【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第216回

2014/6/19
 「ネクスト・ゴール!」

 正直に打ち明けると本稿執筆現在は5月19日だ。まだJ1第14節・名古屋戦分の散歩道を書いてない。予定では本稿が掲載されるまでに「リーグ名古屋」「ナビスコ柏戦・浦和戦」「ナビスコ大宮戦」と3話あることになっている。たぶん締切に遅れずちゃんと掲載されてることでしょう。じゃ、一体何で6月第2週のコラムを大幅に先行して書いてるかというと、4日前、急にブラジルへ行くことが確定したからだ。もう大変だ。レギュラー出演してるラジオは現地からの電話出演にさせてもらったり、先行して書きため置いていく原稿、時間を見つけて現地で書く原稿を交通整理しとかなきゃいけない。

 で、散歩道は何しろサッカー連載なので、ブラジルW杯のことを書いて大丈夫だ。むしろ生の経験を原稿に反映させたほうが読者サービスになるだろう。だから、基本的にはブラジルや、東京のTV現場の空気を直接お届けする方針でいる。が、この6月第2週だけはどう考えても原稿落ちそうなのだ。

 僕が成田を出発するのが6月8日、第2週始めにレシフェ入りだ。最初は時差ボケもきびしいだろうし、勝手もわからないだろう。あるいは無闇やたらと興奮して、机に向かわない可能性もある。こういうときは先行して書いとくにかぎるのだ。幸いブラジル行きがまだ影も形もなかった頃に、あ、中断期間はこれ使えるなと思っていたネタがある。『ネクスト・ゴール!』という映画の話だ。手帳で確認すると六本木の試写会に行ったのが4月18日。構想1ヶ月、満を持してのコラム執筆というわけだ。

 『ネクスト・ゴール!』はブラジルW杯予選を追ったドキュメンタリー映画だ。公式HPによると東京、大阪の上映は終わったばかり、6月7日から群馬で、14日からは福岡で2週間の公開が決まっているが、新潟でどうなるかはちょっとわからない。まぁ、関心を持たれたらオンデマンド配信を利用されるのが確実だ。便利になりましたね。どこにいてもPCがあれば新作映画が見られる。

 さて、この映画の主人公は誰かというと「アメリカ領サモア代表チーム」なんですよ。サモアは2つあって、ひとつは英連邦加盟国の「サモア独立国」、そしてもう1つが『ネクスト・ゴール!』の舞台、「アメリカ領サモア」なんですね。「アメリカ領サモア」は僕の世代のスポーツ好きには「日ハムのソレイタ」(通称「サモアの怪人」!)の故郷として記憶されている。ちなみに1981年のパリーグ二冠王(ホームラン、打点)に輝いたトニー・ソレイタは引退・帰国の後、1990年、43歳の若さで亡くなっている。土地取引のトラブルに巻き込まれ、何と路上で射殺されたそうだ。慎んでご冥福を祈ります。

 だから、(競技は違っても)日ハムファンの僕にとっては「アメリカ領サモア代表チーム」はソレイタの後輩たちの奮闘記なのだ。そりゃ身を入れて応援したくなります。そして映像を見ながら、ソレイタはこんな美しい島で暮らしてたのかとしみじみ思った。こんなのんびりした環境から野球で身を立て、アメリカ本土に渡ってMLBに挑戦し、それから日本に来てサクセスをつかんだ。僕はそんな男をスタンドから見つめてたんだなぁ。

 で、「アメリカ領サモア代表チーム」だけど、これが「世界最弱」チームなのだった。ブラジルW杯予選が始まる時点でFIFAランキング最下位を10年以上キープしている。2001年、日韓大会予選でオーストラリアに敗れたスコア、0対31は「国際Aマッチ史上最大点差」のレコードになっている。公式戦30戦全敗、200ゴールを超える失点。もちろん全員がアマチュアの寄せ集めチームだ。そこにアメリカサッカー協会から派遣され、オランダ人監督がやって来る。

