【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第172回

2013/5/30
 「初勝利献上(泣)」

 J1第12節、新潟×大分。
 いやー、書きにくい試合だなぁ。結果から言うと負けた。それも二度追いつきながらロスタイムの失点で敗れた。大分は今季未勝利の最下位チームだった。その上、ケガ人が続出して、DFラインなんか総とっかえだそうだ。好調の波に乗る新潟としては是非とも叩いておきたい相手なのだった。

 で、たぶん読者のほぼ全員が賛成してくれると思うけど、新潟はそういう相手に弱い。今季を例にとると「横浜FMに勝って大分に負ける」のが新潟だ。「強きをくじき、弱きを助ける」というと聞こえはいいけれど、早い話、(上位から金星を挙げる一方で)下位相手に取りこぼす芸風なんだなぁ。去年の最終節、降格の決まった札幌とやるのは実はヒヤヒヤもんだった。「取りこぼす」なんて表現するといかにも勝って当然みたいに響くけど、下位相手にきっちり勝つにはホントに力が要る。

 ケース・バイ・ケースではあろうが、大まかな傾向として新潟は守りを固められたら苦戦するのである。下位チームは堅守速攻で勝負するパターンが多い。新潟には打開力がなかった。この大分戦も5バック気味にブロックを固められそうだし、嫌な予感はする。だけど、今、「ケンゴ爆発」の新潟は打開力あるでしょう。いけるんじゃないの。というのが戦前の僕のイメージだった。

 試合。もう、最高だなぁと思って見てたんですよ。アルビレックス新潟は骨格が定まった。最大の要素は川又堅碁です。堂々、「エースストライカー」を張ってる。言ってみれば真ん中に心棒が通ったようなもんで、皆、それをアテにしてサッカーをやってる。「ケンゴがおさめるだろう」「ケンゴが動きだすだろう」。そういう信頼がチームにある。

 また当のケンゴが素晴しかった。前半12分、田中亜土夢のクロスからヘッド一閃、キーパーのリバウンドを更に左足で狙ったしぶとさ、同20分、左サイドからのパスが頭を越え、それをタッチライン際まで追いかけて生かし、田中達也のボレーシュートにつなげる粘り。プレーヤーとして好調をキープしてるのは間違いないんだが、それ以上に僕が感じ入ったのは「エースストライカー」としての落ち着きだ。これは化けた(!)。土台としてはJ2岡山での経験がモノを言ってるのだろうが、それに加えてここ数試合で劇的に変わった。進境著しいとはこのことだ。

 で、チーム全体もグッと良くなった感じだ。スペースへ走り、ケンゴを生かそうとする田中達也。久々右サイドで出場し、リズムを変える成岡翔。ま、ここでひとりひとり名前を挙げてもキリがないけれど、要するにケンゴという心棒が通ったせいで皆、持ち味が生きる。時期的にも熟成ができてくるタイミングだ。6月、中断期間に入るのが惜しいと思う。

 だもんで前半40分の失点はキツネにつままれたようだった。スローイングからシンプルなクロスが入って、それを大分・若狭大志があっさり決める。えええぇ~っ。ちょっとカンタン過ぎるでしょう。こういうのはよくないな。防げたし、防がなきゃいけない点。

 まぁ、だけど前半の攻勢を見て、盛り返せると踏んだんだ。ワンチャンスをモノにしてきた大分には確かに執念を感じる。ケガ人続出の緊急事態は、逆に士気や集中力を高めることにつながっているようだ。といって大分は1点を守り切れるか。新潟は以前の「1点取るのに汲々としていたチーム」ではなくなっている。セカンドボールを拾いに拾って波状攻撃を仕掛けたい。終いにゃどっか穴も開くだろう。

 後半のひとつのポイントは大井健太郎とキム・クナンの交錯→退場劇だ。ハイボールの処理で頭どうしがぶつかった。頭の接触は怖い。2人はタンカで運ばれ、いっぺんにCBが2枚いなくなってしまった。濱田&坪内が代わりに入るが、DFラインは後半5分、いきなり大分とどっこいのスクランブル態勢。

 退場した2人は大丈夫か。そして出場した2人は大丈夫か。DFラインの連携、GKとの呼吸は大丈夫か。そもそも負けているのに、加えて色んなことを心配しなきゃならなくなった。事実は小説より奇なり。小説家だって伏線も何もなく、こんな急展開は作らない。だけど、後半の展開はもっと想像を絶するんだよ。要素過多ってくらいに。

 後半21分、ついに田中達也のアルビレックス初ゴールが生まれる。三門のCKからだ。成岡が頭で合わせて、これを敵GK・丹野研太が腕一本で防ぐ。そのリバウンドを達也が蹴り込んだ。アジリティ(俊敏性)満点の同点弾。これはビッグスワンのムードを変えた。退場劇のもたらした不安感は消し飛ぶ。達也は大きな仕事をやり遂げ、拍手につつまれて岡本と交代する。

 で、もうこうなったら勝つでしょう。勝たないんだなぁ。後半35分、何だか知らないけど高松大樹をどフリーにしてしまって再びビハインドを負う。まぁ、あれはCBがいっぺんに2枚消えた影響かな。1枚だけならあんなことは起きなかったと思う。はるばる九州から飛んできた大分サポは大騒ぎだよ。初勝利が見えたんだ。だけど勝ててないチームのサポが試合終盤、勝ってるからこそ苦しむという、その機微のところを僕らはよく知っている。時計が進まない。手のひらがベタベタになる。

 案の定というべきか後半45分、新潟がレオ・シルバのこれも移籍初ゴールによって同点に追いつく。ロスタイムは異例の8分。心理的には新潟有利。大分は今日も勝てないのか。

 僕がシナリオ書いてたらこの先は「ケンゴ決勝弾」ですよ。ま、岡本でもいいけども盛り上がるのはケンゴですね。そうしたら今週も僕はわっしょいわっしょい書いてた筈だ。ロスタイム、大分・土岐田洸平にやられた。何という試合だ。新潟は大分トリニータにドラマチックな初勝利を献上ですよ。僕は悔しいやら頭に来るやらでちょっと黙っちゃった。好調チームの落とし穴ってやつなのか。勝ちたい気持ちは大分が勝(まさ)ってたってやつなのか。


附記1、この日は試合前に成岡翔選手の200試合出場達成の記念セレモニーが行われました。成岡選手、おめでとうございます。移籍してわずかの期間で「アルビになくてはならない選手」になりました。更なるご活躍を祈ります。

2、大井健太郎選手、キム・クナン選手は大事に至らずホントによかったです。2人が倒れたとき、大分サポがコールしてくれたのが心に残ります。Jリーグ20年が培ったこういう連帯感は絶対失くしたくないですね。大分サポの皆さん、ありがとうございました。

3、次節・川崎戦は午前中、浅草寺病院へ寄ってから駆けつけるんですが、何と禁煙外来を卒業です。最初は「無限」と同じに思えた12週だけど、やってみると短かった。幸い服用薬とのマッチングもよくて、ストレスフリーで煙草をやめることができた。まぁ、僕は「やめた途端に嫌煙権を主張する」みたいなタイプじゃないんで、別に誰にも働きかけたりする気ないですけど、もし煙草やめたいなぁと思ってる方がいたら禁煙外来の受診をお薦めします。いちばん話が早いです。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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