【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第115回

2011/11/3
「大切な試合」

 J1第30節、新潟×福岡。
 指揮官の言葉を引こう。「この試合が今シーズンのなかで大切な試合だった」(黒崎久志監督、試合後の会見にて)。僕も同感だ。ホームに「勝たなければ降格」の福岡を迎える。追い込まれたぎりぎりの相手だ。新潟は降格圏を脱する為にどうしても勝たなくてはならない。つまり、トドメを刺さなくてはならない。

 こういう試合は順位じゃない。難敵だ。勝負事で「勝つべき試合に勝ち切る」ことがどんなに難しいことか。僕は残りの日程で福岡戦、甲府戦が厄介だと考えた。上位勢には思い切って当たればいい。下位チームを仕留めるには相応の精神の強度が要る。

 とはいえ、新潟はその経験をクラブ史に刻む時期が来ている。サポーターもいつまでも「俺たち、強きをくじき、弱きを助けちゃうからなぁ」と笑っているわけにいかない。福岡を仕留めるのだ。そして福岡の望みを断った責任において前へ進む。もしかすると川中島ダービーでもう一度、それをするのかもしれない。たぶんクラブ史はそうやって成熟していく。

 「必ず望みをつないで博多へ帰ろう」
 福岡応援席の断幕が愛するチームを鼓舞する。覚悟のサポーターたちだ。もう、降格は時間の問題だと知っている。けれどチームを見捨てるつもりはない。勝って一日でも長く踏みとどまりたい。負けて降格するなら直接、自分の身体でそれを受けとめたい。俺らは逃げない。そう告げている。

 試合の入りは福岡がめちゃ固かった。「思い」というものは、ときにそういう風に出る。新潟は快調な出だし。気持ち良くボールを動かして開始早々の2分、ヨンチョルの折り返しを本間勲が遠めから蹴り込む。この先制ゴールは効いた。新潟はこの試合、のびのびポジティブに戦うことができた。

 福岡は研究してきた跡があった。直後の4分、酒井高徳の上がった裏のスペースを狙う。そこで受けた重松健太郎が思い切ってミドルを打つ。これはクロスバーを叩いた。大状況はともかくとして、スカウティングを尽くし勝負しようという姿だ。これは8月から指揮をとった浅野哲也監督の方針なのだと思う。このチームは死んでいない。ガタガタになってたっておかしくないのに、一歩でも前進しようとしている。僕は素晴らしいことだと感じた。サッカーに対して誠実だ。

 ただあらゆる面で見劣りがした。やろうとしていることがあるのにそれを徹底できない。守備ブロックが作れない。プレスが甘い。2番手のDFがあいまいだ。前線が戻って追わない。悪いけど、比較して新潟のサッカーがしっかり構築されたものに見えた。両チームの差は一見、助っ人外国人を中心としたタレントの差だ。それは否定できない事実でもある。が、チームとしても新潟の方がオーガナイズ(組織化)されていて、その上、ハードワークしている。

 これは勝たないとサッカーの神様に申し訳が立たない。引き分けで降格させるようなことがあっちゃいけない。ハードワークするチームが勝つべきだろう。それでも僕の目は必死に局面を何とかしようともがき続ける福岡・鈴木惇に吸い寄せられる。いい選手だ。福岡ユース上がりの生え抜きだ。

 決定機を何度も作る。圧倒したまま前半1-0で終了。といって「決められるとこで決めておかないと」というせっぱつまった感じはない。シーズンの最後に来てようやくチームが仕上がってきた。

 後半は試合を決めた。19分、カウンターからミシェウが相手を引きつけ優しいタッチのパス。これをヨンチョルが更に柔らかいタッチのループシュート。37分、ブルーノ・ロペスがDFをはね飛ばしながら強引に持ち込んで(FW番長再び!)、ヨンチョルへ折り返す。これはキーパー不在のゴールへ蹴り込むだけ。チョ・ヨンチョルは来日観戦中のお父さんの前で2ゴール1アシストの大活躍!

 2万7千の大観衆が沸き立つなか、福岡の選手らは顔色を失う。勝負あった。が、最終盤、総攻撃のようなパワープレーに新潟はあわててしまった。この1失点は反省材料だ。と同時にアビスパサポの心にずっと残る誇りだ。俺ら、やられっぱなしじゃなかった。降格が決まった試合も最後まであきらめなかった。

 タイムアップの笛が鳴り、勝者と敗者のコントラストがくっきり分かれる。勝者は笑顔で仲間とタッチする。敗者は倒れ込み、うなだれ、あるいは呆然と立ち尽くす。僕はこの瞬間を2万7千人に見てほしかった。勝たなくちゃダメだ。これが生き残ることの重みだ。


附記1、中越地震から7年の10月23日の試合が「生き残ることの重み」をかみしめるものになりました。不思議と10月23日は試合と重ならなかった。アルビレックス新潟はこの日にビッグスワン開催する以上、眠たい試合はできないです。もう、7年経つんですねー。

2、今季初スタメンの内田潤選手が素晴らしかった。

3、福岡の降格が決まり、新潟は(浦和と入れ替わりの)16位・甲府と勝ち点差を8まで広げました。順位も川崎、神戸を抜いて11位に浮上。まだ安心するのは早いけれど、これで上位勢との戦いや天皇杯をポジティブに行けます。

4、当日はサッカー講座に沢山の方にお集まりいただき有難うございました。飛び入りゲストの大高洋夫さんの朗読「僕は思うんだ」は感動的でした。僕はとにかくチームの命運を決める一戦に「勝ち運持ってるオータカ」を呼ぼうと、それだけを考えたんですが、単行本を読み返したら大高さん、去年のアウェー横浜FM戦で負けてましたね。「生涯で勝ち試合しか見たことがない」は言いすぎだった。だけど第三舞台の復活&解散公演のケイコが始まってるなか、よく来たよね。新潟人だねぇ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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