【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第128回
2012/5/3
「斬られ役」
J1第7節、鳥栖×新潟。
これは引き立て役にされちゃったなぁ。時代劇の「斬られ役」という言葉も浮かぶ。完全に鳥栖のゲームだ。新潟はいいとこ粘って引き分けに持ち込めたかなというところ。鳥栖がいいチームなのに感心した。開幕前、サッカー誌が順位予想をするときに昇格組は点が辛いものだが、充分、J1に残れるチームに思える。かつて経営危機が報じられたときにオフィシャル通販でグッズを購入したのが、懐かしい思い出だ。僕は経営危機チームのグッズを購入する習慣があって、主に雨ガッパなんだけど、水戸とか岐阜とか大分とか、色んなのを持ってる。
TV観戦だった。どしゃ降りの佐賀県総合運動場陸上競技場、屋根のないバックスタンドにオレンジ色の一団がかたまっているのを見て、ほんの少し罪悪感にかられる。マンションのリビングでコーヒーマグを持って、呑気に見ているのとはわけが違う。くれよんバスは長駆、九州までのバスツアーを組んでいた。新潟市はこの週末、桜が見ごろだったのだ。誰も自分の愛するチームが「斬られ役」になるのを見たくはない。
佐賀県総合運動場陸上競技場はこの日がリニューアルのコケラ落しだった。僕は中学時代、久留米に住んでいたから鳥栖駅前のベアスタだったら是非行ってみたかったんだけど(僕の住んでた久留米市櫛原町からは筑後川を渡ってスグだ。自転車で鳥栖駅まで行ったことがある)、佐賀市にはあまり思い出がない。雑誌取材で熱気球に乗ったかなぁ。佐賀県というところはエリアが広くて、筑後地域と、有明海の方と、唐津の方と、一体感が生まれにくい。中学時代の僕の感覚だと鳥栖は「県境を越えたお隣り」なんだけど、佐賀市は「国鉄で長崎へ行く途中」だ。
初のJ1戦線を戦うサガン鳥栖にとっても佐賀県総合運動場陸上競技場(略し方がわからない。県陸?)はホームであってホームでないビミョーな会場だった。ここまでホーム無敗といっても、それはベアスタのことだ。大雨確実の天気予報を考えても動員は見込めない。荒天のなか、慣れない会場で試合をするのはイーブンの条件だった。ユン・ジョンハン監督は会場入りの時刻を早めて、少しでもチームを場に慣れさせようとする。
このユン・ジョンハンという監督が(地方クラブを率いてるせいかメディア露出が少ないのだが)、なかなかの人だった。2年目ということだけど、オーガナイズに手腕がある。前半、僕は「鳥栖、いいチームだなぁ」という感想しか持たなかった。本当によくチューンアップされている。守備意識の高さは去年まで当たった山形に似てるんだけど、山形よりはるかに仕掛けてくる。新潟はナビスコから中2日という事情もあったのか精彩に欠けた。とにかく対応していただけだ。僕は細かい選手コンディション等の情報を知らないんだけど、何故、セレッソ戦のスタメンじゃなかったのだろう。
鳥栖から見て怖いのはブルーノ・ロペスの突破のような個人技だけだったろう。それにしても前節、広島を抑えきって自信を深めている鳥栖守備網に完全に見切られていた。シュートまで行かない。「ブラジル人3枚+平井」の前めはある程度、自由度を任された「未完成のファンタスティック4」だ。「不完全なファンタスティック4」でもいい。これはチューンアップした守備網には効かない。何も起きない。
流れが変わったのは後半、矢野貴章が投入された時間帯だ。矢野の推進力、持ち上がる馬力が局面を動かした。新潟が得点するとしたらここだった。流れのなかで崩せたのも唯一、この時間帯だ。ところがユン・ジョンハン監督が見事だった。勝負手を打ってくる。強化指定選手の清武功輝(福岡大)だ。新潟が引き立て役を務めたのは、この若者の鮮烈なJデビューだった。
清武弟は、代表&五輪代表で注目を浴びる兄に負けない素材だった。出てきていきなりイエローをもらうヤンチャぶりも面白い。FKを任され無回転のすごいのを蹴った。精悍で自信に満ちている。本当に今日がJデビューなのか。
後半35分、清武弟のスルーパスがやはり交代投入の岡田に渡り、岡田がつぶれたところへ、トジンが飛び込んでゴールへ蹴り込む。ここは新潟の守備が着ききれなかった。清武のところでつぶしたかった。痛恨の失点。こうなると鳥栖は徹底的に固めてくる。
