【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第304回

2016/8/18
 「見に行けない試合」

 J1第7節(第2ステージ)、新潟×神戸。
 スカパー観戦。前節、ちょっと無理をしたので今週は腰を休めた。リオ五輪も始まってしばらくテレビ桟敷の日々が始まる。4日(日本時間5日10時~)の男子サッカー、ナイジェリア戦では交代出場の鈴木武蔵がゴールを決め、大騒ぎしてしまった。テンションが上がって神戸戦めっちゃ行きたい。

 こういうときの人間心理は面白いものだ。「自分が見に行けない試合はいい試合に違いない」と信仰のように思っている。勝ち試合を見逃すとか、選手の一世一代のファインゴールを見逃すとか、何かそういうめぐり合わせになってる気がしてならない。いや、よーく考えたら僕は新潟の勝利を願う立場なのだから、もしそんなジンクスを本当に信じるなら一生ビッグスワンに近づかないほうが賢明なのだが、その矛盾に関しては突き詰めない。この日も「自分が見に行けない試合はいい試合に違いない」とハナから疑わなかった。

 世間的な関心は「元柏レイソル監督対決」だろうか。神戸は第2ステージ7位(年間順位10位)につけて、この試合は「鬼門ビッグスワン」の初勝利を狙っている。ただニウトン(ケガ)、ペドロ・ジュニオール(出停)と攻撃的なタレントが欠けた。新潟は4バックのうち実に3枚を変更した。最大の注目はリーグ戦初先発の西村竜馬だ。舞行龍は体調不良で今週は別メニューだったらしい。スタメンは増田繁人かなと思ったら竜馬だった。吉田達磨監督攻めるねぇ。がんばれ竜馬! アルビの夜明けは近いぜよ。

 試合。新潟のサッカーが一変していた。「奪ったらタテに送る」意識づけだ。要するにショートカウンターのチームだ。達磨さんはシンプルなプレーを選手らに求めたそうだ。大変興味深い。これはどのレベルの変化だととらえたらいいだろう。対神戸戦術なのだろうか、結果を求めて戦術面の見直しをはかったのか、それともたまたまそう見えるだけで従来推し進めてきた「達磨アルビ」の一形態なのか。僕には三つ全部がそれぞれに当てはまる気がした。悪くない感じだ。「自分が見に行けない試合」の法則がやっぱり作動している。

 前半42分、成岡翔の頑張りで田中達也がボールを拾う。と即、ラファエル・シルバにパスを送る。「奪ったらタテに送る」だ。先制ゴールのシーンを翌日付の新潟日報スポーツ面はこう伝える。
 「(前略)序盤は1トップのFWラファエル・シルバが相手の激しいチャージに遭い起点をつくれなかったが、前半途中から2列目の成岡とポジションを入れ替わると、リズムが生まれた。
 『自陣でしっかりディフェンスしてたので、ボールがつながった』とラファエルがスピードを生かせるようになり、カウンターから何度も好機を演出。先制点もドリブルで1人をかわした後、『2人目が来たが、股を狙った』と冷静にゴール左隅に流し込んだ」(『前線2人攻守に貢献』より、前略はえのきど)

 この成岡、ラファのポジションチェンジが面白い。元サカマガ編集長、平澤大輔さんが『ラランジャアズール』誌の連載で「ラファエル・シルバのベストポジションは一体どこなのだろう問題」(略称RSBP)として取り上げている件だ。。僕ともよくその話になって、「やっぱり最前線にいたほうが怖さが出るんじゃですか」「サイドラインがあると限定されちゃいますね」なんて話していた。僕はゴールの最短距離にラファはいるべきだという考え。で、同誌第4号巻頭インタビューの「ラファ=ドリブラー」論(少年時代のヒーローはロビーニョだった!)を読んで、サイド起用もアリなのかなぁなんて思い直したりしていた。

 最前線に位置するメリットはゴールが近いだけじゃなく、前後左右あらゆる方向にラファが動けることだ。横にサイドラインがあるとそっちが死ぬ。デメリットは前後左右あらゆる方向からプレッシャーを受けることだ。横にサイドラインがあるとそっちからは来ない。この試合、ラファは「4-1-4-1」の1トップに位置して「相手の激しいチャージに遭」(新潟日報)っていた。で、達磨さんは成岡と入れ替えるのだ。成岡トップということは事実上の「0トップ」だ。但し、ラファは右で張らず、中に忍び込むような忍び込まないようなビミョーな位置で遊んでた。

 平澤さん言うところのRSBP問題に結論が出たわけではない。が、ひとつの解答としてポジションチェンジの「可変潟」は押さえておきたい。こういうのはフォーマットの数を持ってる強みだと思う。達磨さんはこれまで実戦のなかで、ラファに限らず、選手起用やポジションのバリエーションを試してきた。これはしくじったら固定的なレギュラー不在の「積み木崩し」チームだ。積んでは崩し積んでは崩しを繰り返し、いっこうに成熟しない。が、達磨さんは即効性のある「固定メンバー&固定ポジション」の道を選ばなかった。

 「誰が出ても同じサッカーができるチーム」はスローガンとしてはありふれてるけど、実際にやるとなるとかなり困難だ。選手の質もある。戦術理解度もある。まぁ、現実問題としては「誰が出ても同じサッカー」なわけじゃない。選手は機械ではないから、その個性や技量によって味つけが変わる。

 僕は西村竜馬の大奮闘を見て、地力がついてきたのかなぁと思った。竜馬心配したのは最初のうちだけだよ。素晴らしかった。サッカーのCBって育てるの大変だよ。それがこのチームは主戦級が4枚もいる。大野カズが引っ張ってたなぁ。カズも開幕から早川史哉と組んで(おお、フミヤも入れたら5枚か!)、その後、今日まで相棒を変えながら経験値を増やしている。

 「自分が見に行けない試合」の法則はやっぱり的中したんだ。僕はウノゼロの快勝劇を見損なったし、竜馬のさわやかなデビュー&フル出場を見損なった。そして、成岡翔、田中達也の活躍にも拍手を送り損なった。ていうか、3枚目の交代が完了して、成岡さんフル出場確定の瞬間、「おお!」とか言い損なった。いや、言ったは言ったけどスワンの一員になり損なった。台東区のマンションのリビングで「おお!」だった。

 何が言いたいか。いやっほぅと言いたい。ナイジェリア戦と神戸戦、2日続けてリビングで吠えたのだ。行けばよかったと思うけど、身体は二つない。腰が悪くなくても、マナスルか新潟かどっちかはあきらめなきゃならなかった。文句ないですよ。


附記1、次節・甲府戦はラファ欠場ですね。チームがあの堅守にどう挑むのか楽しみです。サポーターは敵地スタンドでのガチャ提灯(オレンジ&ブルー)の点灯を企画してるようです。応援の盆提灯ってことになりますか?

2、夏の甲府盆地といえば暑さですね。今週9日は台風の影響もあって39℃級の猛暑になりました。土曜日はどうかなぁ。

3、手倉森ジャパンのリオ五輪が終わりました。鈴木武蔵はナイジェリア戦のゴールの後、スウェーデン戦に出場し、大会初勝利に貢献しました。新潟日報は武蔵の「五輪ノ書」っていうインタビュー企画やってくれないかなぁ。ともあれ、鈴木武蔵、野津田岳人の両選手おつかれ様でした。この経験を糧に大いに飛躍してください。

 
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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