【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第131回
2012/5/24
「求めるもの」
J1第11節、浦和×新潟。
晴れたけど風の強い日。ウインドブレーカーをデイパックに詰めて上着なしで出かけようとして、家を一歩出てすぐ戻る。これはフィールドジャケットが要る。埼スタの記者席は日陰の上層階で、こういう日はめちゃ寒い。『サッカーマガジン』の連載で色んなスタジアムへ出かけていた頃、寒いといえばカシマと埼スタ、そしてビッグスワンだった。全て上層階に記者席があって、念のため夏でも上着を持っていった。特にカシマのナイターは寒いんだよ。当時の印象は「埼スタとビッグスワンはわりと似ている」だ。上層階から見おろすポジショニングのせいだろう。ともにW杯仕様の大会場で、サポーターの数がハンパない。
浦和も動員にかげりが見えたと言われて久しい。この日も上層階に空席が目立った。それでも3万2千弱。フツーに考えれば大観衆だ。2万人3万人入って動員減が話題になるのは浦和と新潟、この2クラブだけだ。それだけ観客動員を強みにしてきた。いや、予算規模は違いがあるんだけど、何でここで勝てないかねぇ。オレンジの新潟ゴール裏も、もう特別な気負いはないでしょう。勝ち点3は欲しいけど、「あのレッズに勝つんだ」って感覚が薄れてきた。
僕は最近、Jリーグの固定観念が蒸発しつつある気がしています。欧州と比べてヒエラルキーが出来上がってないのが売りだったんだけど、それにしても「強豪」が強豪らしくない試合をやって、「大観衆」のとこが動員を減らしている。これは新潟だけじゃないですよ。勘で言うと10年経って「2002年W杯の記憶」が色あせつつある。あれから皆、10歳年をとった。その分、仕事が忙しくなったり、身体の無理がきかなくなったりしている。新しいエンジンが必要ですね。新しい人をひきつける動力。
で、浦和は新しいエンジンを搭載して、うまくいかない時期なんだと思う。低迷が続いて、なりふり構わず広島や新潟から人的な吸い上げを続けている。ペトロヴィッチさんを監督に引いてきた時点で、もうパソコンで言えばOSは広島に変更だ。ACLを制したビッグクラブの大方針が定まらない。強かった頃の浦和は実際問題、カウンターのチームだった。ポゼッションを上げようとして、迷走に迷走を重ねた。皆、ポゼッションを握って自在に仕掛けるサッカーを夢見る。魅力があるのだ。開幕時は浦和とFC東京の新監督がサッカー誌の目玉だった(最近はこれに風間フロンターレが加わっている)が、じっくり腰をすえてとり組めるだろうか。
では新潟のOSはどうなっているんだろうか。形になった試合が少なく、その上、1試合平均のシュート数が少ないからどうも「カウンターサッカー」以上の答えが見出しにくい。鈴木淳監督時代のショートカウンター戦術は採用していない。前めの選手はプレスの役目は担うけれど、攻めに関してはかなり自由度を与えられている。決まった型がない感じに見える。もしかすると本当に決まってないのかもしれない(オフ・ザ・ボールの動きが少なく、その都度やってみてるニュアンスだ)が、何しろサンプルが少なくてよくわからない。現状、最も多いゴールパターンは「敵DFのミスをかっさらってねじ込む」なのだ。
もしかして闘魂カウンター戦法で1シーズン走り切るのかなぁとも考えた。黒崎監督はたぶん鹿島のような勝負強いサッカーを範としているだろう。いや、現状勝負弱いではないかと言わないでほしい。どこを目指しているかという話だ。リアリズムだろうか。長谷川祥之 のようなとてつもないゴールゲッターがほしいのだろうか。僕は去年、川又堅碁を見て、黒崎さんは「新潟の長谷川」を育てる気ではないかと想像した。だから川又をJ2へレンタルに出したのは意外だった。
試合。サイドにヒントがあるのかもなぁと今季初スタメンの藤田を見て思う。黒崎さんは右サイドハーフをとっかえひっかえ試し続けている。試合後の会見によると、この起用は「ぶっつけ本番」だったそうだ。そこまでしてこだわるわけが何かあるのだ。それは「ぶっつけ本番」じゃないほうが望ましいに決まっている。又、とっかえひっかえせずに固定したほうが連携が熟成するに決まっている。それでもサイド攻撃に何かを求めているのだ。たぶん求めて得られないでいるのだ。
藤田征也はもちろん魅力のある選手だ。「新潟のベッカム」になれる逸材だ。クロスを入れる技術、精度はピカ1に違いない。藤田が黒崎さんの求める解だとすると、突破力よりも起点を作る発想になる。サイドを起点にするのにはメリットがあって、つまり片側がサイドラインに守られているのだ。サイドラインの向こうからはプレッシャーが来ない。先週、タメというか時間を作る選手の話をしたけれど、「サイドの藤田に渡ったら押し上げる」という約束事ができれば攻めは間違いなく活性化する。守備には多少、目をつぶっても試す価値があるという判断か。
