【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第373回

2018/6/7
 「FC岐阜とFC井之口」

 J2第16節、岐阜×新潟。
 初対戦のFC岐阜である。中京地区にあってはビッグクラブ、名古屋グランパスの陰に隠れて目立たない存在だが、僕は長良川競技場へ出かけるのを心待ちにしていた。大木武監督のサッカーが見られるのだ。大木さんはかつて甲府を率いて、Jに新風を巻き起こした戦術家だ。選手の距離をギュッとコンパクトにしぼり、ショートパスをつなぐサッカーは当時の専門誌でも注目の的だった。またコメントが面白いのだ。何でも率直に言う。ライターとしては取材したい監督さんだ。現在のJ2リーグは「異能の名将」の宝庫なのだが、大木さんは間違いなくそのお一人である。

 岐阜は少し前までラモス監督の下、元日本代表級の選手を集め脚光を浴びたが、僕なんかは(ヒネクレ者だから?)ビッグネームのいない現在の岐阜のほうが興味深い。この素材を大木さんはどう料理してくるだろうか。大木さんは2010年南アW杯の岡田ジャパンのコーチでもあって、つまり守備的な戦術だって引き出しに持ってるはずだ。この対戦はたぶんアルビの戦術面にスポットを当ててくれるんじゃないか。

 アルビは矢野貴章、渡邉新太の2トップだ。それからリザーブに河田篤秀が戻った。河田はアラタの活躍を人一倍喜んでいた(千葉戦の後、ツイートが弾けていた!)が、エースの座を明け渡すつもりはないだろう。一方のアラタもFM-PORTで「エース宣言」していた。点取り屋はそう来なくちゃいけない。バチバチやって欲しいのだ。河田の戦列復帰はチームの雰囲気をグッと明るくしてくれた。

 現地は真夏の15時キックオフだったと思ってほしい。ぜんぜん5月の気候じゃない。僕は直射日光を浴びる観客(コンクリの照り返しもあって体感は30℃を軽く超えた)の熱中症を心配した。当然、選手はバテるだろう。試合のペース配分や交代策がカギを握りそうだ。

 場内演出では「川崎重工業プレゼンツ ヘリによる空中始球式」が面白かった。夏の高校野球予選のときやなんかヘリから「ヒラヒラのついたボール」が投じられるじゃないか。あれのサッカー版。岐阜では年一の恒例になってるらしい。笑ったのはボールがピッチを逸れて新潟ベンチの屋根を直撃したことだった。まさにアウェーの洗礼。場内MCもしょうがないから「見事、新潟ベンチを直撃しました。大成功です」とギャグにしていた。思えばあれは悪い予兆だったのかもしれないなぁ。

 ちょっと脱線。僕は子どもの頃から「岐阜」が不思議だった。なぜ「岐」をギと読むのか。字ヅラも響きも何となく異様なのだ。ヘンな言い方だが日本語っぽくない。その後、テレビで孔子の故郷が中国の「曲阜」という土地だと知って、これは漢語ではないのかと疑問を持った。それで調べてみたら本当にそうだったのだ。織田信長が出現するまでお城は「稲葉山城」であり、土地の名前は「井之口」だった。だから歴史にイフが許されるならFC岐阜は「FC井之口」だったかもしれない。「岐阜」は信長のブレーンだった僧が、古代中国「周」の故事にちなんで名付けた外来語の地名なのだ。たぶん「南アルプス市」とか「常滑市セントレア1丁目」みたいな感じじゃなかったか。派手好みの信長らしい。

 試合。アルビはいつもの「4-4-2」、岐阜は両サイドが横に張った「4-3-3」。序盤はアルビが積極的に行った。前半10分、戸嶋祥郎が切り込んでシュート、そのこぼれ球を今度は渡邉新太が落ち着いてゴールイン! アルビ自慢のルーキーコンビがいきなり輝きを放つ。序盤はアルビ優勢だ。プレッシングが目立った。僕はこの暑さで大丈夫かなと思う。岐阜は昔の甲府みたいだ。密集をつくり、ショートレンジのトライアングルパスをつなぐイメージ。

 僕は岐阜の戦い方を見ていて「タテの切り替え」と「ヨコの切り替え」ということを考えた。「タテの切り替え」は攻守の切り替え、いわゆるトランジションだ。形勢としては逆襲、カウンターになる。一方、「ヨコの切り替え」はサイドチェンジだ。密集をつくって相手を引き寄せ、逆サイドの空いたスペースにボールを動かす。これはタテヨコの違いはあれど、どちらもフリースペースを生かす戦法だ。大木さんは意図を持ってそれをやらせている。

