【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第192回

2013/10/17
 「ケンゴ祭りIN 新潟」

 J1第28節、新潟×鳥栖。
 この日は日光アイスバックスのホームゲームのため、栃木県に入っていた。以前もお伝えしたかもしれないが、僕は去年の株主総会でこのアイスホッケーチームの役員を退いた。が、全く変わりなく場内FMの実況を務め、勝ち試合のヒーローインタビューを担当し、マッチデープログラムとメルマガに原稿を書いている。無給の取締役が肩書きなしのボランティアになっただけだ。ビッグスワンは15時半キックオフ、霧降アイスアリーナは16時フェースオフだから試合時間はバッチリかぶっている。目の前のことに集中するべく、ケータイ速報は見ないようにした。

 仕事がひと通りかたづいて、ベンチ脇のコーヒー自販機に百円硬貨を放り込むときがちょっとした幸せだ。必ず「さとう クリーム入り」を選ぶ。僕は普段はブラックコーヒー党だ。「さとう クリーム入り」はアイスリンクでしか飲まない。一度、仕事でくたくたになったとき、何となく「さとう クリーム入り」を選んで、それから習慣化した。ケータイ速報はこのタイミングで見る。お、3対1、勝った。ホーム6連勝だ。昨シーズンの借りを返したなぁ。昨シーズン終盤、サポが「史上最大の入り待ち」作戦を実施した最初のゲームが鳥栖戦だった。

 スポーツの世界は1年で色んなことが変わる。観客はずっと同じチームを見ているつもりでいるが、チームは常に変化していて同じということがない。選手は成長する。あるいは衰える。新加入や退団選手がチーム内の「変数」として作用する。監督さんと選手らの関係性も変化する。信頼感に結ばれるか人心が離れるか。たぶんそういうのは日々の積み重ねなのだ。1年トータルで見ると劇的変化に見えることでも、実際は少しずつ変わってきた。

 土日のアイスホッケーが終わり東武線に揺られながら、家に帰って鳥栖戦録画を見るのを楽しみにしていた。「柳下アルビの1年間の蓄積」が凝縮された形でNHK-BS1の画面に映っているはずだった。クラブ史上初めて柳下さんという、J指導歴豊富なベテラン監督に来てもらった1年余りの日々。大方の読者は(僕と同じように)やっぱりベテラン監督は腕があるなぁと感じておられるだろう。基準がブレない。粘り強い。選手に対して練習中、きびしい言葉を投げたり、あるいはメディアを通じて苦言を伝えたりするけれど、一方でチャンスは必ず与える。鳥栖戦のスタメンには今季開幕時、控えに甘んじた選手も下のカテゴリーだった選手もいる。彼らはチャンスをもらった。

 そういえば先日、『アルビレックス散歩道2012』単行本の巻末対談収録で、サポーターの世話役的な存在と言ったらいいか「元コールリーダー」のほうが通りがいいのか、浜崎一さんと会ったんだ。ハマちゃんは対談のために『同2011』を再読してきてくれた。で、びっくりしてたのは去年、発行された『同2011』の開幕時の記事で、田中亜土夢がスタメンじゃなかったんだね。これはちょっと信じ難いでしょ。それだけ亜土夢はチームで不可欠な選手に成長したわけだ。僕ら亜土夢の伸び率(?)にしびれ、「あんなに動ける選手はJリーグでも稀じゃないか」と話し込んだ。亜土夢も又、日々の積み重ねのなかで現在の姿を獲得したんだと思う。

 NHK中継は「川又堅碁vs豊田陽平」のFW対決の図式をあおっていた。ケンゴの伸び率も亜土夢に負けてない。実況の杉岡英樹アナの言う「得点ランキング上位に並ぶ」とか「いつ代表の声がかかってもおかしくない」が社交辞令でも何でもないのだ。新潟の今シーズンはケンゴのブレークに尽きる。待望久しい自前の、日本人ストライカーだ。今年の物語は、新潟が長年言われた「得点はブラジル人頼み」のパターンを脱するところから本物になった。