得点経過をカンタンに振り返ろう。前半11分、槙野に深くえぐられ、クロスがマルシオに渡る。マルシオ・リシャルデスをエリアで離したら決められる。それは新潟ゴール裏がいちばんよく知っている。「赤いマルシオ」の得点に嫌なムードが漂った。まだ11分だ。これは下手するとボコられる。実際、2点めが取られていたらガタガタになって、今季初の大量失点試合という目だってあったと思う。
持ちこたえた。同29分、ロングスローからのこぼれをブルーノ・ロペスが決めて同点。まぁ、大雑把に言うと前半は浦和のペース、後半は新潟が立て直すという試合展開になった。注目すべきは「後半、立て直す」だ。この展開は今季初めてだ。新潟は注意深くバランスを保ってイーブンにやり合った。あとほんの少し幸運が加われば鬼門・埼スタで勝てたかもしれない。
だから評価の難しい試合だ。「勝てた試合」でもあるし「大量失点試合」でもあり得た。それがサッカーだといえばその通りなのだが。僕はポジティブに捉えたい。今、チームにはポジティブな手応えが必要だ。ひとつずつ、次につなげていこう。ひとつずつ、積み上げていこう。
附記1、浦和美園駅に書いてある「2002」の文字を見て、あぁ、10年経ったんだなぁと感慨にふけりました。あの頃は周囲に何にもなかったけど、モールができてマンションも建ってきましたね。あと浦和ゴール裏の横に山田うどんの看板が出ていて、個人的になるほどなぁと思いました。
2、まぁ、ドローだったけど埼スタから勝ち点を持ち帰るって、ちょっと前なら「うへーい、やったぜ!」ですよね。
3、浦和のペトロヴィッチ監督が腰を痛められてて、ノルディックウォーキングのスティックを持ち込んでましたね。で、試合中、前へ出てスティック振るって指示出してた。僕はあのスティック持ってるんですよ。以前、雑誌の撮影で買ってもらった。あれを距離スキーのストックみたいに使ってウォーキングすると、腰やヒザの負担が軽減されるんですよ。監督会見のとき、ついメーカーを確認しました。僕が持ってるのより高いやつだった。ちょっと悔しかったですね。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第11節、浦和×新潟。
晴れたけど風の強い日。ウインドブレーカーをデイパックに詰めて上着なしで出かけようとして、家を一歩出てすぐ戻る。これはフィールドジャケットが要る。埼スタの記者席は日陰の上層階で、こういう日はめちゃ寒い。『サッカーマガジン』の連載で色んなスタジアムへ出かけていた頃、寒いといえばカシマと埼スタ、そしてビッグスワンだった。全て上層階に記者席があって、念のため夏でも上着を持っていった。特にカシマのナイターは寒いんだよ。当時の印象は「埼スタとビッグスワンはわりと似ている」だ。上層階から見おろすポジショニングのせいだろう。ともにW杯仕様の大会場で、サポーターの数がハンパない。
浦和も動員にかげりが見えたと言われて久しい。この日も上層階に空席が目立った。それでも3万2千弱。フツーに考えれば大観衆だ。2万人3万人入って動員減が話題になるのは浦和と新潟、この2クラブだけだ。それだけ観客動員を強みにしてきた。いや、予算規模は違いがあるんだけど、何でここで勝てないかねぇ。オレンジの新潟ゴール裏も、もう特別な気負いはないでしょう。勝ち点3は欲しいけど、「あのレッズに勝つんだ」って感覚が薄れてきた。
僕は最近、Jリーグの固定観念が蒸発しつつある気がしています。欧州と比べてヒエラルキーが出来上がってないのが売りだったんだけど、それにしても「強豪」が強豪らしくない試合をやって、「大観衆」のとこが動員を減らしている。これは新潟だけじゃないですよ。勘で言うと10年経って「2002年W杯の記憶」が色あせつつある。あれから皆、10歳年をとった。その分、仕事が忙しくなったり、身体の無理がきかなくなったりしている。新しいエンジンが必要ですね。新しい人をひきつける動力。
で、浦和は新しいエンジンを搭載して、うまくいかない時期なんだと思う。低迷が続いて、なりふり構わず広島や新潟から人的な吸い上げを続けている。ペトロヴィッチさんを監督に引いてきた時点で、もうパソコンで言えばOSは広島に変更だ。ACLを制したビッグクラブの大方針が定まらない。強かった頃の浦和は実際問題、カウンターのチームだった。ポゼッションを上げようとして、迷走に迷走を重ねた。皆、ポゼッションを握って自在に仕掛けるサッカーを夢見る。魅力があるのだ。開幕時は浦和とFC東京の新監督がサッカー誌の目玉だった(最近はこれに風間フロンターレが加わっている)が、じっくり腰をすえてとり組めるだろうか。
