【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第305回
2016/8/25
「何もできずに甲府を去る」
J1第8節(第2ステージ)、甲府×新潟。
今年から「山の日」の祝日ができて、お盆の人の動きが変わったんじゃないかと思う。盆の入りは13日だけど、11日から休みという人も多くて「プレ盆」状態である。で、「プレ盆」の人が週明け15日から仕事だったりして、つまりこれは「フレックス盆」「オフピーク盆」みたいなものが始まったのだろうか。たぶんご先祖様も興味深く見守っておられるに違いない。
お盆に甲府盆地へ。盆が重なってボンボンである。8月13日はボンボン育ちの時分からずっと僕の誕生日なので(?)、バースデー勝利を期待して中央線に乗った。サッカーでボンボンというと、アルゼンチンのボカ・ジュニアーズの本拠地、ラ・ボンボネーラ(正式にはエスタディオ・アルベルト・J・アルマンド。愛称「菓子箱」)かな。アルビは勝利のチョコレート・ボンボンをプレゼントしてくれるだろうか。
ところでこのカードは「川中島ダービー」と呼ばれて久しいんだけど、読者は川中島古戦場の目と鼻の先にAC長野パルセイロの本拠地、南長野運動公園総合球技場が所在することをご存知だろうか。よく考えたら川中島は山梨県でも新潟県でもなく、長野県なのだ。「甲府と新潟の試合を長野でやってる」状態だった。僕は今年、J3第12節・長野×琉球を見に行って、へぇ、こんなに古戦場の近くなのかと驚いたのだ。どうだろう、史実になぞらえて(多少不便でも)一度、南長野で「川中島ダービー」をやるというのは? 長野というか信濃は格好がつかないかな。自分たちは単に甲斐・越後激突の「戦場」という立ち位置だ。激突するのは勝手だが、よそでやってくれと思うかもしれない。
だから甲府盆地の真ん中、山梨中銀スタジアムだ。蒸し暑かった。ここは2013年に日中40℃近く行ったことがあって、まぁ試合は夕方からだったが、甲府も新潟もよくぞサッカーの試合をやり切ったと変な感銘を受けたものだ。暑さに関しては日本有数のスタジアム。だけど、この日は息が苦しくなかった。2013年と比べてぜんぜんマシだ。湿度のおかげで後半バテそうだけど、息ができるのは有難い。今年8月も二度ほど39℃台を記録してる土地なのだ。そんな日に当たらなくてラッキーだろう。
さて気候は暑くて、甲府戦だ。サッカー好きなら十人が十人イメージする試合展開があると思う。甲府は堅守速攻だ。守るときは5-4-1にして、その1の突破力でカウンターを仕掛ける。1は今季途中まではクリスティアーノ(柏へ移籍)が、現在は補強されたドゥドゥが担当する。ドゥドゥは前日練習で内転筋を痛めたという報道が新聞に出たが、何のことはない元気にスタメンを張った。とにかく先に失点するのは避けなくちゃいけない。フタをされたら打開は極めて困難だ。
で、これが十人が十人イメージする通りの試合になった。甲府側から見れば「こうなるといいな」、新潟側から見ると「こうなったら最悪だな」が現実になる。前半35分にPKを献上し先に失点(得点者ドゥドゥ)、そのまま守りを固められて、枠内シュート0の完敗だ。といって甲府が「アンチフットボール」だって話じゃなくてね、特に前半は右サイドを何度もえぐられていた。新潟はちょっとどうしたかなと思うほど、ミスが多くて動きも悪かった。僕は今季ワーストゲームだと思う。
試合後のコメントを検討しよう。僕は「十人が十人イメージする通り」という表現を使ったが、両軍の監督さんが「わかっていた」「十分に気をつけていた」「さんざん確認した」であったり、「予定通り」「ミーティング通り」という言葉を用いている。つまり、この試合はものすごく想定内でことが推移したようだ。
「この試合が大事だということは新潟を取り巻く人、甲府を取り巻く人、すべての人がわかっていて、わかった上で臨んだ試合でした」
「チャンスを作られる時間帯にラインの操作というか、一発で背後を取られるシーンが前半にありましたが、十分に気をつけていたところです。そこでラインが壊れてCKを取られたところ、その悪い時間に失点をしてしまいました」
「ドゥドゥに対してのあのやられ方、彼がどうやってくるかは、既にハーフタイムという段階ではなく、選手たちの頭に入っていたことです。それができないのは、ドゥドゥに対する認識が甘いわけで、予定通りやられるというのはプロとしてやってはいけないことです」
「こうなるかもしれないというのは、さんざん確認したもので、更に徹底してプレーをさせなければいけなかったと思います」(以上、吉田達磨監督・会見コメントより)
「相手のサイドバックを一度ウイングバックが引きつけ、その後に背後を取る。ミーティング通りのプレーをやってくれた。傷つきながら、サッカー人生をかけて頑張ってくれた選手たちに感謝したい」(甲府・佐久間悟監督・会見コメントより)
