【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第201回

2013/12/19
 「大きなもののために」

 J1最終節、新潟×名古屋。
 土日泊りがけで日光へ行く予定が、『広告批評』天野祐吉さん、島森路子さんのお別れの会に出席することになり、東京にいた。だから、試合録画は夜中、帰宅してすぐに見られたのだ。時が過ぎてしまうのは何て寂しいことか。それは天野さん島森さんの遺影に献花し、心のなかでお礼を申し上げて思ったことだし、雨中の最終節を見て思ったことでもある。楽しい時間が永遠に終わらなければいい。楽しい時間は夢中でいるうち、いつか過ぎてしまう。

 僕は新潟は絶対勝つと思っていた。だからケータイ速報を見てもあんまり「やった~!」という反応にならなかった。名古屋もストイコビッチ監督や増川隆洋、田中隼磨、阿部翔平ら主力のラストゲームを飾りたいだろう。だけど、今の新潟は(特にホームでは)負ける要素がない。むしろ先週、日産スタジアムの大一番に勝って波に乗っている。問題は中身だな。どう勝つか。一年かけて成長してきたチームの集大成が見たい。そして個人的には川又堅碁の今季オーラス「得点王祭り」が見たい。ランキングトップを行く大久保嘉人(川崎)とは4ゴール差だ。爆発すればぜんぜん追いつく。

 最終節は情報遮断するのが難しいから積極的に取った。ケータイ速報を何度も確認したし、夕方のTVニュースを見た。だから出先で名古屋戦の2-0勝利も、広島の逆転優勝も知っていたのだ。ケンゴは1ゴールを挙げたが、得点王には届かなかった。どういう風に届かなかったんだろう。試合後はどんな表情だったんだろう。

 そしたらさ、これが素晴しい試合だった。僕は夜中、自宅リビングでちょっと泣けたな。前半はスペースがなくて苦しむんだよ。だけど、落ち着いて対応していた。揺さぶりをかけられても動じないんだよ。自分らのサッカーを信じている。ジワジワこっちのペースに持ち込んだ。これが既に成長の証だもんな。名古屋を向こうにまわしてこんな試合運びができる。

 ハーフタイムに修正点ないよ。柳下正明監督も「続けていけ」って言うだけでしょ。このチームは相乗効果なんだよね。当コラムではこれまでレオ・シルバをキーマンに挙げ、彼の影響を強調してきたけれど(そして、それは間違いのないところだと思うけど)、それはお互い様ってところもある。見方を変えれば田中達也の影響だし、あるいは成岡翔の影響でもある。選手ひとりひとりがプラス効果を与え合っている。

 レオ・シルバは超人的な運動量に加え、Jリーグではほとんど見たことのないボール奪取の技術を持っていた。それを真似るのがチーム内で流行る。練習から皆、積極的に奪いにいった。だけど、それを言ったら田中達也の献身的なプレッシングもチームの基準になった。成岡翔のプレースタイルの変化も基準になった。それは亜土夢も三門も岡本もジンスも同じことだ。誰かひとりが一方的にやるようなもんじゃない。チームの意識改革はそういうプロセスだね。

 川又堅碁も同じことだ。春先と比べて動きの質がずっと良くなった。精神面も本当にタフになった。それはもちろんチームに影響を与えている。その一方でケンゴもチームメイトから影響を受けている。この日は誰が見ても「4点取る気マンマン」のギラギラした姿だった。で、取れそうなんだよな。後半20分、左足でねじ込んだ先制ゴールはちょっとワールドクラスっぽかった。エースがチームを牽引してくれる。しかも、エースは皆を集め、広報・栗原康祐さんの赤ちゃん誕生を祝うゆりかごダンスだ。ムードがグッと上がる。

 で、ここからがいいんですよ。皆、ケンゴに点を取らせようとするけどうまくいかない。逆にカウンターを食らってピンチの場面があったりする。で、後半38分、敵のミスから亜土夢がボールを奪い、ケンゴに渡す。決めてくれって意味だ。大久保嘉人を追いかけろ。そうしたら、ケンゴはDFを引きつけて亜土夢にボールを返すんだ。亜土夢は難なく追加点ゴール。

 これ、今シーズンの名場面だね。あんだけギラギラしたケンゴがチームの勝利を優先するんだ。僕は真のエースが誕生した瞬間だと思う。もちろん時間がなくなって得点王をあきらめたわけじゃないよ。それについては変らずギラギラしてる。ただあの一瞬、個人記録より大きなもののためにサッカーをやった。

 で、2-0になってケンゴはベンチに大きくジェスチャーをしている。ケンゴ本人の弁によると「ぜんぜん意味わかってもらえなかった」らしい。彼は早くウチさんを入れろと手を振りつづけていた。面白いよね。個人記録は大いに狙っているくせに結局、他人のことにいっしょうけんめいになっている。

 ロスタイムになって、ついに内田潤IN。三門のつけていたキャプテンマークを巻いて、男の花道だ。で、いきなりファーストタッチで絶妙のスルーパスを出すんだ。で、これを亜土夢が決めればよかったんだけど、亜土夢はケンゴに決めさせたいんだよ。ケンゴに渡した分、攻めが遅れてゴールには至らない。でも、内田はわずかな出場時間で3万観衆をうならせた。記憶に残る最高のアルビ戦士だった。

 タイムアップの笛が鳴って、皆、いい顔してたよ。ケンゴが顔をしかめて「3点足りなかったか」って悔しそうだったけど、やり切った充実感も漂わせていた。「5連勝」「リーグ戦本拠地9連勝」はクラブ新記録なんだけど、その達成よりも、今日試合をしてまたチームがまとまった感じのほうが強い。

 「2013年アルビレックス新潟」の冒険はここで終わる。17勝13敗4分、勝ち点55(7位)は過去ベストの戦績。数字上は「あと3勝で優勝」「あと2勝でACL」というポジションだ。また2シーズン制を当てはめると「後期優勝」してることになる。けれど、降りしきる雨のなかで選手らもスタッフも、そしてサポーターも実は戦績のことなんか忘れていた。ずっとこのチームを見ていたい。このチームと一緒にいたい。何でかっていうと最高のチームができ上がったからだ。


附記1、今シーズンもご愛読ありがとうございました。当コラムはこれでひとまずお休みをいただき、また来年ということになります。というご挨拶もそこそこに、とにかく僕らは川又堅碁選手のベストイレブン選出を祝わねばなりません。こんなノリノリで書けたシーズンは初めてだなぁ。何べん、わっしょいわっしょい書いたことか。ケンゴおめでとう! わっしょいわっしょい、わっしょいわっしょい。

2、で、来週は「散歩道特別編」として、「川又堅碁1万字インタビュー」をお届けします。実は収録は「Jリーグアウォード」直前の会場ホテルで済ませたんですけど、ああいうのってマジで本人には知らされないんですね。13時過ぎの時点では本人、「ベストイレブン入らないかなぁ」って言ってました。

3、その火曜日、じーんと来たのは「アウォード」出席の川又堅碁、田中亜土夢の2人が「散歩道200回おめでとうございます」ってサイン色紙を用意してくれてたことです。おかげ様で連載も5シーズン、通算201回に達しました。この色紙は今週の立川・クラッキ、来週の新潟・北書店の両トークイベントに持っていこうかな。では皆さん、メリークリスマス&ハッピーホリディ!


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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