【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第147回

2012/9/13
「一瞬のスキ」

 J1第24節、新潟×C大阪。
 スタジアムへ入ったとき、何か違和感があった。あれっ。
 いや、実際は微かにそう感じただけでそれが何なのか考えてみなかった。記者控え室に顔を出して、バックヤードは別に普段と変わりない。ボランティア控え室に弁当とお茶がセットされている。放送関係者が本番前の休憩中だ。チアの女性が並んで移動している。あれっ。

 その感じが何だったのか、今ならわかる。何もかも普段通りだったのだ。ピリピリしてない。僕は張りつめた緊張感を予想してスタジアム入りしたのだと思う。例えば柳下さんが初めて指揮をとった第14節・清水戦はバックヤードがぴーんと緊張していた。

 大一番だ。14位と16位の直接対決。のるかそるか、サポもスタッフもざっぶーんと水かぶって身体を清めてスワン入りしたいくらいの決戦。まぁ、そういう大一番だからこそ普段通り、運営のオペレーションをしたいという感じがあったかもしれない。それはそれで見識だし、試合運営に破綻はなかったのだから僕などが四の五の言う話ではない。

 けれど、今にして思えば危機感が薄かった気がする。どうも意識が完結してるんだね。ボランティアはボランティア、チアはチア。いや、全体主義の国家とかじゃないから全員足並み揃えてというのも気持ち悪いんだよ。そんなことじゃなくて、そわそわした感じだよ。今日どうなるのかなぁ、負けたらどうしよう。勝ちますように。あぁ、いても立ってもいられないよ。そういう空気。

 サッカーは選手がやるもんで、自分らには何もできない。もし、ホントにそう思うんだったらちょっと寂しいことだ。試合後半、サイドラインを割ったボールが柳下さんのとこへ転がったの覚えてるかな。柳下さんは戦術指示か何かでいったんピッチ脇からベンチへ下がって、又、出てきたくらいのタイミングだった。パッとボール取って、(敵の陣形が整わないうちに)すぐスローインさせようと渡したでしょ。あぁいうピリピリ感。勝利への意欲。

 あらためて言うことでもないかもしれないけど、新潟は降格したら色んなことが瓦解しますよ。相当、危機感持ってるサポーターでも想像の上を行く。予算もサイズダウンするだろうし、若手も含め、選手の流出はある程度、防げないと思います。あ、先に言っとくけど、僕はつき合うよ。僕は「いつか優勝の散歩道書かしてくれ」って約束したもんな。

 話は変なとこへ行ったけど、まぁ、本当に危機感持ってくださいと、そういう話。今、残留戦線を争ってるG大阪とか大宮、この日ちょっと離されたけどC大阪っていうのはベースの力で、「オール新潟」「全新潟力」を結集させても及ばないかもしれない相手なんだ。といって4万人の総動員で戦ってないでしょ。新潟三越に「アルビレックスがんばろう!」とか垂れ幕出てないでしょ。ま、セレッソ戦を落としたってそれが新潟の「ドーハの悲劇」になって、街じゅうお通夜みたいになるんなら脈があるんだ。残念なのは「失うものの大きさを知らないで失う」ことだよね。これはね、取り返しつかんよ。

 試合。さすがにピッチ内は緊張感があった。セレッソはレヴィー・クルビ監督の電撃復帰という奥の手をぶつけてきた(これがベースの力の一端ですね)。新潟はブラジル人3枚出し。田中亜土夢が練習中、腰を打ったということで柳下さんはリザーブにまわす決断をする。こういう決断が柳下さんの柳下さんたる由縁だろう。何しろ「79年・ワールドユース東京大会」組だ。菊地直哉はこの日もベンチ外だった。

 結論を言うとこのブラジル人3人出しはハズれた。攻撃が単調になり、セレッソ守備陣に手堅く抑えられた。又、サイドバックの上がりが少なく、人数もかけられなかった。つまり、何を見たかというと(他サポの悪口でおなじみの)「ブラジル人頼みのクソサッカー」だ。こっちは慎重を期して出て行かないから3人で自己完結してうまくやってくれ。でも、残念ながらそこまでのタレントじゃないんだなぁ。

 柳下さんの戦術意図がそうだったとは言わない。結果としてそうなったのは、前線に動き回る選手が不足してたのか、後ろが上がるにはターンオーバーが怖すぎたのか、意図の徹底が不充分だったのか、ちょっとわからない。長いスパンで考えれば、クラブが得点をブラジル人に頼ってきたツケが回ったという見方も可能だろう。すべてのブラジル人助っ人がエジミウソンやマルシオ級ってわけにはいかない。

 が、それでも一度はこじ開けたのだ。前半21分、ミシェウがふわっと浮かせたボールをブルーノヘッド! これは微妙な位置で敵GK、キム・ジンヒョンがセービングし、ノーゴールの判定。実はこの日、セレッソは大した出来じゃなかったんだ。ミスが多く、動きが少ない。わりと敵陣で奪えてたでしょ。僕はこのところの新潟のサッカーなら勝てると思っていた。

 が、負ける。一瞬のスキを突かれた。後半30分過ぎた頃だ。セレッソ・藤本が倒れ、試合が止まる。その直後のゴールキックからつながれた。途中出場の杉本がスラしたボールがDFのウラを突く。同36分、柿谷曜一朗がネットへ突き刺す。それまで丸橋にクロスを入れられ、危ないシーンもあったんだ。それはどうにかしのいで来た。あの一瞬だけだった。まだ藤本のケアをしたトレーナーがピッチを出たか出ないかというタイミング。

 チームは次節・ガンバ大阪戦に捲土重来を期すしかなくなった。残り試合数を考えればまだ巻き返しの目は充分あるが、勝負どころで負けるのはショックがでかい。内容も悪かった。得点の気配が遠い以前に勇気のない試合をしてしまった。

 新潟はこのまま沈むのか。ゴール裏が掲げた「残留」の断幕は空しくたたまれるのか。残酷だけれど、これが勝負の現実だ。勝てば天国、負ければすべてを失う。スッキリ見えた筈だ。道はひとつしかない。勝って生き残るんだよ。勝って強くなるんだ。


附記1、この日はさすがに凹みました。コラムの前段、危機感の話は自戒も込めてです。もっとやれたんじゃないかと思うんですよね。もっと引き締まったスタジアムを準備できた気がする。僕ももっと言えばよかったんだなぁ。

2、だけどね、選手らには自信をもって戦ってほしい。勇気をもって戦ってほしい。じゃなきゃ本来の力が出ないよね。サッカー人生で今度のガンバ戦みたいなビッグゲームはそうないですよ。

3、僕は今月からアイスホッケーが開幕なんだね。会場へ行けない日が増える。ホントはセレッソに勝ってひと安心って感じだったらよかったんだけど。ま、そんな都合よく行かないね。会場へ行けなくても徹底的にフォローしますよ。「目指せ三門!」がテーマ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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