【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第14回
2009/6/18
「独自の悩みや希望や落胆」
今週、僕が書いてみたいのは、試合が終わった後のサポーターの情景だ。
ナビスコカップ(Aグループ)第6節、アウェーの広島戦は5対1の大敗だった。開始早々、松下のゴールで先制するも、その後、いいところなし。広島・柏木陽介に見とれるばかりだ。ピッチレベルで30℃を超す炎天の影響もあってか、新潟の若手スタメン組に精彩が感じられない。
それでも広島ビッグアーチには100人に届きそうな数の新潟サポが来ていた。炎天に焼かれ、戦況に意気消沈しながら、選手に声をかけ続ける。
状況を整理すると、4日前、ホームの横浜FM戦を0対3で失い、チームは今年も予選リーグ敗退を決めている。言いたかないが、消化試合だ。マルシオ欠場(前節、退場)はわかっているのだから、好チーム・広島に勝ち目は薄い。
つまり、もう何がどうでもチームを見続けようという人たちが100人近く来ていた。予選敗退カンケイない、勝ち負けカンケイない、若手スタメン起用オッケー(むしろそれを見たい)という人が100人近く。それも遠方の広島じゃけんのー。
タイムアップの笛を聞いて、今日は監督会見は見ないでいいかなぁと思う。新潟は「試合終了20分後、バスで出発」というスケジュールらしいから、皆、シャワーもそこそこに会場を後にする。新潟日報の記者さんは談話をとるのが大変だろう。
ふと、あ、せっかく広島へ来てるのだから噂のマツダスタジアムを見て帰ろうと思いつく。交流戦の広島×オリックスは15時プレーボールだから、ちょうどやってる最中だ。帰りの飛行機の時間を考えたら1時間程度は新球場を楽しめるだろう。
ビッグアーチを出たら、ぼんやり坂を下ってゆくオレンジの人たちがいた。魂が抜かれたようにゆらゆらと坂を下っている。僕は「お互い、えらいもん見ちゃったねー」と声をかけたい衝動にかられた。日射しが強くて、影がくっきりと出ている。
30代くらいのオレンジ夫婦が僕の前をずっと歩いていた。なかなか声はかけられない。アストラムラインの駅まで歩いて、ホームでも声をかけられず、車中で隣りに立つがそれでも声をかけづらい。車窓の景色だけを見て、無言でお互い立っている。
本当に勇気をふりしぼって声をかける。
「失礼ですが、新潟からいらっしゃったんですか?」
「えぇ、そうですが…」
ちょっと嫌な顔をされた。僕は紺色のポロシャツを着ている。5点とって浮かれている広島サポが「どうして新潟はあんなに弱いんですか?」ぐらいのことを言ってくるんじゃないかと警戒しているかんじだろうか。
「あの、僕、公式サイトにコラムを書いてる、えのきどいちろうです」
フルネームで言ってみた。そうしたら、いきなり打ちとけた表情になる。いやー、まいったですねーと話し込んだ。こうなったら広島の町で旨いもんでも食って下さい、よい旅を、と大町駅でお別れする。
マツダスタジアム見学の後、広島駅前のリサイクル書店を覗いて、『ぼくのプレミア・ライフ』(ニック・ホーンビィ著、新潮文庫)を買った。で、帰路、広島空港の待ち時間、ANA686便の機中、羽田からの京急線車中、ニック・ホーンビィの語る「フットボールにふちどられた人生」に耳を澄ました。
アストラムラインで声をかけた御夫婦(Kさんという方だった)の、「新潟からいらっしゃったんですか?」のとき見せた表情。
空港の待合いロビーで、オレンジを身につけた人々が漂わす気配。レプリカ姿の男性はヘッドホンで音楽に聴き入っている。
疲労の色。「フットボールにふちどられた人生」は、ハタが思うほど楽じゃない。
ニック・ホーンビィはこう書く。
「フットボールが退屈だと不満をもらすのは、どこか、『リア王』のエンディングが悲しすぎると不満をもらすようなものだ。ポイントがずれている。(中略)フットボールはそれだけで別の宇宙であり、仕事と同じようにつらく真剣なものであり、そこには独自の悩みや希望や落胆があって、たまには高揚感もある」(同書「道化師」より、中略はえのきど)
「それだけではない。エヴァートンとの準決勝の夜のように、ごく稀なことではあるけれど、ここしかない時間、ここしかない場所にいるのだと心から思わせてくれるのもフットボールだ。ビッグ・ゲームの夜ハイベリーにいたり、むろんもっと重要な試合でウェンブリーにいたりすると、あたかも世界の中心にいるような気分になる」(同書「謝ることなんてない」より)
僕はもう空港や京急線で誰にも声はかけなかった。ただ彼らの疲れきった顔を眺めた。最後に見たのはオレンジのシャツの女性だ。品川駅で降りていった。
その空振りの休日に祝福あれ。あなたたちはいつか魂の揺れるような試合に出会う。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
