【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第130回
2012/5/17
「あしたのために」
J1第9節、広島×新潟。
120パーセントを出し切った試合だ。試合終了後、勝った新潟の選手が何人もピッチにうずくまり、動けなくなっていたのが忘れられない。死闘、死守。ひとつ勝つことがこんなに苦しいものか。この試合をやり遂げた選手らを僕らは大いにたたえるべきだろう。アスリートの集中力が極度に高まり、入神の域に達することを「ゾーンに入る」と表現することがあるが、終盤の守戦は特にそんな感じだ。
試合展開はほとんどワンチャンスをモノにし、守り勝ったと言っていい。ここまで8試合で4得点と攻撃が形にならない新潟だが、守備面では大敗がひとつもない。負けても1点差負けだ。この試合はそこに賭けた。相手の良さをとにかく消す。広島といえばパッと思いつくだけで佐藤寿人を抑えなきゃならないし、ミキッチを封じなきゃならない。で、そこだけじゃないのだ。僕は南アW杯の日本代表を連想した。ハードワークで敵のリズムを出させない。ひとりでもサボったら終わりという困難なミッションだ。
ワンチャンス。起点は内田潤だった。本間のパスを受けて美しいクロスを入れる。エリアで受けようと待ち構えているのは矢野。その頭の先をかすめる。ファーには平井がいた。広島・森脇がクリアしたこぼれへいつの間にかボランチの菊地直哉が詰めていた。後半18分、待望の菊地ゴール。勝負師の面目躍如だ。彼は内田に渡った瞬間、これを信じて駆け上がっていた。
しかし、この後が心臓に悪かった。新潟は早々と守りに入る。ちょっと早すぎないかとハラハラした。広島は森崎浩司を投入、厚みを持った攻撃を仕掛けてくる。もしかすると守りに入る意識はなかったのに押し込まれて、そう見えたのか。GK・東口をはじめ、全員が戦った。もちろん幸運にも助けられたけれど、0点で守り切れたのは選手らの超人的な頑張りによる。森保サンフレッチェは今季初めてホームで黒星がついたらしい。
ただこのサッカーはきついなぁと思う。GW連戦の次節は中2日だ。それから夏場が乗り切れるだろうか。選手は毎回、120パーセントは無理だ。どこかで集中が途切れ、脚が止まる。勝ったことを喜びたい気持ちはヤマヤマだが、この先に不安も感じた。まぁ、そんな面倒なことは考えず、今日のところは「120パーセントの勝利」に酔えばいいのか。
J1第10節、新潟×FC東京。
その「120パーセントの勝利」から中2日の試合。対するFC東京はACL戦から中3日だ。新潟は前節、ぶいんぶいんに走りまわった矢野の代わりに三門を右サイドハーフで起用。選手の消耗度合いが気がかりだった。ミシェウが後半、消えないだろうか。
前半、ボクシングで言えばジャブの突き合いの部分は安心して見ていられた。むしろ新潟が押してたくらいだ。均衡のなかでスキを狙う時間帯は、どこと対戦しても遜色ない。さすがに10節まで実戦を積んで、そこに関してはチューンされてきた。問題は仕掛けに入ってからだ。
若い読者はピンと来ないかもしれないけど、僕は『あしたのジョー』の矢吹丈が少年院時代、初めてライバル・力石徹と出会った場面を思い浮かべる。力石はジョーに「サマになってるのはジャブだけか」と言うのだ。ジョーは段平おやじのハガキによる通信教育(?)で、ジャブだけは習っていた。ジャブ以外はケンカ殺法だ。ほとんどデタラメに腕を振りまわす。
問題の後半、開始早々6分、梶山にスーパーな仕事をされる。先に失点したことで新潟はタスクを変更せざるを得ないが、なかなか形が見えない。まぁ、1失点なんて別に大した話じゃない。もともと勝とうと思って戦ってるわけで、1点はどうせ取ろうと思ってたわけだろう。それよりも試合が動きだしたことを受けてどうするかだ。風が吹きだしたのだ。その風をどう使っていくか。
が、うまくいかなかった。ひとつには「120パーセントの後遺症」だろう。集中が切れたようなエアポケットが生じ、後半26分、追加点を許してしまう(得点者・谷澤)。ミシェウも後半は存在感が消えていった。が、そもそも攻撃の形が作れない。共有したイメージが感じられない。
むしろ新潟が交代カードを切る度、選手らに混乱が生じていた。まず後半15分、右サイド2枚代えで矢野と村上を入れる。2枚代えは応用問題みたいなとこがあって「んと、どうする?」的な確認というかシンキングタイムというか、そういう時間をチームにもたらすことがある。それから後半30分の平井投入(ミシェウOUT)。ミシェウはハッキリ疲れが見えたのだけど、平井に代えたら前の4人に出し手がいなくなる。パワープレーということか。
新潟には時間を作れる選手が足りない。後ろの選手が上がって、厚みのある攻撃を作るにはボールがおさまるところが必要だ。あそこに入ればボールをロストする心配がないから、後ろの選手が上がっていけるというような。これがミシェウひとりだったらそこをつぶされる。去年はヨンチョルが持ち込む間に結構時間が作れていたのだ。
別の言い方をすれば、ポストプレーヤーがいるだけで相当事情が変わる。DFを背負って仕事ができるような。試合終盤、パワープレーがパワープレーにならなかったのはそこにも理由がある。矢野もロペスも素晴らしい選手だが、ポストプレーヤーではない。ボールがおさまらない。まわりの選手としては勝負がかけにくいのだ。いつターンオーバーを食らうかわからない。
ショートカウンターだと思う。ジャブの突き合いの次、幻の段平おやじがハガキに書いてよこすのは、前めで奪ってすぐ攻めに切り替えるショートカウンターじゃないだろうか。そうすると少し守り方が変わる気がするけれど、それに対応できる選手はいる。
ネガティブな試合内容にビッグスワンの観客からブーイングが起きた。皆、うさを晴らしたいわけじゃない。心のなかで泣いているのだ。泪橋の夕暮れ、段平おやじはジョーに「いつか、この橋を逆に渡れ」と言う。ジョー、お前のあしたはどっちだと言う。あしたのために今があると信じよう。あしたのために今日は泣こう。悔しい完敗を喫したアルビレックスのあしたはどっちだ!?
