【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第20回

2009/7/30
「スープのなか」


 J1第18節、横浜FM×新潟。四の五の言うより、両軍ベテラン選手の試合後コメントを紹介した方が早い。
 「今日は見ての通りです。相手の足が止まっただけで、自分たちがどうこうしたわけではない。後半は、いいサッカーをしているように見えたかもしれないけど違う。そこで満足してはいけない。同点に追いついたのは良いことだと思う」(中澤佑二/横浜FM)
 「先制したので、後半の立ち上がりは気をつけなきゃいけない時間帯だった。そこで失点してもったいなかったが、よく頑張ったし、貴重な勝ち点1だと思う。今日は新潟ではないような暑さだった。自分のゴールで勝ちたいと思い描いていたけど、バテてしまいました(笑)」(大島秀夫/新潟)

 簡単に経過を振り返ると、前半は均衡の崩れない展開。想像より横浜FMが出て来ない。バランスを崩さず、こちらに合わせたサッカーをしている。これは助かるなぁと思った。ここで攻め切って得点を奪ってしまいたい。この日はマルシオ、千代反田欠場で苦戦は必至だった。その上、サウナ並みの湿度だ。記者席に座ってるだけで汗がふき出してくる。先手をとって粘り勝ちに持ち込みたい。

 積極的に攻めていたが、あと一歩及ばない。ちょっと嫌な予感がしてくる。この時間帯に点を奪えないと、最終的には手ひどい目に逢うのじゃないか。スイッチが入って積極性が出たときの横浜FMはとんでもなく強い。どう考えたって新潟は後半、バテるだろう。

 突破口を開いたのは千葉のロングフィードだった。意表をついた。右サイド、矢野貴章がDFの裏へ飛び出す。胸トラップで落とし、2タッチ目でピタッと位置におさめる。ここで勝負あった。左足でゴール右隅へ流し込む。24分の先制ゴール。パターンとしてはセリエAっぽいファインゴールだ。

 鈴木淳監督のハーフタイムコメント。
 「・後半も粘り強く戦うこと。前半はできているぞ。・セットプレー、立ち上がりに気をつけること。勝って帰るぞ」
 イメージは共有されていた。それでも後半開始早々の47分、交代で入った坂田大輔に同点弾を食らう。完全に防ぎ切れるとは思わなかったが、それにしても早い。残り43分、新潟は徹底的に押し込まれた。

 いや、心臓に悪かった。セカンドボールをことごとく拾われ、波状攻撃を受ける。瀬戸際のクリアが続く。湿った空気がスープのように重い。スープのなかで新潟の防戦が続く。

 僕は1対1のままタイムアップの笛を聞いたとき、出来すぎだと思った。よく粘ったなぁ。あり得ないですよ。新潟は、監督も選手も本当にガマン強い。サッカーは面白いもので、鮮やかな勝利はもちろん気持ちいいけれど、こういう耐えに耐えて、まんまと引き分けに持ち込み、勝ち点1を奪う「脱出劇」もカタルシスがある。

 これから苦手の夏場を迎える。「関東甲信の梅雨明け宣言」後も、どういうわけか梅雨前線が居すわり、ひょっとすると気象庁のフライングだったんじゃないかという声が聞こえるが、いずれにしても高温多湿のなかでサッカーのクオリティを保つ必要がある。

 新潟の夏は一般に思われているほど涼しいわけじゃないが、それでも関西、首都圏とは気候が違う。まぁ、コンサドーレ札幌ほど極端じゃないにしても、北国のチームは「暑さに弱い」共通のハンデを抱えている。シーズン後半戦の初戦はその第一関門だった。上を目指すなら、夏を越えるノウハウをクラブに蓄えるべきだろう。


附記1 この日、仰天したのは日産スタジアムの電光板に「ただ今のホイッスルはオフサイドです」という説明文が掲示されたことだ。前半30分だった。いやー、珍しいことするなぁ。その後、オフサイドを待つ心境になったが、掲示されたのは一回きり。

2、これをビッグスワンに導入したとする。僕の想像する文面はこうだ。「いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。ただ今のホイッスルはオフサイドです」。あ、アウェー側のサポも見るからダメかこりゃ。

3、僕はクラブ公式サイトの、とにかくまず「いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます」を言ってから本題に入る広報スタイルには感銘を受けている。あれは秀逸ですよ。最近、ちょっと少なめかなぁ。たまにお願いします。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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