 だから物語構造は「がんばれベアーズ」型というのか、ダメチームが一歩ずつ成長し、負け犬根性を脱するパターンだ。まぁ、これがフィクションだったらちょっとやり過ぎじゃないかと思うとこだな。もちろんノンフィクションなんですよ。選手のキャラクターが濃い。キーパーは0対31のトラウマを抱えて、いったんサッカーから逃げ出し、カナダへ出稼ぎに行くんですよ。「世界最弱」チームは他人事なら笑い話ですむけど、当事者にとっては心の傷でしかない。誰にでも誇りが必要ですね。生きることにプライドを持ちたい。で、それはスポーツの本質でもある。何点取られたって次のゴールは自分たちのものだ。やられっぱなしで黙ってられるか、次はこっちがお返しする番だ。

 ひとりつるつるの足をした選手がいるなぁと思ったら「第三の性」を持つDFだった。これはね、いわゆる「オカマ」とも違うし、欧米流の「性同一性障害」ってくくりとも違うようなんだ。サモア社会のなかで当たり前のこととして位置づけられ、認められているとのこと。そのDFは最初、女性的な優しさで皆を励ます補欠選手であったが、予選が進むにつれ、スタメンを任されるハードタックラーに変貌していく。その試合の様子はめっちゃ盛り上がるよ。

 僕はこの「第三の性」の在り様に興味を持った。以前、これはタヒチの話だったが、あるカメラマンさんが「島の理髪店で働く人に、オカマっぽい人がすごく多い」と主張したのだった。それがね、何とタヒチ社会の文化的習慣で、3人兄弟の長男は2人めの弟が生まれたときに、女として(!)弟の面倒をみるように育てられるからだというのだ。もう、びっくり仰天だ。文化人類学だ。そのタヒチの例が念頭にあって、つまりアイランダー文化はトランスジェンダーに寛容というか、むしろ社会のなかに積極的に位置づけていく発想なのかなぁと思ったのだ。ネットで調べたかぎり、アイランダーの民俗・習慣を研究している学者がそのような例をいくつも報告している。しかし、まさかサッカー映画に(ナショナルチームのDFとして)登場するとは想像しなかった。

 あとオランダ人監督がすごく泣けるんだ。彼は奥さんと2人、南の島へやって来るんだけど、実はサッカーやってた娘さんを交通事故で亡くしてるんだね。この夫婦も心の傷を抱えて、それを乗り越えようと努力している。悲しい出来事に出くわし、気力を失いかけて、それでも残りの人生でもう一度、チャレンジしようと決意する。「アメリカ領サモア代表チーム」の監督を引き受けたのは、亡くなった娘さんのためでもあるんだ。ブラジルW杯予選、監督は娘さんの遺品のキャップをかぶってピッチサイドに立つ。

 もう、絶対面白そうでしょ。俺はね、試写室で泣いた。僕らはブラジル本大会を目を向けてるわけだけど、『ネクスト・ゴール!』のオセアニア地区予選だって輝かしいW杯だと思いますよ。「Gyao+」とか「U-NEXT」とか、色んなとこでオンデマンド配信されてるから是非見てください。


附記1、附記のほうは6月11日6時(日本時間の18時)に書いています。ブラジルはW杯前日の朝を迎えたところです。こちらに来て既に会場を2つ下見してきましたよ。ひとつめは飛行機のリオ乗り継ぎの数時間を利用して見に行ったマラカナン、もうひとつは昨日、スカパーのチャーターしたマイクロバスで向かったアレーナ・ベルナンブーコ。マラカナンは最寄り駅が未完成、アレーナ・ベルナンブーコはレシフェ市街のインフラ(橋を通して、交通の利便性を上げる構想でした)が間に合わないの確定です(笑)。

2、それからレシフェのご当地クラブ、サンタクルスFCの本拠地、アルーダを見に行きました。これはチャーターしたマイクロの運転手さんが熱狂的なサポーター(「お袋のおなかにいた頃からクラブの一員だった」とのこと。ジュニア時代はGKとして所属、現在はクラブ会員)で、案内役を買って出てくれたからですね。サンタクルスは昔と違って今はセリエCにディビジョンを下げてるんだけど、熱心なファンが多い。何と収容能力8万人のスタジアムでした。

3、ちなみにアルーダは当地出身のリバウド(バルサ時代、バロンドールに輝いた大スターですね)も10代の頃、プレーした場所です。サンタクルスのOBというと、レヴィー・クルピさんが選手としてもコーチとしても所属されていますね。あ、そういえばセレッソ大阪はランコ・ポポヴィッチさん解任だそうですね。ヤフートピックスで見てびっくりしました。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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