【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第317回

2016/11/17
  「リアリズム」

 J1最終節(第2ステージ)、新潟×広島。
 僕がいちばん興奮したのは3枚目の交代カードで大野和成が投入されたときだ。「ゼロウノ上等!」は初めて見た。普通は「ウノゼロ上等!」(スコアは1対0でオッケー、守り切ってみせる)だ。 片渕浩一郎監督の指示は「守備のバランスはこのまま。あわよくば1点を狙え」。その指示を大野が皆に伝える。カズはこの日のために長いリハビリに耐えてきた。いつか必ずヒーローとして戻り「いいところを持っていく」と約束してくれた。スコアは0対1、時間は後半41分だ。確かにいちばんいいところで守備の要が加わった。

 新潟はピッチ上で広島と戦いながら、同時に瑞穂スタジアムの名古屋と戦っていたのだ。ていうか、正確にはユアスタの磐田、小瀬の甲府とも戦っていた。13時半同時キックオフの時点で4チームに降格の可能性があった。そして大野カズが投入された試合終盤の時点では、磐田1対0リード、甲府0対1ビハインド、名古屋1対3ビハインドである。このまま名古屋が負ければ得失点差で新潟残留だ。新潟は名古屋だけ見ればいい。片渕さんの採用した手はリアリズムだ。あくまでJ1残留のミッションを完遂する。

 最後は両軍が鉾をおさめてタイムアップ。0対1。広島・森保一監督の胸中は想像するしかないが、サンフレッチェもアクシデントの多かった2016年シーズンを完勝で締めくくる。ビッグスワンが先に終わった。瑞穂の結果待ちだ。しばらくして歓声が波のようにスタンドを駆ける。皆、安堵のため息だ。ピッチでは片渕さんと選手らがハグし、労をねぎらっている。やり遂げた。勝ち点30でのJ1残留は18チーム制になってからの最少記録だ。僕は4年前の「奇跡の残留」劇とは見える景色が違うなぁと思った。

 4年前は12月だった。時間も遅い。終了時には真っ暗になっていて、かなり冷え込んだ。が、誰も寒さを感じなかった。嬉しすぎて皆、おかしくなっていた。肩を震わせて泣き、隣りの人と抱き合い、奇声を発し、ぴょんぴょん跳ね、あるいは放心状態で、胸にたまった感情をすべて吐き出していた。今は11月初旬、文化の日だ。以前ならナビスコ決勝をやっていたジョン・カビラな日だ。真っ昼間で明るい。ぜんぜん寒くない。「えー、これで終わりですか」感がハンパない。皆、J1残留が決まって心の底から安堵しているのだが、同時に物足りなかった。もっと何かできたことがあったんじゃないか。

 試合について考えると、スカパー実況席が指摘した論点がある。解説の玉乃淳さんは「世にも不思議な残留劇」とコメントした。なぜ負けているのにリスクを取って攻めにいかないのか。名古屋は確かに早々と1失点し、前半のうちに0対2になってくれた。だから(情報を確認した上で)無理攻めをしなかったのかもしれないが、後半になって1対2の時間帯があった。もし同点にされてドローで決着したら、「勝ち点名古屋31、新潟30」で新潟が降格していた。新潟残留の可能性を高くするためにも1点奪いに行って、せめてドローに持ち込むべきだろう。できれば当然、勝つべきだろう。よそが負けることを当て込んで、守備的なバランスを崩さないのは理屈に合わない(「僕、おかしなことを言ってますかね。頭悪いですかね。おかしくないですよね?」と玉乃さん、「得失点差を気にする状況にはなってませんからね」と実況の西岡明彦アナ)。

 僕は現地で片渕采配に納得していた。レオ・シルバ、ラファエル・シルバ、舞行龍、野津田岳人を欠く陣容で、J1残留に最適化した戦術を採るとこうなるのではないかと思った。格好は言ってられない。結果だけが求められている。広島とは第1ステージ(第7節)でもこのやり方で戦った。カウンター以外はベタ凪(なぎ)、省エネに徹する広島サッカー(僕は「居合い斬り」とか「円月殺法」に喩えたことがある)に対し、リトリートするサッカーで立ち向かったのだ。「ベタ凪vsベタ凪」。実は広島はあれがやりにくかったと思う。

