【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第176回
2013/6/27
「ビバ・メヒコ!」
コンフェデレーションズカップ(以下、コンフェデ)が始まって、日本代表が戦う1次リーグA組のレベルの高さにあらためて驚いている。開幕戦で完敗を喫したブラジルは「サッカー王国・ブラジル」であり、かつ「大会開催国・ブラジル」でもある。0対3でやられた試合を見つつ、つい憧れの感情を抱いてしまう。
といってバロテッリのイタリアは超面白い。てか、ピルロは渋い2枚目俳優みたいになったね。もちろん「アッズーリ」は、ブラジルやスペインと並んでフットボールファンの夢だ。グループリーグ初戦のメキシコ戦にも快勝して、今度はレシフェで日本代表と当たる。本稿執筆現在はキックオフの15時間前だ。
が、今回の散歩道はA組の2大スター国ではなく、メキシコについてなのだ。僕はメキシコ代表が大好きなんですよ。ていうか、メキシコという国自体が好き。もう、何度も旅行に行ってる「リピーター」ですねぇ。遺跡があってプロレスがあって、壁画運動があって「死者の日」があって、トロッキーに死に場所を与えた国。そして素晴しいプロサッカー・リーグを持っている国。
僕がメキシコ代表に好感を持ったのは01年のコンフェデだ。あの年はスカパーが韓国側の会場をまわらせてくれた。出会ったのは確かウルサンの会場だ。もうとにかくパスを回して、ゴールするよりパス回しが好きという感じのチームだった。あと客席のメキシコ人サポーターがソンブレロかぶった気のいい連中。このとき、僕は記者席でも、宿へ帰るバス車中でもメキシコ人から大人気となる。理由はカンタンで、その2、3年ほど前にメキシコ旅行したとき購入した「プーマス」のキャップをかぶっていたからだ。はるばる韓国の地方都市まで自国の代表を追っかけてきたメキシコ人は、メキシコシティに本拠を置く人気クラブのキャップをかぶった韓国人だか日本人だかを発見したわけだ。
「何人(なにじん)だ? コミュニケーションは何語で取れる?」 記者は興味津々だった。スペイン語はからきしなので、多少は学校で習った英語で「日本人だよ。2、3年前にメキシコ行ったんだよ。プーマスvsアメリカの試合を見たよ」ぐらいのところを伝えた。メキシコリーグの4大人気チームは一応、メキシコシティに本拠を持つアメリカ、クルスアスル、プーマスとグアダラハラのチーバスということになっている(パチューカを入れる例もあるようだ)。このなかでアメリカはアンチ・ファンを生むくらいの強豪チーム。Jリーグにそういうチームがないからプロ野球に例えるが、つまり読売巨人軍だ。
で、僕の印象ではチーバスが阪神だなぁ。で、僕がキャップかぶってたプーマスはヤクルト? だからビミョーな奴がウルサンにいたもんでしょ。ちなみにプーマはメキシコの遺跡の神聖なモチーフ、興味深かったのはそんな名前なのにユニホームがプーマではなく、ナイキだったことだ。
北中米(というか北米南部?)に位置するメキシコは、大衆スポーツにおいては北米&南米のミックスゾーンを形成している。早い話、サッカーとベースボールがどちらも盛んなのだ。アメリカ合衆国という強大な勢力に呑み込まれないためには、文化的なアイデンティティーを堅持する必要があった。メキシコの文化的アイデンティティーは重層的だ。古層にオルメカ、マヤ、アステカといった先住民文明があり、スペインの植民地になってからはカトリック国家、そして独立、軍事独裁、革命と近代化を模索する。が、単なるカトリック国家、単なるモダニズム国家の枠におさまらない個性をたたえている。
たぶんメキシコリーグで敵役を務めるような強豪が「アメリカ」なのは必然でもあるのだろう。そして非・アメリカ合衆国性を強調するとき、(少なくともこれまでは)サッカーは重要だったのだと思う。メキシコ代表は北中米の雄であり続ける。W杯には1930年、第1回大会から参加している。70年と86年にはベスト8、94年以降の大会では全て決勝トーナメントに進出している。
つまり、日本から見ればかなり格上の相手だ。そりゃセレソン、アッズーリのような派手さはない。が、昨年のロンドン五輪・金メダルの躍進を見てメキシコの地力を疑う人はいないだろう。ジョバニ・ドス・サントス、ハビエル・エルナンデスはかつてのウーゴ・サンチェス、ラファエル・マルケスのように欧州で成功をおさめつつある。まぁ、僕にとってはクラウディオ・スアレス、ホルヘ・カンポスのイメージが依然として強いのだが。
