」

 J1第29節、大宮×新潟。
 残念ながら録画観戦だった。試合前日、東武線で日光へ向かう途中、春日部駅で野田線に乗り換えたらNACK5最寄りの大宮公園駅なんだよなぁと思う。知り合いのサポに「応援たのむ!」とメールを送った。アルビレックス新潟は決戦だ。15位・大宮(勝ち点32)と16位・新潟(勝ち点30)の直接対決。サッカーメディアは「裏天王山」と表現した。16位以下が降格圏だから文字通りサバイバル戦だ。

 視点を変えて大宮側から事態を見てみよう。今季、大宮はほとんどボトム3の経験がない。東慶悟を五輪代表にとられていた期間が長く、ホントはこうじゃないないんだけどなぁと思ってるうちに「裏天王山」まで来てしまった。シーズン途中、ベルデニックさんに監督が代わり、その人脈で新外国人の補強を施す。すごいなぁと思うのは先週のインターナショナル・マッチウィーク、ズラタンがスロバニア代表召集を断ってこの一戦に絞ったことだ。ノヴァコヴィッチが足を痛め、スロベニア人2トップは実現しなかったが、ポストプレーヤー・長谷川悠が代わりを務める。

 チケットは前売り時点でほぼ完売。NACK5スタジアムは埼玉ダービー級のギチ満員だ。新潟から駆けつけたファン、サポーターは4000人と推計されている。本当に気持ちの入ったオレンジダービーになった。僕は録画のモニターを見ながら、あるサポが「大宮がいちばん困る」と言ってたのを思い出す。飲み会での軽口だけど、何かこうジャマくさいと彼は言うのだ。同じオレンジのチームカラー、名前もアルビレックスとアルディージャで「アル」がかぶる、堅守速攻っぽいサッカーも似ている。で、試合をすると消しあったドローが多い。まぁ、飲み会では「向こうも同じこと思ってるかもしれないよ」と言っておいた。今日の試合はイメージを一新するんじゃないか。死闘にならなければおかしい。

 キックオフ前からスタジアムの雰囲気が最高だった。新潟ゴール裏はビッグフラッグを掲示してチームを鼓舞する。サッカーフィーリング満点だなぁ。これ、画面を通してこうなんだからスタンドにいたらしびれただろう。NACK5の両ゴール裏はタテに席が積まれ、サポーターの人壁が対峙する設計だ。直接、声がぶつかりあう。スカパーの集音マイクがチャントを拾う。こりゃ、すんげえな。このなかで戦うのは選手冥利ってもんだ。

 試合。開始早々、ロングボールからウラへ抜けたブルーノがシュートを放つ。意欲的だ。もう、こういう試合はゴンゴン狙って行きたい。試合の入りは互角。当たり前だが、両軍とも闘志がみなぎっている。時計が進むにつれ、次第に新潟が優勢になっていく。遠めから打つ意識は徹底しているようだ。大宮はバイタルエリアにスペースが生じている。その一方、サイド攻撃は迫力がない。守備前提だから人数がかけられないのか。勝負どころまでこういう感じだろうか。

 最初の勝負どころは前半35分、ミシェウがポーンと柔らかい浮き球のパスを送り、キム・ジンスがゴールエリアに突っかけていったシーン。ジンスのパスに藤田征也が飛び込むが、これはジンスの位置の時点でオフサイドの判定だった。やっぱり、大一番ではミシェウの存在感が増す。それからジンスの強気は貴重だ。あぁ、ホントにいい試合だなぁ。両軍足りないものがあるからこの順位で試合をしているのだろう。が、決戦のなかでそんなもんは関係なくなってる。ひりひりするよー。

 では亜土夢の得点シーン。前半38分だ。右サイドからブルーノがパスを入れ、そこへ本間勲が飛び込んで来る。大宮DFはこれにつられた。本間がスルーしたボールが大外フリーの田中亜土夢に渡る。亜土夢は落ち着いてワントラップの後、右足を振り抜く。

