【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第151回

2012/10/11
「ホームの勝利」

 J1第27節、新潟×名古屋。
 この日は6時起きだった。ちょっと風邪気味で微熱あり、身体がだるい。朝ごはんを食べて、勝負風邪薬「新エスタックイブエース」(これ、他の人にはどうかわかんないけど、僕の体質には合うんですよね)を服用、行きの新幹線で眠ってかなりしゃっきりした。僕は今日は勝つと思っている。ここ数試合、チームの骨格が定まった。そろそろ歯車がピタッと合う頃だ。クラブ側も勝負に出ていて、スタジアムイベントをじゃんじゃん仕掛けている。

 意外とこんな僕なんかでも責任重大だ。ほんのちょっとでもいい流れを作らなきゃいけない。ポジティブなものを発信したい。新潟のサポならそれを受け取ってくれる。キックオフのときにスタジアムがポジティブな空気に包まれるといい。そしてクラブの企画担当さんに手応えをつかんでもらいたい。何かやったらやっただけのことがあったという感触が残ったほうがいい。今日はとにかく僕はバリバリで行かなきゃ値打ちがない。

 10時半からのサッカー講座では、出し惜しみせず全部出しましょうという話をした。僕は新潟へ来るようになってみんなのことが大好きになったから、こんなことで失望したくないという話をした。単行本のサイン会では、ひとりひとりに話しかけた。「頑張ってください」と言ってくれた人には、そうじゃないよ、「頑張りましょう」とソッコー返した。スタジアムに入ったらお客さんになってちゃつまんない。みんなでいっしょにでかいことやろう。

 アップ直前のスタジアムトークでは、スカパー『マッチデーJリーグ』でおなじみの平畠啓史さんと「試合の前説」をやった。平ちゃんはすんごい勘の冴えた人だ。20分ほどのトークでミシェウさん、名古屋・増川隆洋とスコアにからむことになる選手名を挙げている。僕はこういうのを偶然とは思わない性質だ。んーと、いるでしょう、いっしょに街歩きすると普段気がつかなかった面白いものを見つけさせてくれる人。あぁいうのはその人が持ってるものなんだと思うな。

 で、今日の僕の出番はここまで。あとは試合を見ればいい。ちょっとぐったりした。あぁもう、体力なくて嫌んなるなぁ。試合を見る気力が戻るまでしばらく思う存分ぐったりさせてもらった。だってこれからみんなで勝ち試合作らなきゃいけない。これはエネルギーが要る。夕方、ホテルで寝ちゃえばいいんだから、もうちょっとの間、五感をフル稼働させときたいよ。

 スタメンを見渡すとさすがに名古屋は豪勢だ。スター選手が名を連ねている。新潟はこのところ固まってきたメンバー。注目は村上、キム・ジンスの両SBだ。まぁ、サッカーは名前でやるわけじゃないから、ここまで続けてきたものを信じて、引き締まった戦いをすればいい。久々に菊地直哉がリザーブに入っている。展開にもよるが、柳下さんは使うだろうか。菊地は応えるだろうか。

 試合。最初の5分、名古屋が積極的に来た。それをしのいでいたらちょうど5分ほどで攻勢が終わる。何てわかりやすいんだ。そこから名古屋は受けにまわる。対応するだけでも個人が巧いから何とかなるんだぜ、というサッカー。新潟は懸命にやっていた。ボールを大切にしようとするあまり、ちょっと消極的なパスが目につくが、どうにかして攻めのリズムをつかもうとしている。こう小兵力士が頭をつけて、大関の前みつをつかんで離さない感じかな。

 小兵といえば田中亜土夢が敵MFをふっ飛ばした。その辺りからか、それまで慎重になり過ぎてたチームにスイッチが入る。田中亜土夢は後半にも敵の巨漢をふっ飛ばすんだけど、それは又、別の話。前半は0-0ながらいい感じで終った。ずっとホームで勝ててないチームには見えないな。もう、このぐらいならいつでもやり合える。問題は仕掛けに入って結果を出せるかだ。

 仕上がってきた新潟のサッカーは「綿密なスカウティングに基づき、相手の良さを消す」が特徴。サイドの攻防が見どころだった。キム・ジンスが積極的に仕掛けて、大変面白い。キム・ジンスがあれだけ行ける背景には田中亜土夢の背負ったタスクがあって、非常にうまくいっていた。サッカーは面白いなぁ。亜土夢に限らず全部つながっている。

 その亜土夢→ジンスの仕掛けからPKをもらう。蹴るのは10番・ミシェウさん。僕は新潟の運命のかかったPKだったと思うよ。後半11分、運命のPKがゴールに吸い込まれる。空気が動いた。スタジアムが弾ける。新潟の選手が元気いっぱいになる。同19分、ジンスが勝負に行って折り返し、ミシェウさん2点めゴール! ビッグスワンは「勝てていない鬼門のホーム」ではなくなる。歓喜が爆発する真の本拠地になった。同28分、今度は矢野が持ち込んで敵DF・増川のオウンゴールを誘う。この20分足らずの間の空気の動きだよね。しびれたよ。凄いもん見た。

 名古屋は強豪中の強豪だけど、こうなるとテンション落ちちゃうんだよな。チームカラーみたいなもんかな。ぜんぜん粘りがなくなる。だから3点めまでで勝負は決したんだけど、試合終盤、最高の手みやげを置いてってくれるんだ。同45分、ブルーノ・ロペス復活のスーパーゴール! そしてロスタイム、坪内秀介(途中出場)の「ようこそ新潟へ」祝賀歓迎ゴール!

 5対0の大勝。この試合はね、出た選手全員に手応えあったよ。続けてきたことが結果に結びついた。タスクをやり抜いた勝利だし、5得点はクラブのJ1記録だし、何と言っても完封試合だ。試合後の選手たち、監督、コーチ、スタッフ、それからチア、ボランティア、警備員さん、売店の人、地元記者さん、報道陣、そしてもちろん2万2千のファン、サポーター。全員が笑顔で輝いている。この光景をずっと待っていた。僕らはひとつの家族だ。ビッグスワンという家に住んでいる。


附記1、会心の勝利でしたね。限りなく0に近い貢献だけど、僕も当事者として参加できたのが嬉しいです。試合後は会見を取材して、すぐホテルへ引き上げました。で、寝た。もしかすると新潟で風邪を治したかもわかんない。翌日は元気いっぱいセイローで出かけて、スカパー『アルビレックスタイムス』の本間勲選手インタビューを収録しました。これ、かなり面白いと思います。放送は1ヶ月くらい後なのかな。

2、ここから動員をグッと増やしましょう。次節・神戸戦は大事ですよー。エイエイオー。

3、単行本『アルビレックス散歩道2011』の発売日がクラブ史に残る大勝の日になって、ホントによかったです。しかも相手が去年、ナビスコで延長戦の死闘を演じ、力及ばなかった名古屋ですからね。表紙カバーの折り返しにその試合の記事を抜粋したんですよ。川又堅碁、俺たちを跳躍させろ。あのロスタイム同点ゴール(正確に言えばロスタイム失点で万事休すに思えた後の同点ゴール)は震えたなぁ。ケンゴはこの本の主役のひとりですね。読み返すと色んなことを思い出します。

4、で、仰天したのは当日、スカパー実況だった八塚浩アナがサイン会に並んでたこと。ちゃんと買ってくれたんですよ。もう、恐縮しちゃったです。10年くらい前のつき合いをこうやって大事にしてくれる人がいるんだなぁ。あと今年、何故か八塚さんの担当試合多いですね。

えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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