附記1、「立て、立つんだジョー!」ですね、主旨をカンタンにまとめると。もうひとつあるとすれば「打つべし、打つべし打つべし!」ですね。いや、若い読者には何のことかさっぱりわかんない気がしますけど。全体にこう、ぼぁっとニュアンスは伝わるでしょ?
2、矢野貴章選手、200試合出場(及び201試合出場)達成おめでとうございます。FC東京戦前の花束贈呈にプレゼンターとして、大高洋夫が呼びたかったなぁ。W杯出場決定のときに続いて、貴章が何だろう、このいつも自分に花束くれようとする人は、と疑問に感じるようでありたかった。
3、東京戦の日はトリプル開催の予定が荒天になって、なでしことのダブルになっちゃって残念でした。天候をにらんでアルビ運営スタッフが頭を抱えてた図が容易に浮かびます。相当難しい判断ですよね。J2では栃木SCの試合が雷雨で中断・中止扱いになりましたね。
4、マルセロ元フィジカルコーチの訃報に言葉を失いました。新潟のみならず、日本サッカーに多大な貢献をしてくれた人でした。ご冥福を祈ります。ありがとう、マルセロさん。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第9節、広島×新潟。
120パーセントを出し切った試合だ。試合終了後、勝った新潟の選手が何人もピッチにうずくまり、動けなくなっていたのが忘れられない。死闘、死守。ひとつ勝つことがこんなに苦しいものか。この試合をやり遂げた選手らを僕らは大いにたたえるべきだろう。アスリートの集中力が極度に高まり、入神の域に達することを「ゾーンに入る」と表現することがあるが、終盤の守戦は特にそんな感じだ。
試合展開はほとんどワンチャンスをモノにし、守り勝ったと言っていい。ここまで8試合で4得点と攻撃が形にならない新潟だが、守備面では大敗がひとつもない。負けても1点差負けだ。この試合はそこに賭けた。相手の良さをとにかく消す。広島といえばパッと思いつくだけで佐藤寿人を抑えなきゃならないし、ミキッチを封じなきゃならない。で、そこだけじゃないのだ。僕は南アW杯の日本代表を連想した。ハードワークで敵のリズムを出させない。ひとりでもサボったら終わりという困難なミッションだ。
ワンチャンス。起点は内田潤だった。本間のパスを受けて美しいクロスを入れる。エリアで受けようと待ち構えているのは矢野。その頭の先をかすめる。ファーには平井がいた。広島・森脇がクリアしたこぼれへいつの間にかボランチの菊地直哉が詰めていた。後半18分、待望の菊地ゴール。勝負師の面目躍如だ。彼は内田に渡った瞬間、これを信じて駆け上がっていた。
しかし、この後が心臓に悪かった。新潟は早々と守りに入る。ちょっと早すぎないかとハラハラした。広島は森崎浩司を投入、厚みを持った攻撃を仕掛けてくる。もしかすると守りに入る意識はなかったのに押し込まれて、そう見えたのか。GK・東口をはじめ、全員が戦った。もちろん幸運にも助けられたけれど、0点で守り切れたのは選手らの超人的な頑張りによる。森保サンフレッチェは今季初めてホームで黒星がついたらしい。
ただこのサッカーはきついなぁと思う。GW連戦の次節は中2日だ。それから夏場が乗り切れるだろうか。選手は毎回、120パーセントは無理だ。どこかで集中が途切れ、脚が止まる。勝ったことを喜びたい気持ちはヤマヤマだが、この先に不安も感じた。まぁ、そんな面倒なことは考えず、今日のところは「120パーセントの勝利」に酔えばいいのか。
J1第10節、新潟×FC東京。
その「120パーセントの勝利」から中2日の試合。対するFC東京はACL戦から中3日だ。新潟は前節、ぶいんぶいんに走りまわった矢野の代わりに三門を右サイドハーフで起用。選手の消耗度合いが気がかりだった。ミシェウが後半、消えないだろうか。
前半、ボクシングで言えばジャブの突き合いの部分は安心して見ていられた。むしろ新潟が押してたくらいだ。均衡のなかでスキを狙う時間帯は、どこと対戦しても遜色ない。さすがに10節まで実戦を積んで、そこに関してはチューンされてきた。問題は仕掛けに入ってからだ。
