【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第127回
2012/4/26
「サクラサク」
J1第6節、C大阪×新潟。
コラムタイトルは公式HPトップのコピーをそのまま拝借。「サクラサク」、名コピーですね。本来は合格通知の電報文だから3月中にすませておきたかったとも言えるけど、新潟の遅い桜の開花と、チームがセレッソ(桜)を退け、待望のリーグ戦初勝利をあげたという2つの喜びが見事に表現されている。つまり、春がやってきた。桜はやっぱり美しいよ。勝利は嬉しいよ。春はいいもんだねぇ。
誰が考えてもこの試合の肝はミシェウのスタメン復帰だ。僕は深呼吸をして、キックオフの瞬間を待った。もう、ノーエクスキューズだ。今日がダメなら本当にえらいことになる。アルビレックス新潟はたぶんガタガタになるだろう。それは現場が考えてるより深刻だと思った。ホームの動員が1万人減るのは、新潟のようなインデペンデントなクラブには痛打だ。「Jリーグ最強」のサポーター力が消えたら、これは補強もきかない。
最善は勝つこと。次善は本来のサッカーを示すこと。まぁ、勝敗は時の運でもあるから、勝てなくても希望が見出せたらいいと考えていた。目を皿にして希望の芽を見つけ、「ほら、ここに希望がある」と読者に伝えるのが自分の役割かなぁとも思っていた。果たしてミシェウのスタメン復帰が劇的な効果をもたらすだろうか。そんないきなりうまく行くものだろうか。
それが劇的に変わっていた。こんなに違うのかと僕は目を見張る。チームの動きに軸が生まれた。タメができて、持ち上がれる。あるいは下がってリズムを整えられる。僕はサイドで持って、相手DFを2、3人引きつけて個人技の切り返しで抜くようなシーンにも感心したけれど、それ以上にチームの個をそれぞれに生かしてしまった扇の要っぷりに感じ入った。ミシェウ・ジェファーソン・ナシメントはものすごい選手だ。もはや存在感は往時のマルシオ・リシャルデス級。ジェフ千葉はこんな選手をよく手放してくれた。
その感じについてもう少し書く。僕が言ってるのは「上手い選手がいると他まで上手くなる」現象と重なっているんだけど、本質的には別のことだ。「上手い選手がいると他まで上手くなる」は、サッカーではよくあることだ。ひとりのゲームメーカータイプが他の持ち味を引き出す。が、この日、僕らが目撃したのは「サッカーがサッカーになる」ぐらいの劇的な効果だ。サッカーにへそができる。皆、ミシェウを見て、あるいはミシェウを感じて、サッカーをとり戻していた。これまで窮屈そうに奮戦していたひとりひとりがサッカーのなかで呼吸をする。
んと、ちょっと脱線させてもらえますか。こないだね、録画したまま放っといた『井上ひさしとてんぷくトリオのコント』(NHK-BSプレミアム3月24日放映)を見たんですよ。若き日の井上ひさしがてんぷくトリオに書いたコント台本を中村獅童×田中直樹×山口智充で再演する企画。そのなかで萩本欽一がコメントするくだりがあったんだけど、欽ちゃんが言ってるニュアンスが今回、ミシェウ効果から僕が感じとったものにすごく近い。
「浅草のね、コントのコツというかひとつの流れがあるんですね。それは、浅草のコントっていうのは、空気を言うとか、空気を動かすとか、空気を笑わすっていうんですね。活字に書けない部分を、言う、動かす、笑いにするっていうところがあるんですね」
「次から次へと何かが起こるように(井上台本は)よく作られてますねぇ。だから、そのぐらい動きやすいという。我々でいうとおかしいコントになるとかじゃなくて、あ、これすごく動きやすいっていう、こういうことに喜びを得、感じてスタートしますから。ですからそういう沢山色んなことができるっていう」
井上ひさしは小説でも脚本でも地口や言葉遊びを多用したけれど、もうひとつ登場人物の設定に徹底的に凝るところがあった。その構造設定が「動きやすい」と欽ちゃんは言うのだ。シチェーションを与えられただけで、台詞以前に身体が動きだす。台本にない「空気」が動く。動いた「空気」を言うと客がドッと来る。その「空気」をたたみかけて笑いをグングン動かしていく。
サッカーに置き換えると、台本はたぶん戦術やゲームプランに相当するのだろう。それはそれだけじゃ生きていない。命をふきこむために選手は頑張るんだけど、頑張るだけじゃ足りない領域がある。頑張りとか気持ちとかモチベーションでは解決不能の領域だ。それは何かというと欽ちゃんが「空気」という言葉で表現したようなものだ。ミシェウはその「空気」の動きをチームにもたらした。
実際、選手らはすごく動きやすかったと思う。よく「チームのコンダクター」というけれど、別に指揮棒を振るってるわけじゃない。そこで持ち、そこでタメを作り、そこで粘り、配球するだけで「空気」が動いていく。その「空気」の動きを感じて、選手らはときに攻め上がり、ときに落ち着かせ、「台本」を生かしていけばいい。
