【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第105回

2011/8/25
「越後中里から乗ってきた人」

 越後中里駅に下車したときは熱気でくらっとした。青春18きっぷの旅だ。考えたが、青春18最大の強みは途中下車ではないか。僕はもっと新潟を知りたい。先日、テレビ番組表を見ていたら『ドライブシート』(BSフジ)という紀行番組で「越後のミケランジェロ・石川雲蝶を知る旅」という企画をやっていて、もう僕は最近、「新潟」「越後」という単語に反応する習慣ができているので、すぐ録画予約した。

 幕末から明治にかけての木彫家、石川雲蝶の仕事が南越後一帯に残っているのだった。過剰性が面白い。ポップな感覚もある。僕がパッと連想したのは熊本の松本喜三郎だ。以前、熊本現代美術館がユニークな展覧会を企画した。松本喜三郎の「生人形」と石川雲蝶の木彫と、感性や作風こそ違え、共通しているのは幕末明治期に爛熟した技巧の凄みだろう。こういうのは自分で現地へ出向かないと一生見られない。そこで今回から「1青春、1雲蝶」を心がけることにした。

 というわけで越後中里駅から徒歩で「瑞祥庵」を目指す。直射日光が照りつけ、これは今日の浦和戦、どえらい暑さだなと覚悟する。お目当ての山門・仁王像はアニメキャラくらいポップな造形だった。初回ということで永林寺や西福寺開山堂のようなメジャーどころは避け、ちょこっと見て帰れるとこを選んだのだが、スキー場の町の夏景色を楽しめてなかなかよかった。駅前でお祭りの準備やってたよ。

 だもんで次の上越線には「越後中里から乗ってきた人」という状態で乗り込むことになる。車両は浦和サポでいっぱいだ。席に荷物を置いてた浦和サポがいたので「座らせてくれますか」と申し出て、長岡までの座席を確保する。僕の車両にはそういう赤い人がけっこういて、で、立ちっぱの赤い人もいるのだ。何で同じサポどうし、席を融通しないのか不思議だった。小千谷くらいからちらほらオレンジのレプリカも乗ってくる。

 僕は浦和戦は何で分が悪いのかなぁと考えるのだった。今季もそうだが、もう戦績的にも大差ないじゃないか。主力を持っていかれるわりに順位で上回ったりしている。が、対戦成績はさっぱりだ。意識過剰なのか。僕は「小千谷から乗ってきた人」も「座らせてくれますか」と言えばいいと思う。言えば荷物を網棚へ上げるだろう。つまり、遠慮はいらない。

 ていうか遠慮してる場合じゃないのだ。この夏はダンゴ状の「降格圏外」中位グループを抜け出せるかどうかのポイントだ。連勝連敗で大きくポジションが変わる。浦和も内実はしんどいと思うよ。

 ビッグスワンは前節に続いて盛況だった。3万7千強の観客動員。やっぱりこのくらい入ると燃えますね。18時のキックオフ時刻になってもまだ空が明るい。この1時間早い開始はアヤを作るんではないか。間違いなくピッチは気温30℃を超えている。

 試合。そうしたら浦和が徹底してプレスをかけてきた。状況的には「省エネで後半勝負」を選択しそうなもんだが、その逆を突く。僕には奇襲戦法に思えたが、スカウティングで導き出したチョイスなのだろう。新潟は対応に追われる。これは前半、ガマンがきくかどうかが見どころになった。

 前半8分の失点は原口元気、山田直輝にしてやられた。まぁ、浦和のハイプレスにバタバタしてる状況で強奪された1点。まぁ、あっさり取られてもったいないけれど、流れを考えればあっても仕方ない失点。浦和はハイプレスを継続し、セカンドボールを拾う。新潟はずっと窮屈な戦いを続ける。前半38分、セットプレーから痛恨の2失点め。しかも、永田充だ。ここ耐えられなかったかなぁ。ここだよ、ここ。

 0対2で折り返し。興味は浦和のプレスがいつまでもつかになってきた。この暑さだ、どこかでガクンと落ちることが考えられる。読者はこの試合、「浦和の選手は技術があって、新潟はヘタだな」と思わなかっただろうか。まぁ、個々のタレントの巧拙はある。が、それ以上にあれはプレスの効用だ。

 選手のプレーは簡単に言って、時間とスペース次第だ。ボールを持ったとき、時間とスペースがあればあるだけ自由に展開が作れる。プレスはこの時間を奪う戦術だ。パスを受けて、瞬時に次のプレーを選択しないと敵が来る。当然、ミスも多くなる。まだ新潟はスタイルが仕上がっていないのだ。時間を与えられないと意図が合わず、攻めが作れない。叉、苦しいなかで立ち戻るべき基本線が弱い。

 後半は2本のPKで追いすがったけれど、追加点も奪われ、2対3の敗戦に終わる。浦和は足がなくなってきたところを交代選手でうまくしのいだ。いやー、敵の術中にまんまとはまった。新潟はチームを完成させる途上で、こういう試合もあると大いに勉強になっただろう。

 とはいえあの大入りのビッグスワンで「勉強になった」でいいのかという問題は残る。かくして僕は「越後中里から乗ってきた人」の時点まで戻ってしまうのだ。浦和戦は何で分が悪いのかなぁ。今季は1勝1分で全然おかしくなかった。が、実際の星勘定は1敗1分なのだ。

附記1、今、読み返してみたら、(気に入らないらしくて)明らかに試合の再現描写が不熱心ですね。すいません。だけど、僕は前半0対2で、へへー、これひっくり返したら勢いつくぞーと信じて疑わなかったんですよね。

2、あ、そうそう「健さん」、スワンへ復帰してました。山田直輝の3点めのときなんか、浦和ゴール裏をガン見ですよ。血がどあーっと逆流していた。

3、一泊して翌日は新潟日航ホテルで「小早川さんを思う会」。田中亜土夢選手が声をつまらせながらスピーチしてくれて、感動的でした。浦和戦もいいミドルありましたね。がんばれがんばれ、本物になれ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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