【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第194回
2013/10/31
「レオ不在」
J1第29節、FC東京×新潟。
今年のキーマン、レオ・シルバが(天皇杯・大分戦のレッドカードを受けて)欠場した一戦。僕の関心はまず何よりそこにあった。レオ・シルバがいないとどういうバランスになるのか。サッカーの方向性は変わるのか変わらずにすむのか。新潟の「奪うサッカー」のベースをつくったのはレオだ。「2013年アルビレックス新潟」はざっくり表現すると、レオがもたらした「奪うサッカー」というベーシックに、川又堅碁のストライカーとしての開花が加わったものと言えるだろう。
春先、プレシーズンマッチの段階からレオのプレーは評判だった。だから僕らは面食らった部分もある。開幕以降、本間勲が控えにまわるなんて想像もしなかった。勲は長年、新潟のシンボリックな選手であり続けた。攻守の要。コンダクター。精神的支柱。まさか勲がスタメンを外れるなんてなぁ。シーズン序盤、サポーターから「寂しい」という声をよく聞いたものだ。だけど、次第に皆、納得していく。レオ・シルバというボランチが本当にスーパーな存在だったから。
この「スーパー」には説明が要る。例えばマルシオ・リシャルデスも間違いなく「スーパー」な存在だったが、レオとはだいぶイメージが違う。レオは10番タイプじゃない。テレビ新潟の鈴木英門アナが「新潟の王様」と紹介するようなタイプじゃないのだ。(決して狙わないわけじゃないけれど)シュートやラストパスの鮮やかさで印象に残る選手じゃない。こう、何というのかな警察関係で「広域機動捜査班」だっけかな、そういう言い方するでしょ。ニュアンスはアレが近いと思う。レオはピッチ中盤を「広域機動捜査」するんだね。
で、レオひとりが「スーパー」な「広域機動捜査」してても、班は名乗れないでしょう。「広域機動捜査人」? レオ・シルバさんが中盤の広大なエリアを担当して、敵の攻撃を芽をとにかくつんでくれるから皆、助かります、ありがとう広域機動捜査人! みたいな存在。実際、今季のゲームはそんな感じもありますね。だから、僕の関心の第一は「レオに頼ってた中盤の守りは大丈夫か?」。
なんだけど、そういう単純な引き算でもないんだなぁ。班を僕は問題にしたい。実はレオ・シルバは本当に「広域機動捜査班」的なものをチームにつくったんだ。三門雄大、田中亜土夢がわかりやすいけど、奪うプレーが格段に上手くなってる。練習時からレオのプレーに接して、チーム全体が影響を受けてる。皆、レオっぽい取り方(後ろから突っかけて奪うとか)を真似したりして、次第に「広域機動捜査班」が組織されていく。だから、僕の関心の第二は「(単にレオ不在で大丈夫か? じゃなく)班のほうはどのくらいやれるもんなのか?」だった。
で、結論としては「けっこうやる。が、90分はもたないなぁ」だったね。前半、面白かったでしょ。田中亜土夢、酒井宣福、本間勲、成岡翔、4人のスタメンMFが頑張った。FC東京も素晴しかった。両軍が高い集中度でずっとやり合う。あっという間に30分くらい経過していた。時計が進むのが早く感じられる試合は内容がいいんだ。新潟は陣形をコンパクトに保って、攻守の切り替えがめちゃ速い。会見コメントで柳下正明監督が「どっちに転ぶかわからない試合だった」と評したけれど、ホントにそんな感じ。前半のスリリングな攻防はJリーグ最高級じゃないすか。
だけど後半はやられた。ま、1点めはFKの失点だから、相手の技術かなぁ。で、失点してからバランスがちょっと変わった。FC東京、すっかり元気づいたね。2点めはこちらのミスからだ。ルーカスがとんでもないゴールを決めてくる。ま、これも個人能力だからしょうがないんだけどね。問題は個々の失点よりも、チームが戦闘力を失ったことだね。尻つぼみに迫力がなくなる。得点の匂いもぜんぜんしなくなる。
だもんで試合全体の印象は「完敗」でしょう。おそらく見てた人全員、FC東京強ぇなぁという感想じゃなかったかな。うちも上位と当たるとまだまだだなぁとか。ちなみにキックオフの時点でFC東京が7位、新潟は9位だから実は「上位vs下位」対決じゃなかったんだけどね。まぁ、年に3回負けたら力の差を感じたってしょうがないか。これはグウの音も出ないね。
じゃ、「完敗」で何にもいいことがなかった試合か。僕は違ったな。ひとつはさっきの言い方でいう班。「広域機動捜査班」の実在を確認できた。レオ不在の試合で、レオを感じたんだ。これはチームの成長の跡だよ。普段はレオ・シルバ自体が「スーパー」過ぎて、他のレオ的なプレーが目立たない。そういうもんだと思ってつい見てしまう。