 で、前半33分、まんまとそれにやられる。サイドチェンジでCBが2枚とも動かされ、加藤大(と原輝綺)がスペースを埋めようとしたが、岐阜・風間宏矢にスッと入られ、頭で決められる。完全に敵の術中だ。意図通りに動かされ、意図通りに決められた。これは集中力の欠如というようなレベルではないよ。出来事を選手個人の力量に還元する(「間違ったポジションからのアプローチ」)やり方はどうなんだろう。

 というのも岐阜イレブンが大木サッカーを必死に体現していたからだ。名の通った選手は少ない。元日本代表やU代表、セレソンが揃ったアルビとは違う。が、よくやっていた。そりゃ最後の部分の精度を考えると「タレントの質」と言われかねないものがあるが、後半再三訪れたカウンターの決定機を全部決めてたら4-1くらいのワンサイドだった。実際の決勝点(後半28分、古橋亨梧)は偶然が関与したものだったが、どちらの戦術が勝り、どちらが試合を支配したかは明らかだ。

 その戦術の落とし込みに大木組が意欲的な様子はピッチサイドの光景にも見てとれた。あれはアイデアだと思うのだが、大木監督がベンチに下がると、サインボードを持ったコーチが出てきて例えば「10」という数字を選手らに示す。指示の「見える化」だ。F1レースのピットクルーみたいだ。もう見ただけで、このチームはロジカルに鍛えられてるんだなぁと思わせる。

 まぁ、僕は鈴木さんの「勝負どころが来るまでベンチを立たない」感じもベテラン監督っぽくて嫌いじゃない。『ドカベン』の徳川監督とか『キャプテン翼』のロベルト本郷(はどちらも戯画化された「酔いどれ監督」だからそのままじゃないけど)の方向性とでも言おうか。ただ戦術面のオーガナイズは聖籠で念入りにやっといて欲しいものだ。

 まずいなぁと思ったのは岐阜に完敗して「ジャアントキリング感」が存外薄かったことだ。まぁ、岐阜は先日も大宮を負かして自信をつけてもいるんだけど。年間予算やタレントの質を考えたら、岐阜に簡単に負けちゃ困るのだ。去年発表された「2016年度クラブ営業収入」を見るとアルビレックス新潟は29億800万円、FC岐阜は9億3200万円、ざっくりクラブ規模で3倍の開きがある。


附記1、思えば空中始球式のヒラヒラボールがベンチを直撃したときからアルビは負けてたんでしょうか。同点ゴールを決めた岐阜・風間宏矢選手は名古屋・風間八宏監督の息子さんですよね。昔、風間さんのお宅にお邪魔したとき、挨拶したことがあります。確かまだ高校生だったんじゃないかなぁ。

2、名古屋といえば沢山のグランパスサポが会場に来てました。考えたら矢野貴章、安田理大、磯村亮太、そしてこの日欠場の小川佳純、大武峻と「元グランパス」勢がいっぱいいるんですよね。当日はもうJ1はW杯中断期間だったからそりゃ長良川へ足を伸ばしたくもなりますね。試合終盤、アルビのCKのときにね、メインスタンドで「オレンジ色じゃない大勢の人」が手拍子してたんですよ。あれ、こんなにいた? とびっくりした。

3、歴史のイフ「FC井之口」をアルビに無理矢理当てはめると、ひとつ歴史の歯車が違っていたら可能性があったのは「アルビレックス沼垂」じゃないでしょうか。新潟市歴史博物館の展示を見て知ったんですけど、江戸時代、新潟と沼垂は湊の権利を激しく争ったんですよね。しかも新潟は長岡藩、沼垂は新発田藩に属していた(幕末に新潟は天領になる)。これ世が世なら港町のダービー、リヴァプールとエヴァートンでしたね。

4、僕は岐阜に一泊して、翌5月27日は長良川球技メドウで天皇杯1回戦「NK可児(岐阜県代表)vsMIOびわこ滋賀(滋賀県代表)」を見ました。NK可児は0-3で敗れたんですけど、GK升形康太選手が試合中、自チーム応援席の子どもたちに相手選手へのブーイングをやめさせ、リスペクトを促したシーンで盛大な拍手が起こりました。
 


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