【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第139回
2012/7/19
「折り返し」
J1第17節、札幌×新潟。
リーグ戦前半折り返しの一戦。とてつもなく重い試合だ。ともに降格圏を脱せずにいる17位と18位の直接対決である。お互い考えてることは一緒だ。サバイバルの為に勝つしかない。負けはもちろん引け分けも許されない。勝ち点1だけのプラスでは残留ラインが遠のいてしまう。
勝負事に絶対はない。例えばラグビーやバスケのような得点の多いゲームなら比較的まぎれがなく、すんなり決着する(と言われる)けれど、サッカーのようにゴールの少ない競技は何が起きるかわからない。それでも「絶対」を求めるべき試合だ。敵地・厚別のピッチに立つ選手らはそれを肝に銘じていた。
僕はTV観戦だった。現地組からのメールによるとずいぶん暑いらしい。梅雨のない北海道で14時キックオフの試合がどうなるか、気候の部分は気がかりだった。今年は既に北海道各地で30℃以上の真夏日が観測されている。かと思うとすんごい寒い場合もあり得る。TV画面を見ると風も強そうだ。暑さと風、これが果たしてどっちに味方するのか。現地組のメールはどれも気合が入っていた。僕もこの日は観音様に願掛けに行く。勝負事は最後の最後、人間にはどうしようもない領域があるからだ。
12年シーズン前半戦の大ヤマ、かつて使ったフレーズで言うと「大山のぶ代」だ。大山のぶ代さんは日本を代表する声優だが、実は往年の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』で脚本家を務められたこともある。と、ミニミニ豆知識を披露してる場合じゃないのだ。乗り越えるか転げ落ちるか。
キックオフ。緊張した。新潟は風下に立つ。ピリピリしたムードが伝わってくる。慎重にボールをまわし、リズムを作ろうとしている。両軍硬い。札幌は3ボランチのシステムを模索中、それから今日はCBに奈良竜樹が入っている。新潟にとってアドバンテージと言えるのは失点の少ないことだ。札幌はリーグ最多失点チーム。といって今日どうなるかの保証にはならない。
が、いきなり試合が動いた。前半5分、ミシェウのスルーパスに田中亜土夢が抜け出す。完全にキーパーと1対1になり、落ち着いて流し込んだ。スルーパスも、DFウラへの飛び出しもバッチリだったが、意外なほどあっさり決まった。スカパー実況によると札幌DFラインがオフサイドのセルフジャッジをしたらしい。まぁ、それを聞いても意外は意外だった。試合の意味を考えれば球際ガツガツ行くことはあっても、セルフジャッジで追うのをやめる状況じゃない。
やっぱり、これは札幌の硬さかなぁと思う。ほぐれる前に点が取れた。別の言い方をすると田中亜土夢の殊勲大だ。この選手はいちばん苦しいところで仕事をしてくれる。去年も山形戦×2の働きがなかったらもっときびしい残留争いだった。
早々の先制点。柳下監督によると、それがチームにゆるみをもたらしたらしい。まぁ、見ている僕もホッとしたから、人情としてはわかる。が、そういうところは新潟の甘さだ。前半はあまり良くない。暑さも手伝ってミスが多い。敵のロングボールが風で伸びてしまうのにも助けられた。
このチームはもっと強くなれるのだと思う。戦術的な浸透も、技術の精度も要求したいけれど、それ以前にもっと徹底的に戦う意識を植えつけたい。「早々の先制点」は勝機だ。相手の気持ちが動いてる時間帯にたたみかけ、つぶしてしまう試合だって作れた。実は前半、危うさもあったと思うのだ。相手が必死になり、こっちはホッとひと息ついている。
後半はガラッと変わった。ハーフタイムにネジを巻いた効果もあったと思う。札幌側から見ると2つの偶然の要素がマイナスに作用した。暑さで運動量が落ちたことと、河合竜二の負傷退場だ。新潟は気持ちよく攻められた。パスをつないで崩す形が見られる。
が、面白いもので圧倒的にゲームを支配していながら追加点が奪えない。この試合が苦しいものになったのはそれが原因だ。「完勝」と評していい支配率、シュート数の差だが、スコアは1点差のままだ。最後は札幌もパワープレーで勝負に来る。まぎれが生じる可能性もあった。
が、「結果の必要な試合」で結果を出すのはカンタンではない。勝ち点3を北海道から持ち帰ったことを最上としよう。リーグ後半戦の展望も、勝って初めて生まれる。ちなみにこの節、新潟はG大阪を抜いて16位に浮上した。残留ラインまでは勝ち点3差。プロ野球式に言えば「1ゲーム差」だ。
附記1、まぁ、でも新聞が書いたように「早々の先制点を守りきった」試合ではなかったと思います。追加点を狙い続けて奪えなかった試合。新聞記事は少ない文字数で試合展開のことも書かなきゃいけないから、表現として「先制点を守りきった」に落ち着くんですね。
2、札幌戦は柳下監督を初め、藤田征也&石川直樹と縁のある選手がいてスタンドの反応が興味深かったです。縁といえば敵将・石崎信弘監督と柳下さんは東京農大の先輩後輩ですね。つまり、パラレルワールドみたいに考えると、「柳下さんがずっと札幌の監督を務められてて、神田部長が石崎さんにアルビの再建を頼みに行く世界」だって実現性はゼロではなかったと思います。
3、鈴木武蔵選手のケガが残念です。今、ゲームに出して経験を積ませてやりたいとこなんだけどなぁ。ま、起きたことはしょうがないから、こうなったら見て勉強ですね。アレですか、負傷選手のレンタルっていうのはないんですか。「見学させてくださーい」みたいのは。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第17節、札幌×新潟。
