【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第200回

2013/12/12
 「ビッグゲーム」

 J1第33節、横浜FM×新潟。
 JR小机駅で下車した瞬間、あまりの人ごみに「代表戦?」と錯覚に陥る。前売りチケットが6万枚売れてるという報道に半信半疑だったが、こりゃ本当だ。横浜FMは勝てば文句なし、引き分けでも条件次第で9年ぶりの優勝が決まる。胆のう炎で11月初旬、緊急入院していた中村俊輔も戦列に戻った。ホーム最終戦にひっかけて用意したキャッチフレーズは「戦蹴楽(せんしゅうらく)」、キャンペーンコピーの「この街に、頂点を!」とともに露出をはかる。もちろんNHKは地上波で全国生中継だ。

 プレス受付でもらったID番号が「72」、記者席で出くわして一緒に見ることになったライターの熊崎敬さんが「81」だったのにまず驚いた。TV局、新聞社等のIDを持たないフリーランスがつまり100人近く来てる。カメラマンがまた代表戦級に多くて、しかも、試合が始まるとほとんどが「優勝決定弾」を撮るべく新潟側ゴール後方に陣取る。メディア関係者合計で300人以上だろう。400人行ってるかもわかんない。変な話だが、アウェーでよかったと思う。これ、さばくだけで大変だよ。大体、関東は快晴だけど新潟は天候が崩れている。昨日なんか聖籠町・アルビレッジは雪で練習できなかったそうだ。

 試合前、帝国劇場『レ・ミゼラブル』キャストによる「民衆の歌」(トリコロールつながり!)を聴きながら、横浜FMはビッグクラブだなぁと実感する。前評判通りの「6万人が歌う『民衆の歌』」にはならなかった。ていうか試合が始まってもコールや手拍子はゴール裏だけで、あとのメインスタンド、バックスタンド、そして上層階を埋めた(たぶん5万人相当の)観客はおとなしい「ライトユーザー」層なのだった。だけどさぁ、日産自動車のディーラー、関連会社等にどれだけ協力を呼びかけたかは知らないけど、6万2千人強だよ。62,632人はチャンピオンシップ以外ではJリーグ史上最多だ。そんなことが実現できるクラブってそうそうないでしょう。さすが名門中の名門だよ。

 もう、僕はピッチ練習を見ながらわくわくしていた。「『レ・ミゼラブル』って邦訳『ああ無情』だよ、エンギ悪くない?」なんて軽口を飛ばして、記者席の知ってる顔に挨拶する。この試合を新潟側から考えてみる人は稀だ。これはね、ちょっとした「ミッション・インポッシブル」なんだよ。大観衆ひしめく日産スタジアムで見事勝利し、6万人を沈黙させる。予定は全部キャンセル、マスコミは空振り。その静まりかえったなかを勝ち点3奪ってまんまと脱出だ。今季は既に第7節、ホームで「開幕6連勝スタート」の横浜FMを止めている(スコア 新潟1-0横浜FM、得点者・岡本英也)。あれを「最高の舞台が整った」敵地でやってのける。以上、これが使命だ。

 もちろん読者は予感を僕と共有していたと思う。皆、知らないんだよ。アルビレックス新潟が今、本当に強いことを。積み上げてきたものがひとまず完成の域に来ている。僕は勝つ気がしてたけど、たとえ勝てなくても世の中を驚かせるだろうと思っていた。先週書いた繰り返しになるけど、チームは今がいちばん強い。だからミッションはポッシブルなんだね。超ポッシブル。てか、そもそも新潟はこの状況下でモチベーションめっちゃ高いだろう。ここで燃えなきゃ男がすたるってもの。

 試合は柳下正明監督が報道を通じて予告した通り、「開幕戦なみのハイプレス」で始まる。新潟はプレッシングサッカーなんだけど、あんな圧倒的なのは久々に見た。ま、サジ加減っていうか程度問題ってあるでしょう。フツーはプレスかけても次第に要所要所って感じになる。が、この日は徹底的にやった。しびれたよ、横浜FMがサッカーできないんだ。両軍のファーストシュートがいつだったか覚えてる? 新潟は前半4分過ぎ、岡本が枠内シュートを打ってるのに対して、横浜FMは何と同21分過ぎ、中町公祐が放つまで何もなし(!)。

 これは6万人の度肝を抜いたと思う。で、大体は「こんなペースでプレスかけてたらひと試合もたない」と考える。実際、新潟にだってもたない季節があると思うし、もたないコンディションがあるだろう。だけどね、晩秋の、試合間隔空いてて、連勝中でノリノリの試合だよ。も・ち・ま・す。

 「2013年アルビレックス」はレオ・シルバの超人的な哨戒能力がベースだ。レオの哨戒能力はチーム内に影響を与えて、ピッチ上は「川又堅碁とレオ軍団がやって来た WITH東口順昭」っぽくなっている。もう、どっちへボールを運ぼうと何らかのレオが詰めて来ると思って間違いない。

 圧巻だったのは前半2回くらいあったんだけど、横浜FMが攻めどころがなくてキーパーまでボールを下げたシーンだな。6万大観衆がどよめいた。新潟ゴール裏は最高嬉しそうにブーイングしてた。前半のみどころは中盤での身体を張ったバトルだね。スコアは0-0で動かずだったけど、バトルは圧勝してたんじゃないかな。

