【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第81回
2010/12/16
「新しい旅」
J1第34節、新潟×湘南。
終わってみれば何というあっけなさなのだろう。
起伏に富んだ2010シーズンが終了した。それはたぶんひとシーズンでJ2へ降格することになった湘南にとっても同じことだ。早い。もう終わりなのか。もっとできたことがある気がする。もっとしびれることが起こり得た気がする。
僕は開幕時、日程表をにらんで、この最終節・湘南戦を最重要カードと位置づけていた。その頃はまさか鈴木淳さんが大宮の監督に就任し、最終2節続けて「元監督さんシリーズ」が組まれるなんて想像もしない。反町康治監督をビッグスワンへ迎えるのだ。野澤を寺川を松尾を迎えるのだ。レジェンドと再会し、それを乗り越える「通過儀礼」のような試合になると思った。
もしかしたらそこで湘南をJ2へ突き落とすドラマが待っているのかもしれないし、もちろん逆もあり得る。そういう切羽つまった状況でないにしても、「反さんのチーム」と鋭角に向き合う体験だ。野澤のゴールを破らねばならない。寺川に下を向かせなきゃならない。「新潟のおとぎばなしの第2章」を自分たちがどう生きてきたか。それがどんなに切実なものだったかを見せて、恩返しをしなきゃいけない。たとえその結果、「反さんのチーム」をJ2へ落とすことになろうとも。
実際はそんな切羽つまったことにはならなかった。湘南は既に降格を決め、具体的な目標は最下位脱出だった。つまり、サッカーに対する純度だけでビッグスワンへやって来ていた。好漢・野澤洋輔は「この試合のためにJ1へ上がって来た」と言い切る。湘南を離れることが決まった寺川能人は闘志を燃やしている。湘南サポにとっては闘将・田村雄三を見る最後の機会でもある。実戦としての主題はむしろそこにある。これは「10年アルビレックス」と「10年ベルマーレ」が戦う最後の機会だ。どういう形にせよ、この日を最後にチームは再編され、新しい旅へ向かうことになる。
試合。新潟いきなり凄かった。南米の強豪がよくやるような感じでキックオフと同時に圧力をかける。湘南があわてている間にあっさり2点強奪した。そこからギアを落として、リスク管理のペースに入る。今年、黒崎久志監督が志向した「自分が主語のサッカー」だ。このサッカーで上位陣をやっつけた。うまく行くときも行かないときもあったけれど、常に主導権を握ろうとした。時間をかけて、それができるチームを作っていった。
僕はそれを鹿島でキャリアを積んだ黒崎監督の考える「王道」のサッカーだと思う。決して選手を買ってくる「覇道」のサッカーではない。反町さんにお見せしたいのはこの姿だった。選手が感じ合い、自在にペースを変える。仕掛けて勝つ。まだその道は歩みだしたばかりだ。先ははるかに遠い。が、道は反町さんからずっと続いているものだ。新潟はここまで来た。ひたむきにここまで来た。それを見てください。
後半16分、湘南の反撃。チームの未来を担う遠藤航(何と17歳のCB!)がヘッドで1点返す。湘南のクラブ史に刻まれるゴール。彼らの新しい旅に幸いあれ。湘南はこれで元気づくが、新潟はもう一段ギアを変える用意がある。それくらいのことはやって来たのだ。後半31分、マルシオのゴールでもう一度突き放す。そして問題なくタイムアップ。新潟はシーズン最終戦を勝利で締めくくる。
新潟にはマルシオ、永田に移籍濃厚との報道がある。そこにとらわれてしまうと、マルシオの2得点、永田の失点関与みたいなことばかりに目がいって、「来年、大丈夫なのか」とか「心ここにあらずだったんじゃないか」なんて本質を見失うことになる。本質はチームだ。目に焼きつけるべきはチームだ。誰が抜けようと誰が入って来ようと、僕らの旅は続く。サヨナラするとしたら、このバランスのこのチームだ。「10年アルビレックス」だ。
