【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第204回

2014/3/27
 「小瀬開幕」

 J1第3節、甲府×新潟。
 今季初の山梨中銀スタジアム開催だ。甲府サポ流に言うと「小瀬開幕戦」。2月の大雪は山梨県に甚大な被害をもたらした。交通網が寸断され、物流の危機どころか住民の安否確認すらままならない地域があった。ヴァンフォーレ甲府は苦渋の決断で第1節を国立競技場で代替開催する。中銀スタは積雪1メートルだったそうだ。新潟県は独自の判断で除雪車及び人員の緊急派遣を決めた。関東甲信が記録的な大雪に見舞われたこの冬、新潟県(特に沿岸部)は雪がほとんどなかった。

 「新潟の皆さま 除雪の支援と励ましの言葉ありがとうございました!!」

 新潟応援席の入場口付近でこの文面のゲーフラを掲げた人がいた。ずっと掲げてたんだよ。胸に熱いものがこみ上げる。ゲーフラのメッセージはフォント文字で、つまり、前々から準備していたものだ。賭けてもいいが、あれを見て「小瀬開幕おめでとう!」と思わなかった新潟サポはひとりもいない。おかげで3戦連続の開幕戦だ。開幕→ホーム開幕→小瀬開幕。サッカーが帰ってきた歓びをともに分かち合おう。

 僕はJリーグはこれだよなぁと思った。前節、埼玉スタジアムの浦和×鳥栖戦で人種差別的な横断幕が掲示され、また浦和レッズが試合終了までそれを撤去できないという問題が起きた。Jリーグは浦和に無観客試合の厳罰を科すことを決める。僕はJリーグを愛する者として胸のつぶれる思いだ。とても「浦和サポの一部」と切り捨てる心境にならない。サッカーが傷つくのは自分らが傷つくことだ。僕は「新潟の皆さま…」のゲーフラに救われた気持ちだった。だもんで、お礼を言いたいのはこっちのほうだ。

 甲府は雪の影響で練習が思うにまかせなかった。またジウシーニョのケガも想定外だったろう。ようやく地元で一週間調整して、本格的に巻き返しにくる。新潟は田中達也が腰痛で離脱、岡本英也がFWに上がって、右サイドハーフには加藤大が抜擢された。CBは前節同様、大井健太郎&大野和成のコンビ。舞行龍はまだベンチ入りしない。リザーブに本間勲、ソン・ジュフンが戻ってきた。やっぱり本間勲の15番が見えると安心感があるね。

 試合。これはね、きびしいきびしいゲームだった。前半、ちょっとどうしたもんかと思ったな。基本の構図は「ポゼッションを握る新潟、引いて守る甲府」なんだよ。前節・ガンバ戦と同じ課題、引いた相手をどう崩すかが問われた。問われたんだけど、問われただけで答えはなかったな。前にボールがおさまんない。徹底的にスペースを消されて、崩しにいく手前の段階で奪われる。あせっているのかタイミングがずれ、意図が合わない。崩しが一本調子で、余裕で対応されてしまう。

 甲府は新戦力・クリスティアーノが厄介だった。J2・栃木SCにいた選手で、自分でゴールを決められるし、人も使える。それからDF登録の盛田剛平が(前節・FC東京戦同様)9年ぶりにFWを務めていた。しかも1トップ! 盛田は本当に思い出深い選手なのだ。で、前半32分、その二人にやられた。クリスティアーノのクロスに盛田の打点の高いヘッド一閃。昨オフ、いったん甲府に戦力外通告を受け、チーム事情から再契約に至った大ベテランが意地を見せる。これは素直に拍手を送りたい。
 
 が、1点ビハインドになってしまった。柳下正明監督のハーフタイムコメントは3点、「イージーなミスを減らそう。まだ0-1だ」「スペースがないように見えるが突くポイントはある。スペースを作る動きを続けていくこと」「前半45分は忘れて、勝ち点を取って帰るぞ!」。前半は忘れて切り替えるしかない出来だったことが見てとれる。それからスペースは実際ぜんぜんなかったように感じたけど、あれは「作る動き」が足りなかったってことか。まぁ、ドリブルで突っかけてDFを引きつけたり、抜いたり、あと第三の動きみたいなやつだな、連動性。 