後半40分、必然のゴールが生まれる。それまでだってかなり押し込んで、決定的な場面を作っていたけど、動いた「空気」は途中出場の矢野貴章をヒーローに指名する。矢野はそれを感じとっていた。DFのクリアミスが来る。この男が決めないとチームが勢いづかない。抑えた弾道のシュートがファーのサイドネットを揺らす。痛快無比の決勝ゴール。やった。この試合もらった。
結果は次善どころか最善まで届いた。このサッカーを続けていけば必ず道はひらける。僕は苦しみのなかで努力を続けたチーム関係者、スタッフ、選手らにさっきNHK録画で聞いたばかりの井上ひさしの言葉を贈ろう。アルビレックス新潟は不屈であれ。
「悩みごとや悲しみは最初からあるが、喜びは誰かが作らなければならない。この喜びのファンダメである笑いを作り出すのが私の務めです」
附記1、ナビスコ神戸戦は平井将生の決勝ゴールで、「キショー」「ショーキ」の決勝弾揃い踏みですね。いちばん欲しかったところです。グッとムードが上がる。
2、今週から新潟日報コラムが始まって、同じ試合を2通り書き分けるという、ライターとしては大変魅力のある作業に挑戦しました。日報コラムでは三門選手、オチに使っちゃってすいません。だけど、赤ちゃんが生まれて新米パパが頑張る図は、サッカーを知らない読者にも共感や親近感を持ってもらえると考えました。そのなかのひとりでもスタジアムに三門選手を応援しに来てくれたらと思います。本当は後半、もんのすげえミドルあったでしょ。あれ決めて、ゆりかごダンスが最高の流れだったですね。
3、セレッソ戦でいいなぁと思ったのは、タイムアップして栗原広報がたぶん貴章のヒーローインタビューのダンドリ伝えに行ったんだね、画面に映って泣いてんだよ。サッカーの商売やってて、勝つのも負けるのも仕事だと思うんだけど、栗原さん嬉しくて泣いてた。よかったなぁとこっちまでジーンときた。そしたらヒーローインタビュー終わって、貴章が受け取った「ハンバーガーのぬいぐるみ」を回収したんだろうね。ゴール裏の歓声に応えに行く貴章の後を、「ハンバーガーのぬいぐるみ」持った栗原さんが目をうるませて追いかけるんだ。「ハンバーガーのぬいぐるみ」持ってあんなに感極まってる男を僕は初めて見たよ。最初に誰かにあずけられたらよかったけど、持ってゴール裏へ行ったからずっと持ってなきゃいけなかったんだ。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第6節、C大阪×新潟。
コラムタイトルは公式HPトップのコピーをそのまま拝借。「サクラサク」、名コピーですね。本来は合格通知の電報文だから3月中にすませておきたかったとも言えるけど、新潟の遅い桜の開花と、チームがセレッソ(桜)を退け、待望のリーグ戦初勝利をあげたという2つの喜びが見事に表現されている。つまり、春がやってきた。桜はやっぱり美しいよ。勝利は嬉しいよ。春はいいもんだねぇ。
誰が考えてもこの試合の肝はミシェウのスタメン復帰だ。僕は深呼吸をして、キックオフの瞬間を待った。もう、ノーエクスキューズだ。今日がダメなら本当にえらいことになる。アルビレックス新潟はたぶんガタガタになるだろう。それは現場が考えてるより深刻だと思った。ホームの動員が1万人減るのは、新潟のようなインデペンデントなクラブには痛打だ。「Jリーグ最強」のサポーター力が消えたら、これは補強もきかない。
最善は勝つこと。次善は本来のサッカーを示すこと。まぁ、勝敗は時の運でもあるから、勝てなくても希望が見出せたらいいと考えていた。目を皿にして希望の芽を見つけ、「ほら、ここに希望がある」と読者に伝えるのが自分の役割かなぁとも思っていた。果たしてミシェウのスタメン復帰が劇的な効果をもたらすだろうか。そんないきなりうまく行くものだろうか。
それが劇的に変わっていた。こんなに違うのかと僕は目を見張る。チームの動きに軸が生まれた。タメができて、持ち上がれる。あるいは下がってリズムを整えられる。僕はサイドで持って、相手DFを2、3人引きつけて個人技の切り返しで抜くようなシーンにも感心したけれど、それ以上にチームの個をそれぞれに生かしてしまった扇の要っぷりに感じ入った。ミシェウ・ジェファーソン・ナシメントはものすごい選手だ。もはや存在感は往時のマルシオ・リシャルデス級。ジェフ千葉はこんな選手をよく手放してくれた。
その感じについてもう少し書く。僕が言ってるのは「上手い選手がいると他まで上手くなる」現象と重なっているんだけど、本質的には別のことだ。「上手い選手がいると他まで上手くなる」は、サッカーではよくあることだ。ひとりのゲームメーカータイプが他の持ち味を引き出す。が、この日、僕らが目撃したのは「サッカーがサッカーになる」ぐらいの劇的な効果だ。サッカーにへそができる。皆、ミシェウを見て、あるいはミシェウを感じて、サッカーをとり戻していた。これまで窮屈そうに奮戦していたひとりひとりがサッカーのなかで呼吸をする。
