【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第5回

2009/4/9
「単独首位」

 J1第4節「新潟×横浜FM」、これは雨中の決戦となった。気温12.3℃ということだが、サポーターはこたえただろう。ひかりTVのモニターを通して試合を見た自分は、「あの日、起きたことの半分もわかってない自信」がある。自信というのが変なら自覚というのか。

 サッカーは特権的に、その場にいた者のものだ。例えば雨に打たれ、例えば寒さにふるえ、勝負の潮目の変わるのを体感し、歓喜し、落胆し、全身でビリビリしびれた者のものだ。
 
 で、雨は名演出家じゃないかと思う。不思議なんだけど、雨の試合は劇的な結末が用意されていたり、こう、ずっと記憶に残って、「あの試合は凄かった」と後々、語り草になったりするケースが多い。あれは何故なんだろう、カッパを着て、Gパンのスソや靴がびしょ濡れになって、それでも見ることに意識的になっているせいか。つまり、いっしょうけんめい見るから見えてくるのか。
 
 雨つぶの向こうに、美しいもの、とてつもないものが出現する。いや、そもそも雨の情景自体に詩情がある。サッカーのエッセンスでいうと、ピッチは走り、プレーヤーは技術の巧拙を露わにする。でも、僕の言ってるのはそれ以上のことだ。それ以上のことが、どんなことかというのは、あの日、ビッグスワンにいて、全身ビリビリしびれた者がハートでわかっている。
 
 僕の試合後の感想を言おう。
 すっげー。
 すっげーですよ。すっげー。
 決勝点、何ですかあのわかり合い方は。潮目が動いたのを感じ合ってるさまは。スローインから大島がヘディングのパス、松下がサイドスペースへ縦パス、チョ・ヨンチョルがセンタリング、そこまでトントントーンですよ。一瞬の迷いも逡巡もない。
 で、エリアへ向かって誰よりも早く走っていたのが、矢野貴章。
 関わった全員がわかり合い、確信を持っている。何であんなことが起きるのか。
 ロスタイムの劇的ゴール。
 
 僕はアレですね、嫉妬です。特権的に雨に打たれ、特権的に身体が冷えきり、そのあげくの果てに全身ビリビリで「キショー!」とか叫んだ人に嫉妬です。そりゃあんた、びしょびしょのべちゃべちゃのいかれぽんちが一番えらい。
 
 後半40分、大島の「幻のゴール」の芸術点も高かったでしょう。普通のシナリオなら、あれが劇的ゴールでエンドマークが出る。だってドラマ性高いですよ。美しいですよ。
 ジウトンが放り込んだボールを矢野がいち早く察知し、カンフーキックのような折り返しを見せる。テコンドー有段者というイブラヒモビッチばりだ。で、そんなアクロバティックな折り返しが来るのを大島が信じて疑わない。もう頭から飛んでいる。「この試合もらったーっ」という手応え。大島が古巣相手に勝負を決める必然性。
 そしたらオフサイドですよ。あの「幻のゴール」が、潮目を動かし、決勝点への伏線になったとも言えるけれど、忘れ難い美しさだった。
 
 試合全体を考えると、はっきり研究されてきたなぁと実感があった。横浜FMは結果に結びついていないようだけど、どえりゃー強いチームだ。狩野健太が危険でしたね。あと田中裕介がホントに頑張って矢野貴章にマッチアップしていた。
 ただ新潟の先制点、ジウトンのクロスに対角線から切り込むマルシオのヘッドは、開幕以来、横浜FMが失点を重ねたパターン。鈴木淳監督だって研究している。
 
 守戦にまわる時間帯が長かったことを思えば、やはりガマンがきいたことが勝因になる。結果が出ているチームと出てないチームは紙一重だ。それでも、雨のビッグスワンで新潟はついに「単独首位」に立つ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。


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