今週、僕が書いてみたいのは、試合が終わった後のサポーターの情景だ。
ナビスコカップ(Aグループ)第6節、アウェーの広島戦は5対1の大敗だった。開始早々、松下のゴールで先制するも、その後、いいところなし。広島・柏木陽介に見とれるばかりだ。ピッチレベルで30℃を超す炎天の影響もあってか、新潟の若手スタメン組に精彩が感じられない。
それでも広島ビッグアーチには100人に届きそうな数の新潟サポが来ていた。炎天に焼かれ、戦況に意気消沈しながら、選手に声をかけ続ける。
状況を整理すると、4日前、ホームの横浜FM戦を0対3で失い、チームは今年も予選リーグ敗退を決めている。言いたかないが、消化試合だ。マルシオ欠場(前節、退場)はわかっているのだから、好チーム・広島に勝ち目は薄い。
つまり、もう何がどうでもチームを見続けようという人たちが100人近く来ていた。予選敗退カンケイない、勝ち負けカンケイない、若手スタメン起用オッケー(むしろそれを見たい)という人が100人近く。それも遠方の広島じゃけんのー。
タイムアップの笛を聞いて、今日は監督会見は見ないでいいかなぁと思う。新潟は「試合終了20分後、バスで出発」というスケジュールらしいから、皆、シャワーもそこそこに会場を後にする。新潟日報の記者さんは談話をとるのが大変だろう。
ふと、あ、せっかく広島へ来てるのだから噂のマツダスタジアムを見て帰ろうと思いつく。交流戦の広島×オリックスは15時プレーボールだから、ちょうどやってる最中だ。帰りの飛行機の時間を考えたら1時間程度は新球場を楽しめるだろう。
ビッグアーチを出たら、ぼんやり坂を下ってゆくオレンジの人たちがいた。魂が抜かれたようにゆらゆらと坂を下っている。僕は「お互い、えらいもん見ちゃったねー」と声をかけたい衝動にかられた。日射しが強くて、影がくっきりと出ている。
30代くらいのオレンジ夫婦が僕の前をずっと歩いていた。なかなか声はかけられない。アストラムラインの駅まで歩いて、ホームでも声をかけられず、車中で隣りに立つがそれでも声をかけづらい。車窓の景色だけを見て、無言でお互い立っている。
本当に勇気をふりしぼって声をかける。
「失礼ですが、新潟からいらっしゃったんですか?」
「えぇ、そうですが…」
ちょっと嫌な顔をされた。僕は紺色のポロシャツを着ている。5点とって浮かれている広島サポが「どうして新潟はあんなに弱いんですか?」ぐらいのことを言ってくるんじゃないかと警戒しているかんじだろうか。
「あの、僕、公式サイトにコラムを書いてる、えのきどいちろうです」
フルネームで言ってみた。そうしたら、いきなり打ちとけた表情になる。いやー、まいったですねーと話し込んだ。こうなったら広島の町で旨いもんでも食って下さい、よい旅を、と大町駅でお別れする。
マツダスタジアム見学の後、広島駅前のリサイクル書店を覗いて、『ぼくのプレミア・ライフ』(ニック・ホーンビィ著、新潮文庫)を買った。で、帰路、広島空港の待ち時間、ANA686便の機中、羽田からの京急線車中、ニック・ホーンビィの語る「フットボールにふちどられた人生」に耳を澄ました。
アストラムラインで声をかけた御夫婦(Kさんという方だった)の、「新潟からいらっしゃったんですか?」のとき見せた表情。
空港の待合いロビーで、オレンジを身につけた人々が漂わす気配。レプリカ姿の男性はヘッドホンで音楽に聴き入っている。
疲労の色。「フットボールにふちどられた人生」は、ハタが思うほど楽じゃない。
ニック・ホーンビィはこう書く。
「フットボールが退屈だと不満をもらすのは、どこか、『リア王』のエンディングが悲しすぎると不満をもらすようなものだ。ポイントがずれている。(中略)フットボールはそれだけで別の宇宙であり、仕事と同じようにつらく真剣なものであり、そこには独自の悩みや希望や落胆があって、たまには高揚感もある」(同書「道化師」より、中略はえのきど)
「それだけではない。エヴァートンとの準決勝の夜のように、ごく稀なことではあるけれど、ここしかない時間、ここしかない場所にいるのだと心から思わせてくれるのもフットボールだ。ビッグ・ゲームの夜ハイベリーにいたり、むろんもっと重要な試合でウェンブリーにいたりすると、あたかも世界の中心にいるような気分になる」(同書「謝ることなんてない」より)
僕はもう空港や京急線で誰にも声はかけなかった。ただ彼らの疲れきった顔を眺めた。最後に見たのはオレンジのシャツの女性だ。品川駅で降りていった。
その空振りの休日に祝福あれ。あなたたちはいつか魂の揺れるような試合に出会う。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!