【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第136回

2012/6/28
 「即断」

 J1第14節、新潟×清水。
 関越道を飛ばしてビッグスワンへ駆けつける。見逃せない。柳下アルビの初陣だ。観衆2万3千人強ということだが、この日、スタジアムへ行った人は冴えている。クラブ史のエポックであり、今季の主題を成す物語のスタートである。何か起きる匂いがぷんぷんする。それからサッカー的に実に興味深いのだ。同じひとつのチームが指揮官によってどう変わるか。何に手がつけられ、何が意識づけられているか。どう生まれ変わろうとしているか。どんな兆しがあるか。

 もちろんチームに合流して4日で別のチームができるわけがない。だが、柳下新監督の考え方は「合流して4日」だからこそハッキリする部分もある。どこに第一優先をおくか。チームのストロングポイントを何だと考えるか。僕らはこれから毎節、変化のプロセスを輪切りにして楽しむ感じになるだろう。そのいちばん最初のところだ。

 天候は不順だった。いったんおさまっていた雨が試合中、降り始め、後半開始とともに本降りになった。雷鳴がとどろき、風が吹きつける。今季、何度も雨にたたられてきた新潟だが、新監督を迎え、逃げも隠れもできない状況下では、かえって「運命の一戦」の劇的な演出効果のようにも感じられる。

 試合。好調・清水が素晴しい入りを見せる。若手主体のチームは勢いがある。ゴトビ監督のピッチを広く使うサッカーがすっかり浸透している。ゴトビさんは腕がある。いったん壊れたチームを2シーズンめですっかり作り変えた。新潟は頑張ってついているが、ちょっとおっかない。ずっと続けばどこかでゴールを割られるだろう。

 と、柳下監督が動いたのだった。衝撃的だった。前半26分、キム・ジンスOUT→菊地IN。ケガではない。戦術的な交代だ。伏線になったのは開始早々の5分にイエローをもらったことだった。ジンスは面白い選手だが、守備の対応が遅れ、イチかバチかのタックルで止めるクセがある。交代寸前にもそれがあって、危うく2枚めのイエローをもらうところだった。

 柳下監督の即断にビッグスワンがどよめく。あれはしびれたよね。前半、ケガ以外で選手交代するシーンは滅多にないことだ。まぁ、その意味でジンスの心理的ケア(後でスカパー録画を見て知ったが、当日、韓国のご両親が来られてた由)は必要だろう。が、補強工事の素早さにスタンドも(おそらく選手らも)ちょっと感動したのじゃないか。この監督すげー。この監督について行こう。

 菊地が入ってサイドの守りは安定し始める。とはいえ攻められっぱなしは攻められっぱなしだ。柳下さんは選手にポジションの指示を繰り返す。面白いことに勝機はここにあった。シュートゼロの新潟がカウンターを仕掛ける。縦パスが左サイドを飛び出した田中亜土夢に渡る。逆サイドから藤田征也が抜け出していた。スカパー解説の梅山修さんによれば「練習で何度も繰り返していた形」。藤田ゴール!
ビッグスワンはゆりかごダンスやらバンザイやら大騒ぎ。僕も30センチくらい飛び上がって、うっかり「柳下新監督の歓喜の様子」を見逃した。

 藤田が決めたのは意味が大きい。ゆりかごダンスも見たかった。「札幌時代の恩師」を迎える一発みたいなサイドストーリーも泣ける。が、何よりもJ1サバイバルへ向けていちばん戦力になってほしい選手なのだ。自信を持ってやり切ってほしい。乗ってほしい。この日、得点にも増して驚いたのは、あんなにヒヤヒヤして見えた守備がビシッとやり切れていたこと。100点満点。これを続けて下さい。

 後半は激しい雨のなか、清水の集中が切れた。が、それを差っ引いても新潟の可能性は示せた45分間じゃなかったか。ビルドアップして敵陣を脅かす。交代選手2枚も攻撃の選手だった。タイムアップ時のスコアを見れば、あい変わらず「1点しかとれない新潟」ではあるだろう。シュート数だって誉められたものじゃない。だけど、手応えを持って勝ち切った。ビッグスワンがひとつになり、それを後押しした。ここから全てが始まる。

 試合後、監督会見が楽しみだった。僕はあんまり質問をしない小心者なんだが、今日は頑張って手を挙げようと決めていた。ゴトビ監督には「相手の監督が変わって、事前のスカウティングが意味を成さない可能性があったんですけど、どんなチームを想定しましたか?」。 そうしたら「カンペキに想定通り」だったそうだ。つまり、ゴトビさんの目には以前とそう変わらないチームに見えている。そしてモチベーションの面を指摘された。「世界のどのチームも監督が変わって1、2試合は頑張る、それはハネムーン期間のようなものだ」。もしその通りだとしても次節・神戸戦は大いに期待できるな。

 柳下監督には欲張って2つ尋ねた。「合流して短期間で、優先順位としてどこから手をつけましたか?」。「攻撃から」だそうです。理由は明快で「得点をとらないと勝ち点3が手に入らない」から。もうひとつ訊いたのは「菊地が入ったタイミングで亜土夢を呼んでたのは何の指示ですか?」 僕は「菊地に任せて前へ出ろ」かなぁと思ったんです。「踏ん張って吉田をマークしてくれ」でした。これは田中亜土夢選手にも確認をとった。

 面白いなぁと思ったんですよ。ゴールにつながる時間帯にマークの徹底を指示していた。そして、僕の目にはこの試合、新潟のいちばんの変化は守備面に表れていた。つまり、こういうことです。守備は攻撃のためにある。攻撃と守備はつながっている。

 まだまだ時間がかかると思います。が、最初の難所は理想的な形で突破できた。友達をスタジアムへ誘いましょう。これから面白いと思いますよ。


附記1、しかし、終盤のアルビレックスコールすごかったですね。雨に打たれてあのテンションですよ。本当に皆、チームを勝たせたかったんだと思います。感動した。で、タイムアップ後の皆の弾けようったらなかった。ホーム勝利って去年の福岡戦以来ですか。もう、帰りなんか全員、顔が輝いちゃってねぇ。

2、あ、忘れるとこでした、試合前、酒井高徳選手のスピーチ嬉しかったですね。何かこう、大人っぽくなってた。オリンピックで見たいよねぇ。

3、この日、僕はついにスタジアム内・イタリア軒の場所をつきとめました。噂に聞いてどこなんだろうと思ってたんですよ。これまでけっこう探したけど見つからなかった。あっちにあったか。冷製スープ旨っ。しばらくは通うことになりそうですよ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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