【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第140回

2012/7/26
「目分量案件?」

 たぶん皆、びっくり仰天じゃないかと思うのだが、今週は浦和戦を扱わない。リーグ後半戦の最初の試合だ。重要度はとてつもない。当然、コラムにとり上げるべきバリューも最上級だ。7月14日の試合当日、ビッグスワンには3万超えの大観衆が詰めかけた。そして両軍一歩も譲らぬ熱戦を堪能した。が、その話は次週へ持ち越そうと思っているんだなぁ。

 何でかっていうと今週末、試合がない。通常、このパターンだと今週分のコラムは終わったばかりの試合を扱い、次週分は例えば本や映画から話題を見つけるみたいなことになってる。いっぺん実験として逆にしてみたらどうだろうと考えた。色々趣向を凝らして連載に変化をつけようとするのがプロの仕事だ。今回はその趣向が少々強引だというだけじゃないか。

 楽屋話をすれば今週、僕は何だかよくわからないくらい日程がタイトだ。連休明けに〆切が集中してる上、火曜からは名古屋取材やら札幌講演旅行やら飛び回っている。僕は散歩道はじっくり楽しんで書きたい。いつもそううまくは行かないけれど、基本的には丸一日、「散歩道しか書かない日」を設定したいと思っている。これは職業的な書き手にとってかなりぜいたくな時間の使い方なのだ。丸一日、サッカーのことだけ考えてていい。

 で、まぁ、今週は何を書いてもいい週ということにしてしまった。せっかくだから本や映画もとり上げない。完全にフリーで行きたい。そうだなぁ、サッカーに関する長年の疑問を読者とともに考える回としたい。実は17節・札幌戦でもそういうシーンがあった。浦和戦は(断固としてまだ)扱わないのでそういう表現になる。新潟のシュートが敵GKの指先をかすめてラインを割った。アルビサポは「くわぁ~」と叫び声を上げる。惜しい。もう、ちょっとだった。スカパー画面はスローVTRをやっている。

 と、ゴールキックの判定なのだ。スローで見てもGKが触ってコースが変わったように見える。当然、コーナーキックだと思っていたが、ゴールキック判定。選手はちょっと不満そうに「え~?」という顔をしている。サポも「え~?」という反応だ。が、それほどモメるわけでもなく、皆、次へ進む。僕はこの「コーナーキックかゴールキックか?」問題はサッカー界最大の目分量案件じゃないかと思うのだ。

 それは何というかありふれた光景なのだ。毎週、どこかのサッカー場で同じ現象が起きている。DFやGKをかすめてラインを割ったボールがCK認定されない。だけど、あまりにもありふれているせいか選手のほうも大して粘らない。しょうがないなぁと切り替えている。僕は実はすんごい違いだと思うのだ。マイボールならCKの得点チャンス、ユアボール(?)ならノーチャンスだ。あ、そうそう、僕の高校時代、「サッカー部の真似」というネタがあった。誰が考えたかわかんないんだけど、一発芸というか瞬間芸みたいなやつだね。

 「(サイドラインを割ったという小芝居をして)マイボー!、マイボーマイボー!」

 小芝居はボールをひったくってスローインしようとするところまで(あるいはスローインしようとして認められず、残念そうにボールをその場で弾ませるところまで)続くんだけど、それくらいサッカー部はマイボールを過剰に主張する連中だった。体育でバスケをやっても「マイボー! マイボーマイボー!」がクセで出てしまっていた。

 ま、うちの高校のサッカー部が世の中全てのサッカーを代表してるわけじゃないんだけど、一体あのこだわりはどこへ行った? あんまり主張してイエローカードをもらうのが怖いのか? どうも僕の見たところ、世界中のサッカーで、DFやGKをかすめたボールの何割かは見過ごされている。まぎらわしい場合は常に守備側有利にジャッジされている気すらする。で、世界中の選手が(よっぽどの状況以外は)、まぁ、よくあることだなと受け入れている。

 つまり、僕にはそれがサッカー文化や習俗のように見える。つまり、サッカー人たちは一義的にはマイボールにこだわる習慣を持っているんだけど、ある局面では比較的こだわらないようだ。それは例えば「日本人は家のなかでは靴を脱いで生活する習慣を持っているが、トイレのなかではスリッパを履く。驚くべきことにそのスリッパは狭いトイレのスペースだけで2、3歩履かれる為だけに存在する」みたいなことに似ている。外部の目には意外に映ることも、当の文化習俗のなかで暮らしているとフツーのことなのだ。

 あれはどういう感じで納得しているのか? 僕は文化習俗として関心があり、別に誤審問題に引っ張りたいわけじゃない。こういうことをうかがうなら大住良之さんだと思う。斯界の最高峰だ。文句なく日本を代表するサッカージャーナリスト。もしもし大住さん、僕はそう思うんですがどうでしょう?