リーグ戦前半折り返しの一戦。とてつもなく重い試合だ。ともに降格圏を脱せずにいる17位と18位の直接対決である。お互い考えてることは一緒だ。サバイバルの為に勝つしかない。負けはもちろん引け分けも許されない。勝ち点1だけのプラスでは残留ラインが遠のいてしまう。
勝負事に絶対はない。例えばラグビーやバスケのような得点の多いゲームなら比較的まぎれがなく、すんなり決着する(と言われる)けれど、サッカーのようにゴールの少ない競技は何が起きるかわからない。それでも「絶対」を求めるべき試合だ。敵地・厚別のピッチに立つ選手らはそれを肝に銘じていた。
僕はTV観戦だった。現地組からのメールによるとずいぶん暑いらしい。梅雨のない北海道で14時キックオフの試合がどうなるか、気候の部分は気がかりだった。今年は既に北海道各地で30℃以上の真夏日が観測されている。かと思うとすんごい寒い場合もあり得る。TV画面を見ると風も強そうだ。暑さと風、これが果たしてどっちに味方するのか。現地組のメールはどれも気合が入っていた。僕もこの日は観音様に願掛けに行く。勝負事は最後の最後、人間にはどうしようもない領域があるからだ。
12年シーズン前半戦の大ヤマ、かつて使ったフレーズで言うと「大山のぶ代」だ。大山のぶ代さんは日本を代表する声優だが、実は往年の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』で脚本家を務められたこともある。と、ミニミニ豆知識を披露してる場合じゃないのだ。乗り越えるか転げ落ちるか。
キックオフ。緊張した。新潟は風下に立つ。ピリピリしたムードが伝わってくる。慎重にボールをまわし、リズムを作ろうとしている。両軍硬い。札幌は3ボランチのシステムを模索中、それから今日はCBに奈良竜樹が入っている。新潟にとってアドバンテージと言えるのは失点の少ないことだ。札幌はリーグ最多失点チーム。といって今日どうなるかの保証にはならない。
が、いきなり試合が動いた。前半5分、ミシェウのスルーパスに田中亜土夢が抜け出す。完全にキーパーと1対1になり、落ち着いて流し込んだ。スルーパスも、DFウラへの飛び出しもバッチリだったが、意外なほどあっさり決まった。スカパー実況によると札幌DFラインがオフサイドのセルフジャッジをしたらしい。まぁ、それを聞いても意外は意外だった。試合の意味を考えれば球際ガツガツ行くことはあっても、セルフジャッジで追うのをやめる状況じゃない。
やっぱり、これは札幌の硬さかなぁと思う。ほぐれる前に点が取れた。別の言い方をすると田中亜土夢の殊勲大だ。この選手はいちばん苦しいところで仕事をしてくれる。去年も山形戦×2の働きがなかったらもっときびしい残留争いだった。
早々の先制点。柳下監督によると、それがチームにゆるみをもたらしたらしい。まぁ、見ている僕もホッとしたから、人情としてはわかる。が、そういうところは新潟の甘さだ。前半はあまり良くない。暑さも手伝ってミスが多い。敵のロングボールが風で伸びてしまうのにも助けられた。
このチームはもっと強くなれるのだと思う。戦術的な浸透も、技術の精度も要求したいけれど、それ以前にもっと徹底的に戦う意識を植えつけたい。「早々の先制点」は勝機だ。相手の気持ちが動いてる時間帯にたたみかけ、つぶしてしまう試合だって作れた。実は前半、危うさもあったと思うのだ。相手が必死になり、こっちはホッとひと息ついている。
後半はガラッと変わった。ハーフタイムにネジを巻いた効果もあったと思う。札幌側から見ると2つの偶然の要素がマイナスに作用した。暑さで運動量が落ちたことと、河合竜二の負傷退場だ。新潟は気持ちよく攻められた。パスをつないで崩す形が見られる。
が、面白いもので圧倒的にゲームを支配していながら追加点が奪えない。この試合が苦しいものになったのはそれが原因だ。「完勝」と評していい支配率、シュート数の差だが、スコアは1点差のままだ。最後は札幌もパワープレーで勝負に来る。まぎれが生じる可能性もあった。
が、「結果の必要な試合」で結果を出すのはカンタンではない。勝ち点3を北海道から持ち帰ったことを最上としよう。リーグ後半戦の展望も、勝って初めて生まれる。ちなみにこの節、新潟はG大阪を抜いて16位に浮上した。残留ラインまでは勝ち点3差。プロ野球式に言えば「1ゲーム差」だ。
附記1、まぁ、でも新聞が書いたように「早々の先制点を守りきった」試合ではなかったと思います。追加点を狙い続けて奪えなかった試合。新聞記事は少ない文字数で試合展開のことも書かなきゃいけないから、表現として「先制点を守りきった」に落ち着くんですね。
2、札幌戦は柳下監督を初め、藤田征也&石川直樹と縁のある選手がいてスタンドの反応が興味深かったです。縁といえば敵将・石崎信弘監督と柳下さんは東京農大の先輩後輩ですね。つまり、パラレルワールドみたいに考えると、「柳下さんがずっと札幌の監督を務められてて、神田部長が石崎さんにアルビの再建を頼みに行く世界」だって実現性はゼロではなかったと思います。
3、鈴木武蔵選手のケガが残念です。今、ゲームに出して経験を積ませてやりたいとこなんだけどなぁ。ま、起きたことはしょうがないから、こうなったら見て勉強ですね。アレですか、負傷選手のレンタルっていうのはないんですか。「見学させてくださーい」みたいのは。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