 だけど、後半になって横浜FM大したものだったんだよ。マジ強ぇ。あのさ、ボール回しを速くしてプレスを引きはがそうとするんだ。それからロングボールを使ってきた。技術があって、戦術的な対応力がある。ペースを奪い返されたもんなぁ。後半の新潟は自陣に押し込まれる時間帯が続いた。

 押し込まれると何が厄介って、滅多な場所でファウルできないってことだよ。中村俊輔が復調してるからね。入院生活で筋肉は落ちてるはずだと思うけど、そんなの関係なく日本一のキッカーだ。後半、雨あられとFK、CKを浴びた。全て素晴しいボールだった。いちばん危険だったねぇ。スルーパスも狙ってきた。新潟がツイてたのはマルキーニョスが精彩なかった(何ヶ月も得点がない)のと、斉藤学が万全の状態じゃなかったことかな。

 押し込まれて防戦一方のきつい時間帯を、新潟はよく集中してしのぎ切った。だけどさ、うちの選手って「押し込まれ慣れ」してるよな。これは不思議と昔っからそう。かなりのところまで持ちこたえるんだ。押し込まれて持ちこたえながら、逆にそれが新潟ペースってことだってある。試合局面は後半、そういう感じになっていた。横浜FMは大観衆の前で勝ってカッコよく優勝を決めたかっただろうね。攻めっ気になった。そこにスキが生じる。

 後半27分、FKのクリアボールが川又堅碁へのプレゼントパスになる。イージーミスしたのは代表経験豊富な栗原勇蔵だよ。魔がさしたとしか言いようがない。ケンゴはこういう場面で必ずそこにいる。そして落ち着いて決め切る。ゴールの瞬間、6万人が黙り込んだ。その快感、得も言われぬ空気感。

 ビッグゲームは何かというと「物語戦」だね。試合局面は主導権争いだけど、「物語戦」は主語の争い。よく『Jリーグタイム』とか『やべっちFC』のダイジェスト映像でどっち目線って話になるでしょ。あれをイメージしてください。第33節の日産スタジアムで大多数が思い描いてたのは「横浜FM」が主語の物語なんだよ。「スタメン平均年齢31.36歳」の物語。が、そこには当たり前だけど、もうひとつ別の物語が存在する。ずっと通しで見てる僕らには自明のことだ。ビッグゲームはどちらの物語が相手の物語を呑み込むかだね。

 ずっと通しで見ていない者にとっては「何じゃこりゃ?」だろう。何だかわからないものに自分らの物語が呑み込まれていく。ロスタイム、完全に前がかりになった逆を突かれて、鈴木武蔵の追加点ゴールが決まる。今度は沈黙じゃなく、6万人の悲鳴やため息だよ。勝負あった。

 一年前、泣きながらJ1残留をつかみ取ったチームは今、たくましく成長した。僕らは自分の信じるもの、思い定めてきたものが本物だったのを知る。「2013年アルビレックス」は天下にそれを示したんだ。去年の自分に教えてやりたい。お前の見てるチームはとんでもなく強くなる。


附記1、魂の揺さぶられる試合でした。テクニカルエリアで何か脱ぎだしてチョッキ姿になった柳下さんを初めとして、ベンチもひとつになって戦ってましたね。ちなみにレオがエリア内で倒されたシーンに関して、評論家の大住良之さんは「あれはPKでしょう。(家本政明主審の)ポジション取り最高で、真後ろで見てたんですよ。何で取らなかったのかわかんないね」とのことです。唯一、ケンゴにPK蹴らせたかったのが心残りかな。

2、試合後、「アル関ジャイアント宴会」(於・庄や横浜西口店)に参加しました。名前の通り、100人超の大宴会です。皆、めっちゃ機嫌よかったです。そのとき言ってた人がいたんだけど、これでアルビレックス新潟はJ2最多観客試合(2003年11月23日、新潟×大宮、42,223人)とJ1最多観客試合(2013年11月30日、横浜FM×新潟、62,632人)の両方に関わり、勝利したことになるんですね。

3、いよいよ最終節です。「アル関ジャイアント宴会」でも賞金圏内を目指して「1千万コール」が巻き起こりました。それから皆、異口同音に言ってたのは「このチームをもっと見たい」ということ。「こんな強いのに何で天皇杯残ってないんだよ」「あぁ、今、浦和と当たりたい」etc。最終節、残念なのは名古屋・闘莉王選手が出場停止なんですね。ケンゴに5、6点取ってもらって、毎回「オレの名前は川又堅碁だ!」と言いに行かせたかったな。

4、先週お知らせしたカフェ・ド・クラッキ(12月14日・17時~、立川市)のトークイベントは半分くらい埋まったみたいです。ご予約はネットでもできるそうなので、店名と僕の名前で検索してみてください。申し込みフォームがありますよ。それから去年、大好評だった北書店のトークショーを今年もやることになりました。日時は12月22日・14時~、参加費おひとり1000円です。詳しくは北書店のウェブサイトをご確認ください。申し込みはネット予約、もしくは北書店(新潟市中央区医学町2-10-1 ダイヤパレス医学町1F)の店頭で直接お願いします、とのこと。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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