【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第121回(前編)
2011/12/15
「最終節の夜」
J1最終節、新潟×名古屋。
最終戦はビッグスワンへ行けなかった。自分がディレクターを務める日光アイスバックスのホーム開催、アジアリーグ公式戦だ。試合運営が終わり、今季から契約となった「NTTフレッツ光」の動画コンテンツのMC収録をする。試合の振り返りやポイントになったプレーを僕が司会で紹介する番組。
そうしたら東武線の浅草行接続最終になった。20時43分発の各駅。途中、新栃木駅で急行に乗り換える。3時間くらいかけて浅草まで帰るんだよ。車中は眠ったり、古本屋で見つけたスティーブン・キングの『デッドゾーン』(新潮文庫)を読んだり。J最終節の結果はケータイ速報で知っていた。柏優勝。新潟は敗れた。J1昇格残り2チームは鳥栖と札幌。帰宅するのは12時近い。明日も又、日光だし、試合録画をフルで見るのはやめとこう。だけど、せめてNHKの『Jリーグタイム』録画は見たいよ。
東武線の浅草行急行がようやく北千住にたどり着いたときだ。車両に柏レイソルのレプリカを着た30代のカップルが乗ってきた。手に缶ビールを持っている。後で聞いたら日立台で祝勝会をやった帰りだったようだ。男性はちょっと長髪、黒いキャップをかぶっている。そしてひと気のない通路に革のブーツを履いた足を投げ出して腰掛ける。女性はぽやーんとしている。男性の方を見たり、車窓を見たり、思い出したようにビールを飲んだり。
「あぁ、最高だ」
男性がひとりごとを言った。目を閉じて動かない。
「人生でいちばん幸せだ」
女性も「ホントだよねぇ」とつぶやく。
もう、さんざん泣いたり叫んだりした後で、しみじみ生涯最良の夜をかみしめているのだ。
僕はうっかりもらい泣きしそうになるのをこらえて、浅草駅までのわずかな時間、彼らの発する幸福の余韻のなかで過ごした。駅に着いたら雨は小止みになったいた。
ビッグスワンで苦しいシーズンを終えた新潟のサポーターたちがこんな夜を過ごすのはいつだろう。ぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれてきて、みっともないけど止まらない。止まらないけどみっともなくていいやと思う夜。俺はこの日が来るのを待ってた。来ると信じていた。やった、俺たち本当にやったんだよと目を閉じたっきり動けなくなるような夜。
家へ帰ってNHKの録画を見る。『Jリーグタイム』だけじゃ納得いかなくて、試合録画も最後のところだけ見た。試合後の選手の表情が見たい。それがカメラが名古屋の選手だけを追っていた。名古屋は終盤戦6連勝で追いすがったが、柏に及ばなかった。カメラはその姿を追い続ける。試合の勝者であり、シーズンの敗者である姿を。黒崎監督がストイコビッチ監督に握手を求めたシーンだけ新潟が映った。ドラマの主役はあくまで名古屋だった。
場内アナウンスが柏の優勝を告げた瞬間、ビッグスワンがわっと沸き立つ。どっちにしたって自分らと関係ないことだが、目の前で優勝されるのは御免こうむりたい。それに心情的には柏側に立っていただろう。名古屋には選手を抜かれているし、第一、去年の天皇杯、今年のナビスコとカップ戦の借りがある。本当なら負かして夢を砕いてやりたかった。試合が不完全燃焼だった分、スタンドにはうっぷんがたまっていた。
−後編に続く−
J1最終節、新潟×名古屋。
最終戦はビッグスワンへ行けなかった。自分がディレクターを務める日光アイスバックスのホーム開催、アジアリーグ公式戦だ。試合運営が終わり、今季から契約となった「NTTフレッツ光」の動画コンテンツのMC収録をする。試合の振り返りやポイントになったプレーを僕が司会で紹介する番組。
そうしたら東武線の浅草行接続最終になった。20時43分発の各駅。途中、新栃木駅で急行に乗り換える。3時間くらいかけて浅草まで帰るんだよ。車中は眠ったり、古本屋で見つけたスティーブン・キングの『デッドゾーン』(新潮文庫)を読んだり。J最終節の結果はケータイ速報で知っていた。柏優勝。新潟は敗れた。J1昇格残り2チームは鳥栖と札幌。帰宅するのは12時近い。明日も又、日光だし、試合録画をフルで見るのはやめとこう。だけど、せめてNHKの『Jリーグタイム』録画は見たいよ。
東武線の浅草行急行がようやく北千住にたどり着いたときだ。車両に柏レイソルのレプリカを着た30代のカップルが乗ってきた。手に缶ビールを持っている。後で聞いたら日立台で祝勝会をやった帰りだったようだ。男性はちょっと長髪、黒いキャップをかぶっている。そしてひと気のない通路に革のブーツを履いた足を投げ出して腰掛ける。女性はぽやーんとしている。男性の方を見たり、車窓を見たり、思い出したようにビールを飲んだり。
「あぁ、最高だ」
男性がひとりごとを言った。目を閉じて動かない。
「人生でいちばん幸せだ」
女性も「ホントだよねぇ」とつぶやく。
もう、さんざん泣いたり叫んだりした後で、しみじみ生涯最良の夜をかみしめているのだ。
僕はうっかりもらい泣きしそうになるのをこらえて、浅草駅までのわずかな時間、彼らの発する幸福の余韻のなかで過ごした。駅に着いたら雨は小止みになったいた。
ビッグスワンで苦しいシーズンを終えた新潟のサポーターたちがこんな夜を過ごすのはいつだろう。ぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれてきて、みっともないけど止まらない。止まらないけどみっともなくていいやと思う夜。俺はこの日が来るのを待ってた。来ると信じていた。やった、俺たち本当にやったんだよと目を閉じたっきり動けなくなるような夜。
家へ帰ってNHKの録画を見る。『Jリーグタイム』だけじゃ納得いかなくて、試合録画も最後のところだけ見た。試合後の選手の表情が見たい。それがカメラが名古屋の選手だけを追っていた。名古屋は終盤戦6連勝で追いすがったが、柏に及ばなかった。カメラはその姿を追い続ける。試合の勝者であり、シーズンの敗者である姿を。黒崎監督がストイコビッチ監督に握手を求めたシーンだけ新潟が映った。ドラマの主役はあくまで名古屋だった。
場内アナウンスが柏の優勝を告げた瞬間、ビッグスワンがわっと沸き立つ。どっちにしたって自分らと関係ないことだが、目の前で優勝されるのは御免こうむりたい。それに心情的には柏側に立っていただろう。名古屋には選手を抜かれているし、第一、去年の天皇杯、今年のナビスコとカップ戦の借りがある。本当なら負かして夢を砕いてやりたかった。試合が不完全燃焼だった分、スタンドにはうっぷんがたまっていた。
−後編に続く−