【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第191回

2013/10/10
 「有利不利とYシャツと私」

 J1第27節、柏×新潟。
 9月最後の土曜日。週が明ければもう10月だ。レイソルロードに面した「柏市立第三小学校」では運動会の真っ最中だった。お、いいなぁとふらふら校庭に入り込んで「秋季大運動会」の横断幕を写メにおさめる。赤勝て白勝て。子供時代は疑問に感じなかったが、何で運動会ワールドは紅白戦の構造なのか。黄色対オレンジだっていいじゃないか。アレかなぁ、源平の合戦に模してるのか。

 「実は白組はセカンドジャージだった説というのはどうだ?」と校庭で思いつくが、周囲にはPTAの皆さんしかいないから黙って日立台を目指す。急にそんなこと言われてもビデオ収録の邪魔でしかない。白組はセカンドジャージ。本当はオレンジなんだよ。しょうがないから今、書いてるが引っかかる読者はいるだろうか。職場の同僚に突然言いつのる。

 「こないだ知ったけど運動会の白組ってセカンドジャージらしいよ。本当はオレンジだって」
 「マジっすか。じゃ、アウェーっすか」
 「アウェーだったんだね。誰も気づかないうちに自分らの母校がアウェーになっていた」
 「やばいっすね。昔だったら『狙われた学園』、赤組は侵略してきた宇宙人って設定っすね。今だと仮想現実ものっすね。ハリウッドではありふれたストーリーっすね」
 「やけに詳しいな」
 「だけど今日は無駄に行数使ってますね。これ、勝ってないでしょ」
 「それはここまで読んだだけじゃまだわからないだろう」
 「勝ってたら運動会ここまで引っ張ります?」

 どうも引っかかる読者はいないらしい。しかし、どう先読みされようともものすごく勝てそうな条件が整っていた。柏レイソルはJリーグのほかACL、ナビスコ杯、天皇杯と4つの大会を戦っており、9月は連戦続きだ。この日もACL・広州戦から中2日、終われば中国へ飛んで今度は中3日のアウェー・広州戦が待っている。夏場の疲れが出る頃だし、(一週間準備を整えた)新潟が走り負けることはなさそうだ。欲を言えば炎天下(15時キックオフでした)の猛暑試合が有利だったかもしれない。天候は曇り、気温22.9℃、湿度50%。

 あとファクターとしては「今月初め、突如、会見中に辞意を表明し、何日かして撤回したネルシーニョ監督の求心力がどうなっているか?」が興味深いけれど、僕が聞いた範囲ではもはやレイソル内の動揺はおさまっていた。関係者によっては「9月連戦を迎えて、ネルシーニョさん一流のモチベーションアップ策じゃなかったか」と言ったりもする。真相は知る由もないが、とりあえずこの一戦に関し辞任騒動の余波は考慮しないでよさそうだ。
 
 で、試合始まってますます有利な状況が出来(しゅったい)した。柏DF・増嶋竜也が(開始5分くらいに)傷(いた)んで、前半14分、早々と茨田陽生と交代だ。戦術的な交代じゃなくてカードを一枚切ってくれた。たぶんこの試合、後半勝負になるのに申し訳ないなぁ。

 前半は互角の戦況で推移した。柏は3-4-3。中盤が主戦場だ。両軍奪う意識が強くて、なかなか攻撃が形にならない。スリリングな攻防が続いた。わずかなミス、呼吸のズレ、そして相手の読み。いつも思うことだが、日立台・柏サッカー場のダイレクト感はすごい。至近距離で選手の息づかい、コーチングの声、間合いのようなものを感じる。

 そして前半32分、川又堅碁の先制ゴールが炸裂する。ケンゴはそのちょっと前、田中亜土夢の供給した最高のクロスを、フリーでもらってあさっての方向にヘディングしていて、ありゃ、昔に戻っちゃったかと心配した。心配御無用。スカッとする先制弾は、岡本英也の落としから成岡翔が左足のシュート。これが敵DFに当たって、こぼれ球がケンゴの前に来たのだった。ケンゴも左足だ。今季16点めは難なく決まった。あれは詰めてた勝利だよなぁ。ゴール後は皆でメインスタンド(かTVカメラ?)に向かってゆりかごダンスだ。後で確認したら前日、レオ・シルバが第2子を授かっていた。おめでとう!

 というわけで前半は0対1でリードして終わるのだ。先制後、岡本の惜しいシュートがあったが、あわよくば柏がグラグラしているあの時間帯に追加点が欲しかった。柏の得点機で一番ヒヤッとしたのは、CKからグラウンダーのクロスを通されて、中央に橋本和、ファーに鈴木大輔が飛び込んきたシーンか。あれは橋本がさわってたら1点だった。ま、前半は上出来でいいんじゃないかな。スコアだけじゃなく、試合のペースも新潟に傾いていた。あ、しかも前半終わり間際、柏のエース・工藤壮人が傷んで、長々と倒れてたでしょ。これは柏は非常事態だなと思いました。

 そうしたら後半、柏が立て直して来たんだよ。戦術的には前半の終わりくらいから4-4-2にシフトしてきたんだけど、それがどう効果を挙げたのか僕には判然としない。ま、何にしてもやることはハッキリしたと思う。1点ビハインドの戦況から勝負に行くだけ。こう、メンタル面の変化が伝わってきた印象だ。僕は柏レイソル、タフになったなと感じた。それはリーグやカップ戦の優勝経験がもたらしたものなのか。ACLの激戦を経てつかみ取ったものなのか。

 後半30分、クレオに同点にされる。そして、後半になってイキイキしてたのは新潟ではなく、疲労困憊のはずの柏のほうだった。まぁ、やられたねぇ。よく同点で終わった。柳下監督も川又堅碁も試合後、同じコメントを発してるが、僕も柏は強いなぁと感心したのだ。1対1のドローは両軍にとってまずまずの結果。ネルシーニョさんにとって誤算だったのは、増嶋、工藤に続いて大谷秀和まで後半傷んだことだね。連戦で一番厄介なのはケガ人だよね。


附記1、タイトル中、Yシャツ以下の部分は特に関係なかったですね。実は最初思いついたタイトル案は『有利アルバチャコフ』ってやつだったんですけど、これはボクシングに興味のない読者にはわからない上に面白くも何ともないぞと判断し、一か八かの思いで平松愛理をかつぎ出しました。

2、この試合、なぜか心に残ったのはレオ・シルバが転んだシーンと、キム・ジンスが向こうのエンドラインからこっちのエンドラインまでひとりでドリブルしたシーンですね。あのドリブル中、敵味方がちゃっかり休めた気がしたのは僕だけでしょうか。

3、平成史的にはこの日、NHK朝の連続ドラマ『あまちゃん』が最終回を迎えたのでした。人気沸騰の番組でしたから、日立台の観客も(かなりのパーセンテージで)午後は黄色とオレンジに分かれていても、朝は埠頭を駆けるアキちゃんユイちゃんに涙したことと思います。同じことが柏市立第三小学校の運動会にも言えますね。黄色もオレンジも赤も白も、ちょっぴり寂しい秋の日でした。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!

photo


ユニフォームパートナー