 「あぁ、それはえのきどさんらしい面白い視点ですね(笑)。だけど、僕は誤解だと思いますよ。別に守備側有利って申し合わせてるわけじゃないですね。審判はいっしょうけんめい見てるんですよ。DFに当たったか、GKが触ってないか。音がパシッとする場合もあるから音も聞いている。でも、試合会場はサポーターの声もあるから聞き取れないケースがほとんどですけど」
 「文化習俗って部分に関しては、選手も納得してるわけじゃないと思います。シュート打った選手がいちばんコースが変わったとか、触ったとか感じてるわけですよね。それでもゴールキックの判定が出てしまうと、抗議をしても変わらない。レフェリーと副審しかいないわけですよ。昔のようにゴール裏の副審がいるわけでもない。わかんないんだったら言ってもはじまらないから、次のプレーに備えてポジションへ戻る。その戻り方がえのきどさんにはあっさり受け入れて見えるんでしょう」

 こういうケースはどうですか? シュートを打ったけど、もともと枠をハズれている。で、GKが触ってラインを割ったけど、シューターとしては「あれはもともとハズれてたしなぁ」という思いがある。審判も「触ったようにも見えるけど、そもそも枠行ってないじゃん」という気持ちがある。GKは「コース変えてません」とキリッとしている。この場合、ルール上はコーナーだけど、かなりの頻度でゴールキックにジャッジされる印象があります。ま、シューターにもやっぱり照れがあったり。

 「シューター、GK、審判の三者でヘタクソ認定? それはうがった見方じゃないかな(笑)。まぁ、人間心理だから全く作用しないとは言い切れないけど、基本的にはどっちのボールかはいちばんシビアな問題ですよ。そうだね、これから頭をかきながらポジションへ戻るシューターがいたらそういう作用かなと注目してもいいけど」

 僕はこの目分量さ加減っていうのはサッカー、フットボールの根幹に関わる事柄のようにも思うんです。まぁ、審判もフットボールの仲間だから多少のことは許し合おうというような。原っぱでボール遊びして、仲間の誰かが「じゃ、俺このゲーム、審判やるよ」と言ってた時代の名残りというのかな。

 「僕も子供に教えるときはそういう基本をきっちり言うようにしてますけど、現実にプロの試合にそういう精神が残ってるかというと、そんなことはないですね。よっぽど人格的に優れた選手ならともかく、フツーは『プロのくせにちゃんと見ろよ』って思ってますよ。審判も『プロのくせに枠ハズすなよ』って思ったりね(笑)」

 この「コーナーキックかゴールキックか?」はTV中継がふんだんに組まれる時代になって、スロー画像がすぐに見られるようになったから浮上したような問題なんでしょうか?

 「僕は日本のTV中継に足りないと思ってるね。スカパーもほとんどやらない。NHKなんかもっとやらない。それこそがTV中継の醍醐味でしょう。絶対やるべきです。オフサイドかオフサイドじゃないか。どっちのボールか。それをクドクドやると審判に無用なプレッシャーをかけるって言う人がいるけど、僕は逆だと思う。大体の場合、審判がこんなに正確にジャッジしてたのかと視聴者にわかる。そして審判の技術向上にも役立つと思うんです」

 いやー、電話してよかった。さすがAFC「フットボールライター・オブ・ジ・イヤー」(98年)受賞者! 電話の切り際、「浦和戦はどうでしたか?」と尋ねられた。大住さん、有難うございます。それは次週扱う予定です。


附記1、まぁ、謎の一週先送りなわけですけど、浦和戦当日、日光アイスバックス・土田英二広報の結婚式で宇都宮にいたというのも関係していますね。披露宴は16時開始で、もしかしたら下野新聞社かどこかへ駆け込めばスカパー見せてもらえるかもと期待してたんですが、20時過ぎまで祝宴が続きました。まぁ、土田は一昨年までスタープレーヤーでしたから。

2、大住良之さんは柳下監督に変わってから新潟の化学変化に関心を示しておられました。たぶん首都圏開催のFC東京戦はライター、ジャーナリストが集まる感じになるんじゃないでしょうか。

3、鈴木大輔がいよいよロンドン五輪目前です。強化試合のベラルーシ戦、やっぱり見ちゃいましたね。来週、当コラムを配信する木曜はもう初戦のスペイン戦かぁ。今大会はさすが「フットボールの母国」開催だけあって試合会場が最高ですね。

4、あと競技別のロンドン五輪記念硬貨(50ペンス)が発売になったんですけど、サッカーのやつご覧になりました? アイデアを一般公募したらしいんだけど爆笑ですよ。オフサイドのルールを説明できるデザインになってる。その記念コインさえ持ってればTVの前で友達に説明できます。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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