ユン・ジョンハン監督はサイドを変えて(磯崎IN)補強工事を施す。5バックの指示だ。「J最少失点(3点)の堅守」が守備固めに入った。ただでさえ得点力が課題の新潟にはこれをこじ開ける術(すべ)がない。成すところなくタイムアップの笛を聞く。悔しいけれど、ユン監督会心の勝利だ。ハードワークするチームをオーガナイズして、勝負どころで絶妙ともいえる局面の手当てをした。用兵も勝負勘も文句なし。
新潟は大事な試合を失ったのだと思う。セレッソ戦に勝ち、ナビスコ神戸戦に勝った流れを寸断されてしまった。ここで上昇気流に乗るか不安定なまま次の試合を迎えるかは大きな違いだ。又、鳥栖を勢いづけてしまった。シーズン序盤の健闘に加え、新ヒーロー登場で彼らはがんがん行ける。
現地の知人サポから「シュート打て!」という悲鳴のようなメールが届いた。どしゃ降りで特に後半は目をこらしても見えにくかったそうだ。もう一度書く。誰も自分の愛するチームが「斬られ役」になるのを見に行ったのではない。九州まで行ってずぶ濡れになるのは何の「罰ゲーム」でもない。次はいいとこ見せてやってくれよ。きっとだよ。皆、正直参ってきてるよ。
附記1、というくらい衝撃の完敗だったわけですけど、小ネタをひとつ。清武弟と交代で下がったキム・ミヌ(金民友)選手がね、スカパー実況で「キルビル」と聞こえてしょうがなかった。タランティーノ監督ですよ。栗山千明が殺人女子高生「ゴーゴー夕張」。
2、まぁ、だけど雨でずぶ濡れになったサポが将来、W杯とかで「オレは清武弟のJデビューを見た」と自慢できるくらい大成して欲しいですね。鳥栖サポも含めて5千人だけが特権的に見られた。ま、卒業後はどこに所属するかわからないし、日本サッカーにとっては好材料ですよ。
3、日本サッカーの好材料といえば酒井高徳のドイツでの評価がうなぎのぼりですね。ビルト紙の「帰化させてドイツ代表に」報道には驚きました。すげー。もっともすぐ本人が「日本代表しか考えられない」旨、コメントを出しました。僕らはそこに「新潟代表としてやる」という、出発時の彼のコメントを重ね合わせますね。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第7節、鳥栖×新潟。
これは引き立て役にされちゃったなぁ。時代劇の「斬られ役」という言葉も浮かぶ。完全に鳥栖のゲームだ。新潟はいいとこ粘って引き分けに持ち込めたかなというところ。鳥栖がいいチームなのに感心した。開幕前、サッカー誌が順位予想をするときに昇格組は点が辛いものだが、充分、J1に残れるチームに思える。かつて経営危機が報じられたときにオフィシャル通販でグッズを購入したのが、懐かしい思い出だ。僕は経営危機チームのグッズを購入する習慣があって、主に雨ガッパなんだけど、水戸とか岐阜とか大分とか、色んなのを持ってる。
TV観戦だった。どしゃ降りの佐賀県総合運動場陸上競技場、屋根のないバックスタンドにオレンジ色の一団がかたまっているのを見て、ほんの少し罪悪感にかられる。マンションのリビングでコーヒーマグを持って、呑気に見ているのとはわけが違う。くれよんバスは長駆、九州までのバスツアーを組んでいた。新潟市はこの週末、桜が見ごろだったのだ。誰も自分の愛するチームが「斬られ役」になるのを見たくはない。
佐賀県総合運動場陸上競技場はこの日がリニューアルのコケラ落しだった。僕は中学時代、久留米に住んでいたから鳥栖駅前のベアスタだったら是非行ってみたかったんだけど(僕の住んでた久留米市櫛原町からは筑後川を渡ってスグだ。自転車で鳥栖駅まで行ったことがある)、佐賀市にはあまり思い出がない。雑誌取材で熱気球に乗ったかなぁ。佐賀県というところはエリアが広くて、筑後地域と、有明海の方と、唐津の方と、一体感が生まれにくい。中学時代の僕の感覚だと鳥栖は「県境を越えたお隣り」なんだけど、佐賀市は「国鉄で長崎へ行く途中」だ。
初のJ1戦線を戦うサガン鳥栖にとっても佐賀県総合運動場陸上競技場(略し方がわからない。県陸?)はホームであってホームでないビミョーな会場だった。ここまでホーム無敗といっても、それはベアスタのことだ。大雨確実の天気予報を考えても動員は見込めない。荒天のなか、慣れない会場で試合をするのはイーブンの条件だった。ユン・ジョンハン監督は会場入りの時刻を早めて、少しでもチームを場に慣れさせようとする。