 ちなみにこの日の出来についてヤンツーさんは芝の状態もあるようなことを試合後、コメントされていた。この一週間、新潟で練習してたときは雨でボールが走ったそうだ。晴れた中銀スタでその感覚でプレーすると、どうしてもボールが遅く感じる。タイミングが合わない。それもあってミスが多くなり、ミスが多くなってあせりも生じ更なるミスにつながる、という悪循環だったようだ。

 それじゃロッカーで活を入れられ、後半、課題を克服できたかっていうとそうカンタンではない。これはね、一朝一夕には解決しないよ。僕は柳生石舟斎かなんか剣の達人になったつもりでチームを見つめるのをお薦めする。コツは「さぁ、どうする?」と心のなかでつぶやきながら局面を見るんだね。さぁケンゴよ、どうする? 1点ビハインドでボールがおさまらない。さぁ、亜土夢どうする? 成岡どうする? あ、この方式で武蔵どうする? を言うとホントに石舟斎っぽいですね。

 課題「引いた相手をどう崩す?」にはこれから何度も答案を提出することになるだろう。この日は克服そのものはできなかった。まぁ、こればっかりは克服へ向けて、時間をかけてチームとして努力するだけだ。それよりも試合局面のなかで、プロチームは第3節甲府戦なりの答案を用意しなければならない。「引かれてスペースないから負けました」じゃ話にならないのだ。第3節甲府戦の答案はセットプレーだった。崩せなくてもセットプレーなら勝負できる。

 後半28分、田中亜土夢のCKに川又堅碁が頭で合わせた。スローで見るとうまくマークを外している。ケンゴ今季初ゴール! エースが結果を出した。これはプラス材料でしょう。たぶん本人もチーム関係者も、そしてサポもホッとしたね。これで気持ちがラクになって、次節から春のケンゴ祭り開催か? 

 まぁ、後半は危ないシーンが何度もあって、GK・守田達弥のファインセーブでからくも切り抜けるんだ。平たく言って負け試合だったと思う。守田はずっと不安定に思えて、開幕からけっこうヒヤヒヤもんで見ていたんだけど、この日の後半は神がかりだった。これで落ち着いて、本来の力を発揮するといいな。

 1対1のドロー。正直、勝ち点1はラッキーじゃないかな。甲府・石原克哉や青山直晃がスーパー決定機を決めていたら、今季初の連敗を喫するところだった。僕はちょっとカン違いをしていたかも知れないよ。昨シーズンの勢いそのまま開幕ダッシュするもんだと勝手に思い込んでいた。そのまま行く感じにはならないもんだね。


附記1、ナビスコ徳島戦は快勝でしたね。鈴木武蔵2ゴール、亜土夢今季初ゴールって立派に「わっしょい」じゃないですか。羽田から空路行った人によるとポカリスエットスタジアムのアクセスがめっちゃいいみたいですね。羽田空港16時20分発の便で18時過ぎにはスタンドに座ってたらしい。もしかしてカシマより近いのか?→違います。

2、しかし、年に何回も甲府へ行かないのに記録的猛暑とか記録的大雪とか、他県の者にしては妙に知ってますね。

3、新刊のお知らせ。『みんなの山田うどん/かかしの気持ちは目でわかる!』(北尾トロ、えのきどいちろう著、河出書房新社)が出ました。関東のローカルうどんチェーン、山田うどんを通じて「郊外」を考えるシリーズの第2弾です。何と角田光代さんが山田うどん小説を書き下ろしてくれた。あとももクロのマネージャー・川上アキラさんのロングインタビュー「ももクロに必要なことは全て山田うどんで学んだ」が素晴しいです。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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