典型例は前半11分過ぎ、ルーカスにエリアに入られて、亜土夢が後ろから奪ったシーンがあったでしょ。あれは完全にレオ・シルバだよね。大ピンチを防ぐファインプレーだから「よっしゃ!」とかフツーに言ってたけど、考えたら小柄な亜土夢がよく「刈り取る」感じで奪ったと思う。相手はコンパス長いんだよ。
新潟のサッカーはブレなかった。2トップがサイドに流れてスペースをつくるのもサマになってたし、攻め上がりも人数かけていた。で、相手ボールになったら帰陣も速い。まぁ、もちろん「レオ・シルバ込みの新潟」をお見舞いしたかったところ(敵味方の消耗度がぜんぜん違ったと思う)だが、持ち味はしっかり出せていた。サッカーって競技はそれでも負けるときがあるんだ。
だけどさ、これまでの主力ブラジル人抜きの試合を思い返してほしいな。「マルシオ抜き」でも「ミシェウ抜き」でもいい。別のチームかってくらいサッカーが変わったでしょ。それが「レオ抜き」は変わらないんだ。それどころかあちこちにレオの影響を見ることができた。
附記1、台風26号による土石流災害で亡くなった伊豆大島(東京都大島町)の被災者を悼み、両チーム喪章をつけての試合になりました。夏の異常な猛暑が関係してるらしいんですが、秋になって台風がホントに多い。接近中の27号28号が被害をもたらさないのを祈ります。
2、うちはキム・ジンスが韓国代表のブラジル戦で男を上げて帰ってきたけど、FC東京も森重真人選手が日本代表の欧州遠征から帰っていきなりスタメンでしたね。「同一人物?」とびっくり仰天した。
3、ランコ・ポポヴィッチ監督、今季限りで退任だそうですね(!)。
4、ご案内の通り、次節・湘南戦の10月27日、『アルビレックス散歩道2012』刊行を記念して、サッカー講座とサイン会を企画していただきました。13時キックオフの日なんで朝からいそがしくなっちゃってすいません。今回の単行本は何といっても「奇跡の残留劇」ですね。書き下ろし&(対談)録り下ろし分も含めて、そこにフォーカスした内容です。「ページを開けばあの感動が取り出せる」も心がけたけど、それ以上に「ページを開けばあの出来事を経験化できる」に力を注いだつもりです。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第29節、FC東京×新潟。
今年のキーマン、レオ・シルバが(天皇杯・大分戦のレッドカードを受けて)欠場した一戦。僕の関心はまず何よりそこにあった。レオ・シルバがいないとどういうバランスになるのか。サッカーの方向性は変わるのか変わらずにすむのか。新潟の「奪うサッカー」のベースをつくったのはレオだ。「2013年アルビレックス新潟」はざっくり表現すると、レオがもたらした「奪うサッカー」というベーシックに、川又堅碁のストライカーとしての開花が加わったものと言えるだろう。
春先、プレシーズンマッチの段階からレオのプレーは評判だった。だから僕らは面食らった部分もある。開幕以降、本間勲が控えにまわるなんて想像もしなかった。勲は長年、新潟のシンボリックな選手であり続けた。攻守の要。コンダクター。精神的支柱。まさか勲がスタメンを外れるなんてなぁ。シーズン序盤、サポーターから「寂しい」という声をよく聞いたものだ。だけど、次第に皆、納得していく。レオ・シルバというボランチが本当にスーパーな存在だったから。
この「スーパー」には説明が要る。例えばマルシオ・リシャルデスも間違いなく「スーパー」な存在だったが、レオとはだいぶイメージが違う。レオは10番タイプじゃない。テレビ新潟の鈴木英門アナが「新潟の王様」と紹介するようなタイプじゃないのだ。(決して狙わないわけじゃないけれど)シュートやラストパスの鮮やかさで印象に残る選手じゃない。こう、何というのかな警察関係で「広域機動捜査班」だっけかな、そういう言い方するでしょ。ニュアンスはアレが近いと思う。レオはピッチ中盤を「広域機動捜査」するんだね。
で、レオひとりが「スーパー」な「広域機動捜査」してても、班は名乗れないでしょう。「広域機動捜査人」? レオ・シルバさんが中盤の広大なエリアを担当して、敵の攻撃を芽をとにかくつんでくれるから皆、助かります、ありがとう広域機動捜査人! みたいな存在。実際、今季のゲームはそんな感じもありますね。だから、僕の関心の第一は「レオに頼ってた中盤の守りは大丈夫か?」。