真意は(叱咤激励等)別にあるにせよ、敗軍の将は「言ったことを選手がやれないんですよ」というニュアンスだ。一方、勝った監督はやり遂げた選手らに感謝している。僕は試合で凹んで、会見聞いてまた凹んだなぁ。これは選手の質かオーガナイズか、どっちかがよくないことになってしまう。
選手コメントにも「狙ったプレー」「狙いどころとしてあった」といった想定がらみのフレーズが目についた。
「(後半ファウルが増え、新潟の選手が熱くなったのも)甲府が狙ったプレー。思うつぼだった」(端山豪コメント)
「(相手の中盤へのけん制について)攻撃の起点になるので意識して前に行った。ただ川崎とは違い、新潟はそれほどポゼッションを崩してこない。やられる気はあまりしなかった」(甲府・保坂一成コメント)
「相手のサイドバックの裏は狙いどころとしてあった。得点にはつながらなかったが、何度かいいタイミングで走れた」(同・松橋優コメント)
何もできずに甲府を去ることになってしまった。達磨さんはそう言って悔しさをにじませた。いやー、困った。この無力感は何だろう。このすごろくは何度ふりだしに戻る? 一体すごろくは「あがり」へ向かうのか? お盆休み返上で駆けつけたサポーターのブーイングが耳に残る。彼らは「何もできずに甲府を去る」を見せられて甲府を去った。何が悔しいってそれだよ。
附記1、この試合、うちのラファエル・シルバ選手は出場停止だったわけですけど、リオ五輪の柔道女子57キロ級で「ラファエラ・シルバ」選手が金メダル、男子100キロ超級で「ラファエル・シルバ」選手が銅メダルを獲りましたね。何かすんごい嬉しかったですよ。
2、チョコレート・ボンボンの代わりに「ヴァンフォーレ信玄餅」を購入して帰りました。つまり、バースデー信玄餅という生涯初の甘味を経験したことになります。
3、この週末、完全に凹んでたんですけど、リオ五輪の女子マラソン中継を見ていて、福士加代子選手が高校時代の恩師に言われたという言葉にハッとしました。「負けたことに負けるな」。負けることはスポーツである以上、必ずある。負けをどう経験化して、次につなげるかということですね。福士さんは明るいキャラですけど、負けて強くなった方なんだな。次節・福岡戦へ向けて顔を上げましょう。アルビよ、負けたことに負けるな。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第8節(第2ステージ)、甲府×新潟。
今年から「山の日」の祝日ができて、お盆の人の動きが変わったんじゃないかと思う。盆の入りは13日だけど、11日から休みという人も多くて「プレ盆」状態である。で、「プレ盆」の人が週明け15日から仕事だったりして、つまりこれは「フレックス盆」「オフピーク盆」みたいなものが始まったのだろうか。たぶんご先祖様も興味深く見守っておられるに違いない。
お盆に甲府盆地へ。盆が重なってボンボンである。8月13日はボンボン育ちの時分からずっと僕の誕生日なので(?)、バースデー勝利を期待して中央線に乗った。サッカーでボンボンというと、アルゼンチンのボカ・ジュニアーズの本拠地、ラ・ボンボネーラ(正式にはエスタディオ・アルベルト・J・アルマンド。愛称「菓子箱」)かな。アルビは勝利のチョコレート・ボンボンをプレゼントしてくれるだろうか。
ところでこのカードは「川中島ダービー」と呼ばれて久しいんだけど、読者は川中島古戦場の目と鼻の先にAC長野パルセイロの本拠地、南長野運動公園総合球技場が所在することをご存知だろうか。よく考えたら川中島は山梨県でも新潟県でもなく、長野県なのだ。「甲府と新潟の試合を長野でやってる」状態だった。僕は今年、J3第12節・長野×琉球を見に行って、へぇ、こんなに古戦場の近くなのかと驚いたのだ。どうだろう、史実になぞらえて(多少不便でも)一度、南長野で「川中島ダービー」をやるというのは? 長野というか信濃は格好がつかないかな。自分たちは単に甲斐・越後激突の「戦場」という立ち位置だ。激突するのは勝手だが、よそでやってくれと思うかもしれない。
だから甲府盆地の真ん中、山梨中銀スタジアムだ。蒸し暑かった。ここは2013年に日中40℃近く行ったことがあって、まぁ試合は夕方からだったが、甲府も新潟もよくぞサッカーの試合をやり切ったと変な感銘を受けたものだ。暑さに関しては日本有数のスタジアム。だけど、この日は息が苦しくなかった。2013年と比べてぜんぜんマシだ。湿度のおかげで後半バテそうだけど、息ができるのは有難い。今年8月も二度ほど39℃台を記録してる土地なのだ。そんな日に当たらなくてラッキーだろう。