んと、ちょっと脱線させてもらえますか。こないだね、録画したまま放っといた『井上ひさしとてんぷくトリオのコント』(NHK-BSプレミアム3月24日放映)を見たんですよ。若き日の井上ひさしがてんぷくトリオに書いたコント台本を中村獅童×田中直樹×山口智充で再演する企画。そのなかで萩本欽一がコメントするくだりがあったんだけど、欽ちゃんが言ってるニュアンスが今回、ミシェウ効果から僕が感じとったものにすごく近い。
「浅草のね、コントのコツというかひとつの流れがあるんですね。それは、浅草のコントっていうのは、空気を言うとか、空気を動かすとか、空気を笑わすっていうんですね。活字に書けない部分を、言う、動かす、笑いにするっていうところがあるんですね」
「次から次へと何かが起こるように(井上台本は)よく作られてますねぇ。だから、そのぐらい動きやすいという。我々でいうとおかしいコントになるとかじゃなくて、あ、これすごく動きやすいっていう、こういうことに喜びを得、感じてスタートしますから。ですからそういう沢山色んなことができるっていう」
井上ひさしは小説でも脚本でも地口や言葉遊びを多用したけれど、もうひとつ登場人物の設定に徹底的に凝るところがあった。その構造設定が「動きやすい」と欽ちゃんは言うのだ。シチェーションを与えられただけで、台詞以前に身体が動きだす。台本にない「空気」が動く。動いた「空気」を言うと客がドッと来る。その「空気」をたたみかけて笑いをグングン動かしていく。
サッカーに置き換えると、台本はたぶん戦術やゲームプランに相当するのだろう。それはそれだけじゃ生きていない。命をふきこむために選手は頑張るんだけど、頑張るだけじゃ足りない領域がある。頑張りとか気持ちとかモチベーションでは解決不能の領域だ。それは何かというと欽ちゃんが「空気」という言葉で表現したようなものだ。ミシェウはその「空気」の動きをチームにもたらした。
実際、選手らはすごく動きやすかったと思う。よく「チームのコンダクター」というけれど、別に指揮棒を振るってるわけじゃない。そこで持ち、そこでタメを作り、そこで粘り、配球するだけで「空気」が動いていく。その「空気」の動きを感じて、選手らはときに攻め上がり、ときに落ち着かせ、「台本」を生かしていけばいい。
後半40分、必然のゴールが生まれる。それまでだってかなり押し込んで、決定的な場面を作っていたけど、動いた「空気」は途中出場の矢野貴章をヒーローに指名する。矢野はそれを感じとっていた。DFのクリアミスが来る。この男が決めないとチームが勢いづかない。抑えた弾道のシュートがファーのサイドネットを揺らす。痛快無比の決勝ゴール。やった。この試合もらった。
結果は次善どころか最善まで届いた。このサッカーを続けていけば必ず道はひらける。僕は苦しみのなかで努力を続けたチーム関係者、スタッフ、選手らにさっきNHK録画で聞いたばかりの井上ひさしの言葉を贈ろう。アルビレックス新潟は不屈であれ。
「悩みごとや悲しみは最初からあるが、喜びは誰かが作らなければならない。この喜びのファンダメである笑いを作り出すのが私の務めです」
附記1、ナビスコ神戸戦は平井将生の決勝ゴールで、「キショー」「ショーキ」の決勝弾揃い踏みですね。いちばん欲しかったところです。グッとムードが上がる。
2、今週から新潟日報コラムが始まって、同じ試合を2通り書き分けるという、ライターとしては大変魅力のある作業に挑戦しました。日報コラムでは三門選手、オチに使っちゃってすいません。だけど、赤ちゃんが生まれて新米パパが頑張る図は、サッカーを知らない読者にも共感や親近感を持ってもらえると考えました。そのなかのひとりでもスタジアムに三門選手を応援しに来てくれたらと思います。本当は後半、もんのすげえミドルあったでしょ。あれ決めて、ゆりかごダンスが最高の流れだったですね。
3、セレッソ戦でいいなぁと思ったのは、タイムアップして栗原広報がたぶん貴章のヒーローインタビューのダンドリ伝えに行ったんだね、画面に映って泣いてんだよ。サッカーの商売やってて、勝つのも負けるのも仕事だと思うんだけど、栗原さん嬉しくて泣いてた。よかったなぁとこっちまでジーンときた。そしたらヒーローインタビュー終わって、貴章が受け取った「ハンバーガーのぬいぐるみ」を回収したんだろうね。ゴール裏の歓声に応えに行く貴章の後を、「ハンバーガーのぬいぐるみ」持った栗原さんが目をうるませて追いかけるんだ。「ハンバーガーのぬいぐるみ」持ってあんなに感極まってる男を僕は初めて見たよ。最初に誰かにあずけられたらよかったけど、持ってゴール裏へ行ったからずっと持ってなきゃいけなかったんだ。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