なんだけど、そういう単純な引き算でもないんだなぁ。班を僕は問題にしたい。実はレオ・シルバは本当に「広域機動捜査班」的なものをチームにつくったんだ。三門雄大、田中亜土夢がわかりやすいけど、奪うプレーが格段に上手くなってる。練習時からレオのプレーに接して、チーム全体が影響を受けてる。皆、レオっぽい取り方(後ろから突っかけて奪うとか)を真似したりして、次第に「広域機動捜査班」が組織されていく。だから、僕の関心の第二は「(単にレオ不在で大丈夫か? じゃなく)班のほうはどのくらいやれるもんなのか?」だった。
で、結論としては「けっこうやる。が、90分はもたないなぁ」だったね。前半、面白かったでしょ。田中亜土夢、酒井宣福、本間勲、成岡翔、4人のスタメンMFが頑張った。FC東京も素晴しかった。両軍が高い集中度でずっとやり合う。あっという間に30分くらい経過していた。時計が進むのが早く感じられる試合は内容がいいんだ。新潟は陣形をコンパクトに保って、攻守の切り替えがめちゃ速い。会見コメントで柳下正明監督が「どっちに転ぶかわからない試合だった」と評したけれど、ホントにそんな感じ。前半のスリリングな攻防はJリーグ最高級じゃないすか。
だけど後半はやられた。ま、1点めはFKの失点だから、相手の技術かなぁ。で、失点してからバランスがちょっと変わった。FC東京、すっかり元気づいたね。2点めはこちらのミスからだ。ルーカスがとんでもないゴールを決めてくる。ま、これも個人能力だからしょうがないんだけどね。問題は個々の失点よりも、チームが戦闘力を失ったことだね。尻つぼみに迫力がなくなる。得点の匂いもぜんぜんしなくなる。
だもんで試合全体の印象は「完敗」でしょう。おそらく見てた人全員、FC東京強ぇなぁという感想じゃなかったかな。うちも上位と当たるとまだまだだなぁとか。ちなみにキックオフの時点でFC東京が7位、新潟は9位だから実は「上位vs下位」対決じゃなかったんだけどね。まぁ、年に3回負けたら力の差を感じたってしょうがないか。これはグウの音も出ないね。
じゃ、「完敗」で何にもいいことがなかった試合か。僕は違ったな。ひとつはさっきの言い方でいう班。「広域機動捜査班」の実在を確認できた。レオ不在の試合で、レオを感じたんだ。これはチームの成長の跡だよ。普段はレオ・シルバ自体が「スーパー」過ぎて、他のレオ的なプレーが目立たない。そういうもんだと思ってつい見てしまう。
典型例は前半11分過ぎ、ルーカスにエリアに入られて、亜土夢が後ろから奪ったシーンがあったでしょ。あれは完全にレオ・シルバだよね。大ピンチを防ぐファインプレーだから「よっしゃ!」とかフツーに言ってたけど、考えたら小柄な亜土夢がよく「刈り取る」感じで奪ったと思う。相手はコンパス長いんだよ。
新潟のサッカーはブレなかった。2トップがサイドに流れてスペースをつくるのもサマになってたし、攻め上がりも人数かけていた。で、相手ボールになったら帰陣も速い。まぁ、もちろん「レオ・シルバ込みの新潟」をお見舞いしたかったところ(敵味方の消耗度がぜんぜん違ったと思う)だが、持ち味はしっかり出せていた。サッカーって競技はそれでも負けるときがあるんだ。
だけどさ、これまでの主力ブラジル人抜きの試合を思い返してほしいな。「マルシオ抜き」でも「ミシェウ抜き」でもいい。別のチームかってくらいサッカーが変わったでしょ。それが「レオ抜き」は変わらないんだ。それどころかあちこちにレオの影響を見ることができた。
附記1、台風26号による土石流災害で亡くなった伊豆大島(東京都大島町)の被災者を悼み、両チーム喪章をつけての試合になりました。夏の異常な猛暑が関係してるらしいんですが、秋になって台風がホントに多い。接近中の27号28号が被害をもたらさないのを祈ります。
2、うちはキム・ジンスが韓国代表のブラジル戦で男を上げて帰ってきたけど、FC東京も森重真人選手が日本代表の欧州遠征から帰っていきなりスタメンでしたね。「同一人物?」とびっくり仰天した。
3、ランコ・ポポヴィッチ監督、今季限りで退任だそうですね(!)。
4、ご案内の通り、次節・湘南戦の10月27日、『アルビレックス散歩道2012』刊行を記念して、サッカー講座とサイン会を企画していただきました。13時キックオフの日なんで朝からいそがしくなっちゃってすいません。今回の単行本は何といっても「奇跡の残留劇」ですね。書き下ろし&(対談)録り下ろし分も含めて、そこにフォーカスした内容です。「ページを開けばあの感動が取り出せる」も心がけたけど、それ以上に「ページを開けばあの出来事を経験化できる」に力を注いだつもりです。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