さて気候は暑くて、甲府戦だ。サッカー好きなら十人が十人イメージする試合展開があると思う。甲府は堅守速攻だ。守るときは5-4-1にして、その1の突破力でカウンターを仕掛ける。1は今季途中まではクリスティアーノ(柏へ移籍)が、現在は補強されたドゥドゥが担当する。ドゥドゥは前日練習で内転筋を痛めたという報道が新聞に出たが、何のことはない元気にスタメンを張った。とにかく先に失点するのは避けなくちゃいけない。フタをされたら打開は極めて困難だ。
で、これが十人が十人イメージする通りの試合になった。甲府側から見れば「こうなるといいな」、新潟側から見ると「こうなったら最悪だな」が現実になる。前半35分にPKを献上し先に失点(得点者ドゥドゥ)、そのまま守りを固められて、枠内シュート0の完敗だ。といって甲府が「アンチフットボール」だって話じゃなくてね、特に前半は右サイドを何度もえぐられていた。新潟はちょっとどうしたかなと思うほど、ミスが多くて動きも悪かった。僕は今季ワーストゲームだと思う。
試合後のコメントを検討しよう。僕は「十人が十人イメージする通り」という表現を使ったが、両軍の監督さんが「わかっていた」「十分に気をつけていた」「さんざん確認した」であったり、「予定通り」「ミーティング通り」という言葉を用いている。つまり、この試合はものすごく想定内でことが推移したようだ。
「この試合が大事だということは新潟を取り巻く人、甲府を取り巻く人、すべての人がわかっていて、わかった上で臨んだ試合でした」
「チャンスを作られる時間帯にラインの操作というか、一発で背後を取られるシーンが前半にありましたが、十分に気をつけていたところです。そこでラインが壊れてCKを取られたところ、その悪い時間に失点をしてしまいました」
「ドゥドゥに対してのあのやられ方、彼がどうやってくるかは、既にハーフタイムという段階ではなく、選手たちの頭に入っていたことです。それができないのは、ドゥドゥに対する認識が甘いわけで、予定通りやられるというのはプロとしてやってはいけないことです」
「こうなるかもしれないというのは、さんざん確認したもので、更に徹底してプレーをさせなければいけなかったと思います」(以上、吉田達磨監督・会見コメントより)
「相手のサイドバックを一度ウイングバックが引きつけ、その後に背後を取る。ミーティング通りのプレーをやってくれた。傷つきながら、サッカー人生をかけて頑張ってくれた選手たちに感謝したい」(甲府・佐久間悟監督・会見コメントより)
真意は(叱咤激励等)別にあるにせよ、敗軍の将は「言ったことを選手がやれないんですよ」というニュアンスだ。一方、勝った監督はやり遂げた選手らに感謝している。僕は試合で凹んで、会見聞いてまた凹んだなぁ。これは選手の質かオーガナイズか、どっちかがよくないことになってしまう。
選手コメントにも「狙ったプレー」「狙いどころとしてあった」といった想定がらみのフレーズが目についた。
「(後半ファウルが増え、新潟の選手が熱くなったのも)甲府が狙ったプレー。思うつぼだった」(端山豪コメント)
「(相手の中盤へのけん制について)攻撃の起点になるので意識して前に行った。ただ川崎とは違い、新潟はそれほどポゼッションを崩してこない。やられる気はあまりしなかった」(甲府・保坂一成コメント)
「相手のサイドバックの裏は狙いどころとしてあった。得点にはつながらなかったが、何度かいいタイミングで走れた」(同・松橋優コメント)
何もできずに甲府を去ることになってしまった。達磨さんはそう言って悔しさをにじませた。いやー、困った。この無力感は何だろう。このすごろくは何度ふりだしに戻る? 一体すごろくは「あがり」へ向かうのか? お盆休み返上で駆けつけたサポーターのブーイングが耳に残る。彼らは「何もできずに甲府を去る」を見せられて甲府を去った。何が悔しいってそれだよ。
附記1、この試合、うちのラファエル・シルバ選手は出場停止だったわけですけど、リオ五輪の柔道女子57キロ級で「ラファエラ・シルバ」選手が金メダル、男子100キロ超級で「ラファエル・シルバ」選手が銅メダルを獲りましたね。何かすんごい嬉しかったですよ。
2、チョコレート・ボンボンの代わりに「ヴァンフォーレ信玄餅」を購入して帰りました。つまり、バースデー信玄餅という生涯初の甘味を経験したことになります。
3、この週末、完全に凹んでたんですけど、リオ五輪の女子マラソン中継を見ていて、福士加代子選手が高校時代の恩師に言われたという言葉にハッとしました。「負けたことに負けるな」。負けることはスポーツである以上、必ずある。負けをどう経験化して、次につなげるかということですね。福士さんは明るいキャラですけど、負けて強くなった方なんだな。次節・福岡戦へ向けて顔を上げましょう。アルビよ、負けたことに負けるな。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
