【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第133回

2012/6/7
 「チーム上野」

 J1第13節、柏×新潟。
 日立台の夕景に包まれながら思い出していたのは、04年11月10日、国立競技場で行われたJ1セカンドステージ第11節だ。非常事態の柏戦ナイター。04年のゲームは10月23日の中越地震を受けて急遽、代替開催されたものだった。僕は水曜で『サッカーマガジン』の〆切に間に合わず、強引に『NAVI』という自動車雑誌のカメラマンを手配し、そっちに原稿をねじ込んだ。あのときは本拠地の危機だった。クラブの意味が問われていた。

 12年5月26日はそれに匹敵する事態だ。週明け、黒崎監督&西ヶ谷HCの辞任が発表され、大騒動になった。シーズン途中の監督交代はクラブ史初めて。今度は現場の危機だ。ユース監督を務めておられた上野展裕氏が「ヘッドコーチ(監督代理)」として指揮をとることになったが、何しろ試合まで4日しかない。やれることは限られていた。大幅な変更は不可能だ。上野さんはやれることシンプルにやろうと考える。対話を重んじ、チームの「原点」に戻ろうと選手に語りかけた。

 つまり、何が言いたいかというとこの試合はクラブ史上、最重要に位置づけられる一戦なのだった。日立台に駆けつけたサポにはそれがわかっていた。あるいはアウェー観戦の都合がつかず、TVで見守ったファンにしても気持ちはひとつだった。こういう試合があるのだ。たぶん高い確率でチームは敗れるだろう。そこに自分がいないわけにいかない。見ないわけにいかない。痛みを分かち、チームが立ち上がろうとするとき必ず傍らに立ちたい。

 試合前のピッチ練習。選手の顔に気迫が表れていた。どの顔にも「やるしかない」と書いてある。監督交代のメリットは短期的にはこれ以外ない。カンフル剤というかショック療法というのか。モチベーション(動機づけ)なんて生易しい言葉では片付けられない世界だ。切り開かなければ自分らの未来が見えない。

 試合開始。積極的に入った。新潟の布陣は左SBが菊地、右が村上。CBはU-23代表召集の鈴木大輔に代わって大井が入った。ボランチ2枚は本間と三門。ミシェウ欠場の前めはブルーノ、矢野の2トップにサイドハーフは左が亜土夢、右が藤田だ。非常にスリリングな攻防が始まる。僕はこの短期間でよくこれだけ整理したと感心した。整理されたのは個々の頭のなかだ。イメージが共有されている。特に矢野がスッキリして見えた。基本はサイドへ流れたブルーノ、矢野へロングボールを預ける形。が、ショートパスをつないでビルドアップする場面もあった。

 前半は2度の決定機を作った。村上がサイドからえぐいシュートを放ったのと、藤田征也がGKと1対1まで行ったシーン。決めきれなかったが、今日はどよーんとした空気が漂うことがない。ピッチの上の空気が陽性っていうのかな、明るいのだ。それはひとつには最近、エンジンのかかってきた柏のサッカーが発してるものでもあった。でも、それだけじゃない。冒頭書いた危機感の話とウラハラだけど、そこには「サッカーの喜び」があった。今週、僕が記しておきたいのはここに尽きる。サッカーの喜び。びっくりしたよ、現場は大丈夫だ。

 連動性という意味では攻撃までは手がつけられなかった。が、守備に関しては一変していた。見応えあったのは亜土夢と菊地の左サイドだなぁ。日立台は至近距離でサッカーが見られる。すんげえ迫力!
2人のプロフェッショナルはチーム再建に欠かせないとあらためて思う。

 では、上野さんが選手らとの対話でしぼり込んだ「原点」とは何だろうか。この試合はそこを見ないといけない。目立ったのは球際が意識づけられていた点だ。奪って攻めに転じる形だ。対話のなかでたどり着いたものだから選手の「こうしたい」と、上野さんの判断するチームのストロングポイントの帰結と言っていい。

 後半はもうひとつの課題が見えた。あぁ、主旨から外れるんで得点経過を書いてなかったなぁ。前半、不運な失点があった。まぁ、あれは交通事故みたいなもんだ。問題は後半の失点。ハイプレスでボールを奪って攻めに転じる戦法はペース配分が難しい。どうしても後半は間伸びして、カウンターを食らう危険性が高まる。試合はGK・東口の神がかりセーブ連発でどうにか持ちこたえていた。が、結局やられる。この2点めをどう考えるのか。

 試合後半のガス欠は今季、チームが繰り返してきたところだ。上野さんは確認をとったようだ。選手らは「最後までやれる」と答えた。が、やれてませんでした。ここに工夫のしどころがある。僕は新監督に関して情報を持たず、したがってこの課題に「チーム上野」で取り組んだものなのかどうなのか判断しかねるけれど、間違いなくここに解が要る。クリアしなければ連勝できるチームが作れない。

 知人サポから届いた試合後のメールは概ねポジティブなものだった。「負けたけど楽しかった」という感じだ。ピッチ上の空気はダイレクトに客席に伝わり、皆、サッカーを見る楽しさを思い出していた。それはおそらく「チームの意図」をトレースする楽しさなのだ。選手らがイメージを共有するのと同様、観客もイメージをトレースしていく。サッカーの醍醐味はそのイメージを上回るか下回るか、どちらにせよ裏切りが起きたときだ。考えられないことがピッチに出来(しゅったい)する。うわぁ、と声が出る。

 つまり、サッカーファンはピンボールには興奮しない。急場にポジティブなものを示した「チーム上野」に敬意を表したい。それから鈴木武蔵は凄いね。この逸材は一番控えめに言っても近い将来、全盛時の玉田圭司の上を行くだろう。チームは3週間のリーグ戦中断期間に入る。最高の準備をして巻き返しをはかりたい。


附記1、村上選手のえぐいシュートなんですけど、僕、何とそのシーンを柏・北嶋秀朗選手の真後ろで見てたんですよ。隣りには水野晃樹選手がいて、何か豪華なとこに座っちゃったなぁと思ってたんですけど、問題のシーン、北嶋選手らの反応は「やばいぃー、やばいな村上ぃ!」「あいつ、空気読めないなぁー!」でした。ナイストライ村上!

2、イメージを上回ったのか下回ったのかわかんないけど、後半投入されたキム・ヨングン選手の「FKの入りの角度」には仰天しましたね。「どこへ蹴るつもりなんだ!」と言ってしまった。あれはイメージを横にずれたと評すべきなのか。

3、久々の日立台はホーム&アウェーのゴール裏が入れ替わって、風景が変わってましたね。記者の導線もACL仕様とかで変更されてた。僕は見知った会場なので、あちこちで警備員に止められて戸惑いました。だけど、サッカー見るのにはやっぱり最高ですね。ナイター照明のルクスが高くて、ピッチがステージみたいに見える。で、サッカーが近い。

4、大宮・鈴木淳監督解任の報に驚きました。磐田は怖ろしいなぁ。3人監督さんを変えたよ。 


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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