では新潟のOSはどうなっているんだろうか。形になった試合が少なく、その上、1試合平均のシュート数が少ないからどうも「カウンターサッカー」以上の答えが見出しにくい。鈴木淳監督時代のショートカウンター戦術は採用していない。前めの選手はプレスの役目は担うけれど、攻めに関してはかなり自由度を与えられている。決まった型がない感じに見える。もしかすると本当に決まってないのかもしれない(オフ・ザ・ボールの動きが少なく、その都度やってみてるニュアンスだ)が、何しろサンプルが少なくてよくわからない。現状、最も多いゴールパターンは「敵DFのミスをかっさらってねじ込む」なのだ。
もしかして闘魂カウンター戦法で1シーズン走り切るのかなぁとも考えた。黒崎監督はたぶん鹿島のような勝負強いサッカーを範としているだろう。いや、現状勝負弱いではないかと言わないでほしい。どこを目指しているかという話だ。リアリズムだろうか。長谷川祥之 のようなとてつもないゴールゲッターがほしいのだろうか。僕は去年、川又堅碁を見て、黒崎さんは「新潟の長谷川」を育てる気ではないかと想像した。だから川又をJ2へレンタルに出したのは意外だった。
試合。サイドにヒントがあるのかもなぁと今季初スタメンの藤田を見て思う。黒崎さんは右サイドハーフをとっかえひっかえ試し続けている。試合後の会見によると、この起用は「ぶっつけ本番」だったそうだ。そこまでしてこだわるわけが何かあるのだ。それは「ぶっつけ本番」じゃないほうが望ましいに決まっている。又、とっかえひっかえせずに固定したほうが連携が熟成するに決まっている。それでもサイド攻撃に何かを求めているのだ。たぶん求めて得られないでいるのだ。
藤田征也はもちろん魅力のある選手だ。「新潟のベッカム」になれる逸材だ。クロスを入れる技術、精度はピカ1に違いない。藤田が黒崎さんの求める解だとすると、突破力よりも起点を作る発想になる。サイドを起点にするのにはメリットがあって、つまり片側がサイドラインに守られているのだ。サイドラインの向こうからはプレッシャーが来ない。先週、タメというか時間を作る選手の話をしたけれど、「サイドの藤田に渡ったら押し上げる」という約束事ができれば攻めは間違いなく活性化する。守備には多少、目をつぶっても試す価値があるという判断か。
得点経過をカンタンに振り返ろう。前半11分、槙野に深くえぐられ、クロスがマルシオに渡る。マルシオ・リシャルデスをエリアで離したら決められる。それは新潟ゴール裏がいちばんよく知っている。「赤いマルシオ」の得点に嫌なムードが漂った。まだ11分だ。これは下手するとボコられる。実際、2点めが取られていたらガタガタになって、今季初の大量失点試合という目だってあったと思う。
持ちこたえた。同29分、ロングスローからのこぼれをブルーノ・ロペスが決めて同点。まぁ、大雑把に言うと前半は浦和のペース、後半は新潟が立て直すという試合展開になった。注目すべきは「後半、立て直す」だ。この展開は今季初めてだ。新潟は注意深くバランスを保ってイーブンにやり合った。あとほんの少し幸運が加われば鬼門・埼スタで勝てたかもしれない。
だから評価の難しい試合だ。「勝てた試合」でもあるし「大量失点試合」でもあり得た。それがサッカーだといえばその通りなのだが。僕はポジティブに捉えたい。今、チームにはポジティブな手応えが必要だ。ひとつずつ、次につなげていこう。ひとつずつ、積み上げていこう。
附記1、浦和美園駅に書いてある「2002」の文字を見て、あぁ、10年経ったんだなぁと感慨にふけりました。あの頃は周囲に何にもなかったけど、モールができてマンションも建ってきましたね。あと浦和ゴール裏の横に山田うどんの看板が出ていて、個人的になるほどなぁと思いました。
2、まぁ、ドローだったけど埼スタから勝ち点を持ち帰るって、ちょっと前なら「うへーい、やったぜ!」ですよね。
3、浦和のペトロヴィッチ監督が腰を痛められてて、ノルディックウォーキングのスティックを持ち込んでましたね。で、試合中、前へ出てスティック振るって指示出してた。僕はあのスティック持ってるんですよ。以前、雑誌の撮影で買ってもらった。あれを距離スキーのストックみたいに使ってウォーキングすると、腰やヒザの負担が軽減されるんですよ。監督会見のとき、ついメーカーを確認しました。僕が持ってるのより高いやつだった。ちょっと悔しかったですね。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