終わってみれば何というあっけなさなのだろう。
僕は来週、セレッソ大阪あたりと「35節」やらないのが信じられない。
高速バスだか何だかで、偶然、お、何だ乗ってたのかとサポーターと顔を合わせないのが信じられない。きっと言うはずだ。
「湘南に勝って、やっと勝てないトンネルを脱出したけど大事なのはこのセレッソ戦だ。湘南戦の勝利をつなげなきゃ意味がない。ぜってー勝とう」
たぶんそう言えばこれを読んでる全員が「セレッソぶっつぶす」と血を沸騰させる筈だ。今シーズンの当コラムも終わりに近づいた。僕は本当に感謝したい。チームに呼吸を合わせて生きている全ての人。サポーター、ボランティア、チームスタッフ、フロント&スワン関係者の裏方さん。そしてもちろん最高の「10年アルビレックス」に。
春になったら叉、逢おう。そして、新しい旅に出よう。
新しい旅は困難がともなうものかもしれない。だけど、困難がともなわない旅って何だ? 僕らは一本道を歩いて来たんだよ。起伏に富んでいても振り返れば一本道だ。ずっと歩いていこう。それじゃ、しばらくのお別れだ。
附記1、マルシオ・リシャルデス選手のクラブ初のベストイレブン選出、そして浦和移籍の公式リリースが数日の間に続けて出ました。おめでとう&ありがとう。来年、スワンで会えるのを楽しみにしている。
2、この日、試合前のセレモニーで広州アジア大会のメダリストに花束贈呈が行われました。クラブから3人の金、1人の銅メダリストを出したことは快挙ですね。
3、先週、父に逢って確認したんですけど、戦時中、渋谷商業の学生だった父は学徒動員で「蒲田の新潟鐵工所」へ通い、「焼玉エンジン」作ってたらしいです。2代続けて新潟のお世話になってたんだなぁ。
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
J1第34節、新潟×湘南。
終わってみれば何というあっけなさなのだろう。
起伏に富んだ2010シーズンが終了した。それはたぶんひとシーズンでJ2へ降格することになった湘南にとっても同じことだ。早い。もう終わりなのか。もっとできたことがある気がする。もっとしびれることが起こり得た気がする。
僕は開幕時、日程表をにらんで、この最終節・湘南戦を最重要カードと位置づけていた。その頃はまさか鈴木淳さんが大宮の監督に就任し、最終2節続けて「元監督さんシリーズ」が組まれるなんて想像もしない。反町康治監督をビッグスワンへ迎えるのだ。野澤を寺川を松尾を迎えるのだ。レジェンドと再会し、それを乗り越える「通過儀礼」のような試合になると思った。
もしかしたらそこで湘南をJ2へ突き落とすドラマが待っているのかもしれないし、もちろん逆もあり得る。そういう切羽つまった状況でないにしても、「反さんのチーム」と鋭角に向き合う体験だ。野澤のゴールを破らねばならない。寺川に下を向かせなきゃならない。「新潟のおとぎばなしの第2章」を自分たちがどう生きてきたか。それがどんなに切実なものだったかを見せて、恩返しをしなきゃいけない。たとえその結果、「反さんのチーム」をJ2へ落とすことになろうとも。
実際はそんな切羽つまったことにはならなかった。湘南は既に降格を決め、具体的な目標は最下位脱出だった。つまり、サッカーに対する純度だけでビッグスワンへやって来ていた。好漢・野澤洋輔は「この試合のためにJ1へ上がって来た」と言い切る。湘南を離れることが決まった寺川能人は闘志を燃やしている。湘南サポにとっては闘将・田村雄三を見る最後の機会でもある。実戦としての主題はむしろそこにある。これは「10年アルビレックス」と「10年ベルマーレ」が戦う最後の機会だ。どういう形にせよ、この日を最後にチームは再編され、新しい旅へ向かうことになる。