だもんで、読者に申し上げたい。A組はメキシコもお忘れなく! 昔、『サッカーマガジン』が日本代表はメキシコをお手本にすべきだという特集を組んだことがある。上背に恵まれず、フィジカルでは欧州勢に敵わないメキシコが巧みなパスサッカーで存在感を示す。同じように上背に恵まれない日本人はあれを目指すべきではないか。日本サッカーが範としてきたのは、ドイツサッカーやブラジルサッカーだけではない。
あとメキシコリーグのマイペースっぷりは、ある意味、Jリーグのお手本ではないかと思う。待遇が良くて、安全で、活気のあるリーグが運営されている。欧州でフーリガンが問題になった時期も、家族連れが楽しめるスタジアムをキープした。北米流をとり入れてチアガールもいる。「ガラパゴス」化しているとも言えるのだ。稼げるから有望選手が国外に出たがらない。パスが好きすぎて(?)戦術的に新風が吹かない。
まぁ、でも「ガラパゴス」化を言ったら、欧州のサッカーバブルのなか、健全経営を貫き通して、今や最も活気あるリーグを運営しているドイツ・ブンデスリーガも「ガラパゴス」であり、徹底的にマイペースであった。僕は好ましいと思うのだ。どうなんですか、ロシア人富豪やUAEの投資グループに買われてドリームチームを編成してもらって嬉しいかなぁ。
と、ここまで書いて原稿を放ったらかしておいたんだけど、木曜早朝(日本時間)の第2戦が終わってメキシコも日本もグループリーグ敗退が決まってしまった。どちらにとっても残り1戦だ。有意義なものになるのを願う。あくまで日本は「格上に挑戦」であることを肝に銘じよう。
附記1、いや~、イタリア戦惜しかったですね~。面白かった。ブラジル人の観客が「オーレ!」「オーレ!」と日本代表に声援送ってくれた。
2、たった今、モバアルメールが来たんですが、ブルーノ・ロペス退団ですか。しみじみ愛好してたんだけどなぁ。おつかれ様です。ムイト・オブリガード!
3、しかしね、メキシコ旅行は僕みたいなスポーツバカにはたまらんものがありますよ。まず、アメリカ西海岸へ飛んで、L.A.かサンフランシシコあたりで大リーグ見て一泊するでしょ。で、翌日移動でメキシコ入り、もう、サッカーでもルチャ・リブレでも見放題です。ルチャは田舎町でも興行してて、中学の数学教師が「2×3=?」とか書いた覆面で「算数仮面」としてリングに上がったりする。皆、正体を知ってて盛り上がるんだね。見事勝って「君たち、算数の勉強するんだぞ!」と言い放ち、リングを去る。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
コンフェデレーションズカップ(以下、コンフェデ)が始まって、日本代表が戦う1次リーグA組のレベルの高さにあらためて驚いている。開幕戦で完敗を喫したブラジルは「サッカー王国・ブラジル」であり、かつ「大会開催国・ブラジル」でもある。0対3でやられた試合を見つつ、つい憧れの感情を抱いてしまう。
といってバロテッリのイタリアは超面白い。てか、ピルロは渋い2枚目俳優みたいになったね。もちろん「アッズーリ」は、ブラジルやスペインと並んでフットボールファンの夢だ。グループリーグ初戦のメキシコ戦にも快勝して、今度はレシフェで日本代表と当たる。本稿執筆現在はキックオフの15時間前だ。
が、今回の散歩道はA組の2大スター国ではなく、メキシコについてなのだ。僕はメキシコ代表が大好きなんですよ。ていうか、メキシコという国自体が好き。もう、何度も旅行に行ってる「リピーター」ですねぇ。遺跡があってプロレスがあって、壁画運動があって「死者の日」があって、トロッキーに死に場所を与えた国。そして素晴しいプロサッカー・リーグを持っている国。
僕がメキシコ代表に好感を持ったのは01年のコンフェデだ。あの年はスカパーが韓国側の会場をまわらせてくれた。出会ったのは確かウルサンの会場だ。もうとにかくパスを回して、ゴールするよりパス回しが好きという感じのチームだった。あと客席のメキシコ人サポーターがソンブレロかぶった気のいい連中。このとき、僕は記者席でも、宿へ帰るバス車中でもメキシコ人から大人気となる。理由はカンタンで、その2、3年ほど前にメキシコ旅行したとき購入した「プーマス」のキャップをかぶっていたからだ。はるばる韓国の地方都市まで自国の代表を追っかけてきたメキシコ人は、メキシコシティに本拠を置く人気クラブのキャップをかぶった韓国人だか日本人だかを発見したわけだ。
「何人(なにじん)だ? コミュニケーションは何語で取れる?」 記者は興味津々だった。スペイン語はからきしなので、多少は学校で習った英語で「日本人だよ。2、3年前にメキシコ行ったんだよ。プーマスvsアメリカの試合を見たよ」ぐらいのところを伝えた。メキシコリーグの4大人気チームは一応、メキシコシティに本拠を持つアメリカ、クルスアスル、プーマスとグアダラハラのチーバスということになっている(パチューカを入れる例もあるようだ)。このなかでアメリカはアンチ・ファンを生むくらいの強豪チーム。Jリーグにそういうチームがないからプロ野球に例えるが、つまり読売巨人軍だ。