若い読者はピンと来ないかもしれないけど、僕は『あしたのジョー』の矢吹丈が少年院時代、初めてライバル・力石徹と出会った場面を思い浮かべる。力石はジョーに「サマになってるのはジャブだけか」と言うのだ。ジョーは段平おやじのハガキによる通信教育(?)で、ジャブだけは習っていた。ジャブ以外はケンカ殺法だ。ほとんどデタラメに腕を振りまわす。
問題の後半、開始早々6分、梶山にスーパーな仕事をされる。先に失点したことで新潟はタスクを変更せざるを得ないが、なかなか形が見えない。まぁ、1失点なんて別に大した話じゃない。もともと勝とうと思って戦ってるわけで、1点はどうせ取ろうと思ってたわけだろう。それよりも試合が動きだしたことを受けてどうするかだ。風が吹きだしたのだ。その風をどう使っていくか。
が、うまくいかなかった。ひとつには「120パーセントの後遺症」だろう。集中が切れたようなエアポケットが生じ、後半26分、追加点を許してしまう(得点者・谷澤)。ミシェウも後半は存在感が消えていった。が、そもそも攻撃の形が作れない。共有したイメージが感じられない。
むしろ新潟が交代カードを切る度、選手らに混乱が生じていた。まず後半15分、右サイド2枚代えで矢野と村上を入れる。2枚代えは応用問題みたいなとこがあって「んと、どうする?」的な確認というかシンキングタイムというか、そういう時間をチームにもたらすことがある。それから後半30分の平井投入(ミシェウOUT)。ミシェウはハッキリ疲れが見えたのだけど、平井に代えたら前の4人に出し手がいなくなる。パワープレーということか。
新潟には時間を作れる選手が足りない。後ろの選手が上がって、厚みのある攻撃を作るにはボールがおさまるところが必要だ。あそこに入ればボールをロストする心配がないから、後ろの選手が上がっていけるというような。これがミシェウひとりだったらそこをつぶされる。去年はヨンチョルが持ち込む間に結構時間が作れていたのだ。
別の言い方をすれば、ポストプレーヤーがいるだけで相当事情が変わる。DFを背負って仕事ができるような。試合終盤、パワープレーがパワープレーにならなかったのはそこにも理由がある。矢野もロペスも素晴らしい選手だが、ポストプレーヤーではない。ボールがおさまらない。まわりの選手としては勝負がかけにくいのだ。いつターンオーバーを食らうかわからない。
ショートカウンターだと思う。ジャブの突き合いの次、幻の段平おやじがハガキに書いてよこすのは、前めで奪ってすぐ攻めに切り替えるショートカウンターじゃないだろうか。そうすると少し守り方が変わる気がするけれど、それに対応できる選手はいる。
ネガティブな試合内容にビッグスワンの観客からブーイングが起きた。皆、うさを晴らしたいわけじゃない。心のなかで泣いているのだ。泪橋の夕暮れ、段平おやじはジョーに「いつか、この橋を逆に渡れ」と言う。ジョー、お前のあしたはどっちだと言う。あしたのために今があると信じよう。あしたのために今日は泣こう。悔しい完敗を喫したアルビレックスのあしたはどっちだ!?
附記1、「立て、立つんだジョー!」ですね、主旨をカンタンにまとめると。もうひとつあるとすれば「打つべし、打つべし打つべし!」ですね。いや、若い読者には何のことかさっぱりわかんない気がしますけど。全体にこう、ぼぁっとニュアンスは伝わるでしょ?
2、矢野貴章選手、200試合出場(及び201試合出場)達成おめでとうございます。FC東京戦前の花束贈呈にプレゼンターとして、大高洋夫が呼びたかったなぁ。W杯出場決定のときに続いて、貴章が何だろう、このいつも自分に花束くれようとする人は、と疑問に感じるようでありたかった。
3、東京戦の日はトリプル開催の予定が荒天になって、なでしことのダブルになっちゃって残念でした。天候をにらんでアルビ運営スタッフが頭を抱えてた図が容易に浮かびます。相当難しい判断ですよね。J2では栃木SCの試合が雷雨で中断・中止扱いになりましたね。
4、マルセロ元フィジカルコーチの訃報に言葉を失いました。新潟のみならず、日本サッカーに多大な貢献をしてくれた人でした。ご冥福を祈ります。ありがとう、マルセロさん。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