 どかーん。ピッチ上で歓喜が弾ける。得点者の亜土夢のもとに次々と選手が飛び込む。三門の顔に誰かの手が当たって痛くしたらしい。柳下監督も両拳を握りしめ、高々とガッツポーズだ。この大事なところで勝負勘を信じ、上がって行った選手、決めた選手を僕らは忘れない。新潟ゴール裏は最高の盛り上がりだった。

 先制直後、バイタルでこぼれ球を拾った三門がシュートを放つ決定機があった。惜しくも左に逸れる。結果的には大宮がダウン寸前だったこの時間帯だ。ここであと1点とれなかったことが結果に影響する。前半終了間際の44分、大宮の逆襲が決まる。ショートカウンターの形だ。東が右サイドから入れて青木拓矢が流し込んだ。新潟は戻りながらではあったが人数はいた。個人技のゴールと言っていいだろう。流れの上では自分らの時間帯が続いて、攻めに意識が向いていたところを突かれた。

 前半終わって1対1。大宮は後半アタマから長谷川悠に代え、チョ・ヨンチョルをFWで使ってきた。このヨンチョルが危険だった。久々にキレのあるヨンチョルを見る。形勢は逆転する。新潟は守勢にまわる。青木がフリーでミドルシュートを狙ってくる。押し込まれるとこれがあるな。新潟ゴールを死守しているのは黒河貴矢だ。黒河は見事なパフォーマンスを見せてくれた。

 局面を押し返す必要から矢野貴章が投入されるが、うまく行かない。最高にゴールに迫ったのは後半15分過ぎ、矢野がミシェウに渡してエリアへ駆け込み、ミシェウのクロスがその向こうの鈴木大輔へ送られたときか。大輔ヘッド一閃。が、これは防がれる。膠着した状況で柳下監督が切り札として送り込んだのは、平井ではなく復帰したての鈴木武蔵だった。

 終盤の武蔵は効く。特にこういう死力を尽くした試合、いっぱいいっぱいまで脚を使ったところに武蔵に出て来られるとトイメンは泣くだろう。たとえとしたら「焼肉食べ放題の後、500gステーキが出て来ちゃった」感じ。僕はぶっちぎるんじゃないかと思ったが、マークした選手もしぶとかった。それでも一度はシュートチャンスをもらえた。ルーキーには申し訳ないが、この選手がチームの運命を握ってる気がする。

 大宮も終盤、渡邉大剛がスーパー決定機を決めきれず、1対1のドローでタイムアップ。両軍あらん限りのものを出し切った試合だ。6ポイントマッチはどちらにも利することなく、勝ち点1ずつを分けあって決着する。この日、ガンバ大阪が勝って両チームともひとつ順位を下げた。といってダンゴだ。僕は最終節までもつれるんじゃないかと思う。

 新潟ゴール裏も全てを出し切った。タイムアップの後、しばらく放心したような間があった。声を出し続け、気力を使い果たしたのだろう。関東サポはいったん帰宅して寝込んだりしていた。愛するチームはどうしても勝ちたかった試合に勝てなかった。それもショックだろうが、それよりもともに全力で戦ってガソリンがエンプティ状態だった。おつかれさん、満タン給油をたのむよ。よく食べてよく寝て、ベストの準備をしよう。こりゃぎりぎりまでわからないぜ。


附記1、文句なく今季ベストバウトでしたね。サッカーファンとしてこの日、スタジアムに居合せた皆さんにジェラシーを感じます。結果は結果として、素晴しいなぁサッカーは。そして、間違いなくスタンドのひとりひとりがサッカーを構成する一員でした。

2、亜土夢が鼻骨骨折らしいですね。今週の練習中の出来事らしいですけど、絶好調期に入ったところなので心配です。ま、フェースガードして出てくるかな。

3、明日は『アルビレックスタイムス』の放送日ですね。本間キャプテンは素晴しい男でしたよ。モバアルに入ってなくて見逃した方は是非、再放送をご覧ください。今度頼まれたら誰を取材しようかなぁ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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