で、僕の印象ではチーバスが阪神だなぁ。で、僕がキャップかぶってたプーマスはヤクルト? だからビミョーな奴がウルサンにいたもんでしょ。ちなみにプーマはメキシコの遺跡の神聖なモチーフ、興味深かったのはそんな名前なのにユニホームがプーマではなく、ナイキだったことだ。
北中米(というか北米南部?)に位置するメキシコは、大衆スポーツにおいては北米&南米のミックスゾーンを形成している。早い話、サッカーとベースボールがどちらも盛んなのだ。アメリカ合衆国という強大な勢力に呑み込まれないためには、文化的なアイデンティティーを堅持する必要があった。メキシコの文化的アイデンティティーは重層的だ。古層にオルメカ、マヤ、アステカといった先住民文明があり、スペインの植民地になってからはカトリック国家、そして独立、軍事独裁、革命と近代化を模索する。が、単なるカトリック国家、単なるモダニズム国家の枠におさまらない個性をたたえている。
たぶんメキシコリーグで敵役を務めるような強豪が「アメリカ」なのは必然でもあるのだろう。そして非・アメリカ合衆国性を強調するとき、(少なくともこれまでは)サッカーは重要だったのだと思う。メキシコ代表は北中米の雄であり続ける。W杯には1930年、第1回大会から参加している。70年と86年にはベスト8、94年以降の大会では全て決勝トーナメントに進出している。
つまり、日本から見ればかなり格上の相手だ。そりゃセレソン、アッズーリのような派手さはない。が、昨年のロンドン五輪・金メダルの躍進を見てメキシコの地力を疑う人はいないだろう。ジョバニ・ドス・サントス、ハビエル・エルナンデスはかつてのウーゴ・サンチェス、ラファエル・マルケスのように欧州で成功をおさめつつある。まぁ、僕にとってはクラウディオ・スアレス、ホルヘ・カンポスのイメージが依然として強いのだが。
だもんで、読者に申し上げたい。A組はメキシコもお忘れなく! 昔、『サッカーマガジン』が日本代表はメキシコをお手本にすべきだという特集を組んだことがある。上背に恵まれず、フィジカルでは欧州勢に敵わないメキシコが巧みなパスサッカーで存在感を示す。同じように上背に恵まれない日本人はあれを目指すべきではないか。日本サッカーが範としてきたのは、ドイツサッカーやブラジルサッカーだけではない。
あとメキシコリーグのマイペースっぷりは、ある意味、Jリーグのお手本ではないかと思う。待遇が良くて、安全で、活気のあるリーグが運営されている。欧州でフーリガンが問題になった時期も、家族連れが楽しめるスタジアムをキープした。北米流をとり入れてチアガールもいる。「ガラパゴス」化しているとも言えるのだ。稼げるから有望選手が国外に出たがらない。パスが好きすぎて(?)戦術的に新風が吹かない。
まぁ、でも「ガラパゴス」化を言ったら、欧州のサッカーバブルのなか、健全経営を貫き通して、今や最も活気あるリーグを運営しているドイツ・ブンデスリーガも「ガラパゴス」であり、徹底的にマイペースであった。僕は好ましいと思うのだ。どうなんですか、ロシア人富豪やUAEの投資グループに買われてドリームチームを編成してもらって嬉しいかなぁ。
と、ここまで書いて原稿を放ったらかしておいたんだけど、木曜早朝(日本時間)の第2戦が終わってメキシコも日本もグループリーグ敗退が決まってしまった。どちらにとっても残り1戦だ。有意義なものになるのを願う。あくまで日本は「格上に挑戦」であることを肝に銘じよう。
附記1、いや~、イタリア戦惜しかったですね~。面白かった。ブラジル人の観客が「オーレ!」「オーレ!」と日本代表に声援送ってくれた。
2、たった今、モバアルメールが来たんですが、ブルーノ・ロペス退団ですか。しみじみ愛好してたんだけどなぁ。おつかれ様です。ムイト・オブリガード!
3、しかしね、メキシコ旅行は僕みたいなスポーツバカにはたまらんものがありますよ。まず、アメリカ西海岸へ飛んで、L.A.かサンフランシシコあたりで大リーグ見て一泊するでしょ。で、翌日移動でメキシコ入り、もう、サッカーでもルチャ・リブレでも見放題です。ルチャは田舎町でも興行してて、中学の数学教師が「2×3=?」とか書いた覆面で「算数仮面」としてリングに上がったりする。皆、正体を知ってて盛り上がるんだね。見事勝って「君たち、算数の勉強するんだぞ!」と言い放ち、リングを去る。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