このユン・ジョンハンという監督が(地方クラブを率いてるせいかメディア露出が少ないのだが)、なかなかの人だった。2年目ということだけど、オーガナイズに手腕がある。前半、僕は「鳥栖、いいチームだなぁ」という感想しか持たなかった。本当によくチューンアップされている。守備意識の高さは去年まで当たった山形に似てるんだけど、山形よりはるかに仕掛けてくる。新潟はナビスコから中2日という事情もあったのか精彩に欠けた。とにかく対応していただけだ。僕は細かい選手コンディション等の情報を知らないんだけど、何故、セレッソ戦のスタメンじゃなかったのだろう。
鳥栖から見て怖いのはブルーノ・ロペスの突破のような個人技だけだったろう。それにしても前節、広島を抑えきって自信を深めている鳥栖守備網に完全に見切られていた。シュートまで行かない。「ブラジル人3枚+平井」の前めはある程度、自由度を任された「未完成のファンタスティック4」だ。「不完全なファンタスティック4」でもいい。これはチューンアップした守備網には効かない。何も起きない。
流れが変わったのは後半、矢野貴章が投入された時間帯だ。矢野の推進力、持ち上がる馬力が局面を動かした。新潟が得点するとしたらここだった。流れのなかで崩せたのも唯一、この時間帯だ。ところがユン・ジョンハン監督が見事だった。勝負手を打ってくる。強化指定選手の清武功輝(福岡大)だ。新潟が引き立て役を務めたのは、この若者の鮮烈なJデビューだった。
清武弟は、代表&五輪代表で注目を浴びる兄に負けない素材だった。出てきていきなりイエローをもらうヤンチャぶりも面白い。FKを任され無回転のすごいのを蹴った。精悍で自信に満ちている。本当に今日がJデビューなのか。
後半35分、清武弟のスルーパスがやはり交代投入の岡田に渡り、岡田がつぶれたところへ、トジンが飛び込んでゴールへ蹴り込む。ここは新潟の守備が着ききれなかった。清武のところでつぶしたかった。痛恨の失点。こうなると鳥栖は徹底的に固めてくる。
ユン・ジョンハン監督はサイドを変えて(磯崎IN)補強工事を施す。5バックの指示だ。「J最少失点(3点)の堅守」が守備固めに入った。ただでさえ得点力が課題の新潟にはこれをこじ開ける術(すべ)がない。成すところなくタイムアップの笛を聞く。悔しいけれど、ユン監督会心の勝利だ。ハードワークするチームをオーガナイズして、勝負どころで絶妙ともいえる局面の手当てをした。用兵も勝負勘も文句なし。
新潟は大事な試合を失ったのだと思う。セレッソ戦に勝ち、ナビスコ神戸戦に勝った流れを寸断されてしまった。ここで上昇気流に乗るか不安定なまま次の試合を迎えるかは大きな違いだ。又、鳥栖を勢いづけてしまった。シーズン序盤の健闘に加え、新ヒーロー登場で彼らはがんがん行ける。
現地の知人サポから「シュート打て!」という悲鳴のようなメールが届いた。どしゃ降りで特に後半は目をこらしても見えにくかったそうだ。もう一度書く。誰も自分の愛するチームが「斬られ役」になるのを見に行ったのではない。九州まで行ってずぶ濡れになるのは何の「罰ゲーム」でもない。次はいいとこ見せてやってくれよ。きっとだよ。皆、正直参ってきてるよ。
附記1、というくらい衝撃の完敗だったわけですけど、小ネタをひとつ。清武弟と交代で下がったキム・ミヌ(金民友)選手がね、スカパー実況で「キルビル」と聞こえてしょうがなかった。タランティーノ監督ですよ。栗山千明が殺人女子高生「ゴーゴー夕張」。
2、まぁ、だけど雨でずぶ濡れになったサポが将来、W杯とかで「オレは清武弟のJデビューを見た」と自慢できるくらい大成して欲しいですね。鳥栖サポも含めて5千人だけが特権的に見られた。ま、卒業後はどこに所属するかわからないし、日本サッカーにとっては好材料ですよ。
3、日本サッカーの好材料といえば酒井高徳のドイツでの評価がうなぎのぼりですね。ビルト紙の「帰化させてドイツ代表に」報道には驚きました。すげー。もっともすぐ本人が「日本代表しか考えられない」旨、コメントを出しました。僕らはそこに「新潟代表としてやる」という、出発時の彼のコメントを重ね合わせますね。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