 今度も「ベタ凪vsベタ凪」だった。ほぼ何も起こらない試合。タマジュンさんのお気に召すわけがない。決勝点となった前半21分のピーター・ウタカ(このゴールで得点王ゲット!)も成岡翔のバックパスをさらった「空気投げ」みたいな瞬間芸だった。まぁ、その一瞬、何枚もエリアに飛び込んで勝負する練度が広島なのだが。それ以外はミス待ちだから何も起こらない。前半、鈴木武蔵が右サイドから勝負したシーンがいちばんサッカーっぽい魅力があった。

 だから、自宅に戻りスカパー録画を再生して、実況席の言いたいことはわかるけど、これは意図した戦術なんだよなと思っていた。基本「5-4-1」でリトリートする。勝ちに行くのではなくて負けない戦術、いや、負けても続行した(ゼロウノ上等!)んだから、大崩れしない戦術か。で、翌日、『やべっちFC』を見て、おおっとうなったのだ。試合前のロッカーにカメラが入っている。選手らを前に片渕さんが檄を飛ばしている。

 「色んな状況がある。全てをしっかり受けとめて受け入れて今日のゲーム楽しもう。そして勝ちを獲るぞ。勝ち点獲るぞ。俺たちのサッカー見せてやろう。行くぞ!」

 ロッカールームの檄なんだから意味はあんまりないのかも知れない(よくアメフトの映画で「ヤツらを頭から食ってやれ!」みたいなことを言う)。が、少なくとも試合前の時点では、片渕さんは「リトリートしてうまくやれ」みたいなことでなく、「勝て」「持ってるものを出せ」とメッセージを送っている。それが開始早々の武蔵の突破につながったとして、その後、時計が進むにつれ迫力がなくなるのは(瑞穂の経過に合わせてというより)単に力不足とも考えられる。あるいは極限状態のなかで、残留ミッションを遂行するだけでいっぱいいっぱいだったか。解釈は分かれるところだが、ともあれ僕は「世にも奇妙」だろうが何だろうが、J1残留を勝ち取ったチームを称えたい。

 もっと何かできたことがあったんじゃないか。では、この一試合だけでなく、シーズン総括まで広げて考えてみたらどうだろう。と、また別の思いに駆られる。苦しいシーズンだった。前節、ラファとレオがレッドカードをもらったときは、正直、胃がでんぐり返った。どうしてここまで追い込まれてしまったのだろう。どうして毎年、残留争いを繰り返すのだろう。今季は吉田達磨監督を迎えて、戦術の抜本的改革がはかられるはずだった。それはクラブの「次の20年史」の礎になるようなものであり得たはずだった。

 それがシーズン終盤の解任劇を経て、「新潟らしさ」にベクトルを回帰させている。それ自体の是非は措くとして、それでは吉田達磨時代とは何だったか? 幸運なことに片渕監督以下、現場の頑張りでJ2降格は免れることができた。クラブ財政は苦しいけれど、降格した場合のダメージを思えばぜんぜんオッケーだ。今ならまだ間に合うと思う。アルビレックス新潟を再建しよう。サッカーの夢を再建しよう。


附記1、最終節、ビッグスワン正門前で4年前と同じ「史上最大の入り待ち作戦」が挙行されました。今シーズンは第2ステージ開幕以来じゃないかと思います。そういえば以前、当連載で「クラブ主導の入り待ち」という言い方をしましたが、完全な事実誤認でした。今回もあくまでサポーター主導であり、クラブ広報はそれに協力した形です。慎んで訂正します。

2、僕はサッカー講座と時間が重なり、入り待ちに参加できませんでした。サッカー講座のほうも元サカマガ編集長・平澤大輔さん、Jスポーツ中継の玉乃淳さん、土屋雅史さんが飛び入り参加して大層盛り上がったんですよ。

3、前節、大ポカを演じた西村竜馬が頑張ってました。まぁ、ヘディング失敗もあったけど、トータルではよくやってた。ひとつボールをかき出したファインプレーもありました。

4、しかし、湘南ベルマーレ様々ですね。何か恩返ししないとなぁ。僕はずいぶん前に湘南ベルマーレ主催のスポーツライター教室のゲスト講師をした(試合後、「よかったらこの後、講師しませんか?」と言われて教室に連れていかれる)くらいだなぁ、貢献したのって。

5、恒例の北書店トークイベント、今年もやることになりました。11月27日(日)14時開始です。たぶん、シーズン振り返りが中心でしょうけど、天皇杯・横浜FM戦で勝利してたらベスト8展望をやれますね。入場料千円(夜の懇親会は飲み物乾きもの代等、別途)です。詳しくは「えのきど 北書店2016」で検索してください。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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