 鳥栖戦はNHK解説の宮澤ミシェルさんの言われるように「よく似たタイプのチーム」が「相手の良さを消し合う」ゲームでもあった。宮澤さんはDF出身だから守戦のリアリティを語らせたら抜群だ。この日は「アバウトに入れられるのも意外と対応が難しくて、DFは嫌なものなんです」というコメントが秀逸。新聞記事だと「精度不足」みたいな話ばっかり出てくるでしょ。パスの精度が足りない。シュートの精度を欠く。そりゃ精度が高いに越したことないけど、アバウトなのも充分嫌ですよ。

 鳥栖はウラへ抜けるイメージで勝負してきたから、気の抜けない守戦が続いた。中盤のせめぎ合いが迫力満点。が、1年前と比べて新潟はゲームを支配している。「奪う形」を貫き、次第にポゼッションを握り、崩しにかかった。まだ発展途上だが、ここまでは来た。いいサッカーしてるじゃん。

 で、とにかくこの日は川又堅碁なのだ。サッカーの内容において勝っても、ゴールが奪えなきゃ結果が残せない。ケンゴ祭りだった。1ゴール2アシスト。別にハットトリックでなくてもケンゴ祭りでいいじゃんよ。わっしょいわっしょい。ケンゴ最高だなぁ。敵に今シーズンの新潟をはっきり見せつけた。

 先制の成岡翔ゴール(前半30分)につながる落としもよかったけど、1-1で迎えた後半24分、無理矢理粘って岡本にラストパスをつないだシーンが圧巻だった。何だ何だあの強さ! 仕上げは後半35分、自ら決めてビッグスワンを沸騰させる。ケンゴはホントに明朗だよね。「サッカーの内容」なんて込み入った話はスカッと忘れさせてくれる。ケンゴの話題はいつだって陽性だ。

 柳下さんはこれで満足してちゃ先がないぞと思うから、色んな手でケンゴに緊張感を与えようとする。が、やらせてみればケンゴ祭りだ。わっしょいわっしょい。僕はね、川又堅碁は「不敵なストライカー」像を演じ過ぎていて、こうパフォーマンスでもインタビューでも実は「いっぺんも正直に振舞ったことがないんじゃないか説」なんですね。ちょっと無理して見える。そう振舞ってないと、せっかくつかんだものが壊れちゃう気がしてるのかもわかんないけど。僕が想像する「リアル・ケンゴ」はピュアで繊細なタイプなんですね。

 けど、そろそろ「不敵なストライカー」も板についてきたかもなぁ。何にしても僕は新潟県内の皆さんには、悪いことは言わないから川又堅碁を見とけってお伝えしたい。もうサッカーなんて詳しくなくていい。詳しくなくてもわかることをやってくれる。ケンゴ最高だなぁ。わっしょいわっしょい。


附記1、この日のNHK中継で気になったのは「鳥栖」のイントネーションです。バレーボールの「レシーブ→トス」と同じ「トス」で統一されていた。僕は以前、お隣りの久留米市に住んでいたので、そこには敏感です。NHK的標準語なら、平板イントネーションかつ「ス」を上げ気味で発語されるイメージなんだけどなぁ。NHKは「サガン鳥栖」は平板に言うでしょ。あれ、佐賀の人は「ユベントス」と同じイントネーションで言うよね。

2、鳥栖っていえば『プレビュー』誌の記事で、菊地直哉のレンタル先を大分と誤記しました。ごめんなさい。

3、今週は台風の影響でわけわかんない天気ですね。10月8日に糸魚川市で35.1℃って何でしょう。10月の猛暑日は全国初の記録らしい。予報では天皇杯(大分戦)の日曜日は涼しくなってるみたいですけどね。この時期は服装どうしようかちょっと考えますね。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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