試合。新潟いきなり凄かった。南米の強豪がよくやるような感じでキックオフと同時に圧力をかける。湘南があわてている間にあっさり2点強奪した。そこからギアを落として、リスク管理のペースに入る。今年、黒崎久志監督が志向した「自分が主語のサッカー」だ。このサッカーで上位陣をやっつけた。うまく行くときも行かないときもあったけれど、常に主導権を握ろうとした。時間をかけて、それができるチームを作っていった。
僕はそれを鹿島でキャリアを積んだ黒崎監督の考える「王道」のサッカーだと思う。決して選手を買ってくる「覇道」のサッカーではない。反町さんにお見せしたいのはこの姿だった。選手が感じ合い、自在にペースを変える。仕掛けて勝つ。まだその道は歩みだしたばかりだ。先ははるかに遠い。が、道は反町さんからずっと続いているものだ。新潟はここまで来た。ひたむきにここまで来た。それを見てください。
後半16分、湘南の反撃。チームの未来を担う遠藤航(何と17歳のCB!)がヘッドで1点返す。湘南のクラブ史に刻まれるゴール。彼らの新しい旅に幸いあれ。湘南はこれで元気づくが、新潟はもう一段ギアを変える用意がある。それくらいのことはやって来たのだ。後半31分、マルシオのゴールでもう一度突き放す。そして問題なくタイムアップ。新潟はシーズン最終戦を勝利で締めくくる。
新潟にはマルシオ、永田に移籍濃厚との報道がある。そこにとらわれてしまうと、マルシオの2得点、永田の失点関与みたいなことばかりに目がいって、「来年、大丈夫なのか」とか「心ここにあらずだったんじゃないか」なんて本質を見失うことになる。本質はチームだ。目に焼きつけるべきはチームだ。誰が抜けようと誰が入って来ようと、僕らの旅は続く。サヨナラするとしたら、このバランスのこのチームだ。「10年アルビレックス」だ。
終わってみれば何というあっけなさなのだろう。
僕は来週、セレッソ大阪あたりと「35節」やらないのが信じられない。
高速バスだか何だかで、偶然、お、何だ乗ってたのかとサポーターと顔を合わせないのが信じられない。きっと言うはずだ。
「湘南に勝って、やっと勝てないトンネルを脱出したけど大事なのはこのセレッソ戦だ。湘南戦の勝利をつなげなきゃ意味がない。ぜってー勝とう」
たぶんそう言えばこれを読んでる全員が「セレッソぶっつぶす」と血を沸騰させる筈だ。今シーズンの当コラムも終わりに近づいた。僕は本当に感謝したい。チームに呼吸を合わせて生きている全ての人。サポーター、ボランティア、チームスタッフ、フロント&スワン関係者の裏方さん。そしてもちろん最高の「10年アルビレックス」に。
春になったら叉、逢おう。そして、新しい旅に出よう。
新しい旅は困難がともなうものかもしれない。だけど、困難がともなわない旅って何だ? 僕らは一本道を歩いて来たんだよ。起伏に富んでいても振り返れば一本道だ。ずっと歩いていこう。それじゃ、しばらくのお別れだ。
附記1、マルシオ・リシャルデス選手のクラブ初のベストイレブン選出、そして浦和移籍の公式リリースが数日の間に続けて出ました。おめでとう&ありがとう。来年、スワンで会えるのを楽しみにしている。
2、この日、試合前のセレモニーで広州アジア大会のメダリストに花束贈呈が行われました。クラブから3人の金、1人の銅メダリストを出したことは快挙ですね。
3、先週、父に逢って確認したんですけど、戦時中、渋谷商業の学生だった父は学徒動員で「蒲田の新潟鐵工所」へ通い、「焼玉エンジン」作ってたらしいです。2代続けて新潟のお世話になってたんだなぁ。
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。