【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第145回

2012/8/30
 「実況ブース」

 J1第22節、新潟×広島。
 この日は普段と趣向を変えてFMポートの実況ブースにお邪魔した。ラジオ中継の現場にかねて関心があったのだ。FMポートの実況アナは立石勇生さん、『GOOD MORNING PORT CITY Saturday』(土曜午前)のアルビフリークのコーナーに二度ほど呼んでいただいた。立石さんはフットワークの人で、平日の帯番組をやってから聖籠へ取材に出る。アウェーの試合取材も単身、動いておられる。いっぺん埼スタの帰り、偶然、電車が一緒になったことがあって、聞いたら「これから名古屋へ移動して、明日はバスケの試合を取材します」と言うんでびっくりした。

 実況ブースの見学はそのときにお願いしたのだ。そうしたら「コメリ60周年プレゼンツ FMポート ミッドサマースポーツスペシャル アルビフリーク ライブJ」に密着が叶った。試合のほうも「コメリデー」(エイエイオー!)だが、放送も「コメリ60周年プレゼンツ」。解説はいつもの鳴尾直軌さんじゃなくて、何と解説初出演、ユース監督の上野展裕さんだ。つまり、ついこないだまで「監督代行」だった上野さんの解説つきで、首位・広島戦をライブ観戦できてしまう(!)。

 メインスタンド4Fの放送フロアはかなり立派だった。もう通路から広々していて、冷房が効いている。隣りのブース1と2をぶち抜きでスカパーが使い、3と4をFMポートが使っている。「放送中」の赤い電光板にドキドキしながらドアを開けた。と、これが素晴しい放送ブースだ。つまり、W杯仕様ということなのだろう。想像を絶して広い。僕はプロ野球の放送ブースしか立ち入った経験がないけれど、例えば東京ドームの実況席が4つくらい取れるスペースじゃないか。

 18時55分放送開始。スタジオ受けの渡辺ひとみさんの前クレあって、57分から立石さんがカフを上げる。立石さんは上野さんに「ガンガン突っ込んでください。よろしくお願いします」と声をかけてから、おもむろにビッグスワンの夏の夕景を描写にかかった。大状況を固めてから決戦にフォーカスする入り方だ。すごくカッコいいと思った。

 場内は選手入場。上野さんは「佐藤寿人の攻撃をいかに抑えて、抑えるだけじゃなくカウンターを狙っていけるか」をポイントに挙げる。つまりこの試合、攻守の切り替えが見どころということだ。両軍、円陣を解いてキックオフの体勢へ。広島は円陣の後、ひとりひとりハイタッチしてからポジションにつく。

 試合開始。さっそく上野さんが「三門が高萩についている」と指摘。新潟は対広島の戦術を練りに練ったらしい。広島は高萩にボールが入ると攻撃のスイッチが入る。そこを三門のマークで消そうという発想か。立石実況はかなり頑張ってオン・ザ・ボールの動きを追う。パスのテンポが速くて追いついていかないときも、言葉が状況を追いかける。立石さんは以前、FMポート中継に入ってた文化放送・鈴木光裕アナ、長谷川太アナのテープを聴き込むことで、自分の実況スタイルを作ったそうだ。僕は文化放送で何だかんだ20年近く仕事してるから、「ミツヒロさん」「ハセガワさん」のスタイルもよく存じ上げてて興味深い。

 あらためて思ったことは「FMポートはアルビ応援放送である」、「ラジオは目の前で起きてることを言う」の2点。まず、応援放送の立場がとれるのは地元局の圧倒的な強みだ。テレビ新潟制作のスカパー中継の場合、相手方のファンも想定しなきゃいけないから実況アナもずいぶん気をつかっている。「目の前で起きてることを言う」は実況である以上当たり前のようでいて、案外、民放TVのサッカー中継等では軽んじられている。トリビアルな小ネタを事前に調べといて、試合中に披露して、カンジンの「目の前で起きてること」がお留守になってたりする。その点、ラジオは絵がないから「目の前で起きてること」を言うしかない。ごまかしがきかないのだ。

 試合を見ていて感じたのは何か今日は攻めが薄いなぁという感覚だった。広島のきびしい寄せをかいくぐってチャンスを作るんだけど、人数が足りない。と思って1秒後、げっ、そうかと納得する。このところ盛んに飛び出して好機を演出する三門が今、何をしてるかという話だ。三門は敵の危険人物・高萩を徹底的にマークしている。こりゃ、敵のストロングを消す為にこっちのストロングも相殺してるような状況だ。

 上野さんの解説でハッとしたのは敵のCKの場面だった。普通は「守りに集中したい」的なことを言うでしょ。上野さんは「逆にこれをチャンスにつなげたい」と言った。なるほどと思ったなぁ。攻守の切り替えはそういう次元でイメージしないといけない。敵のチャンスこそがカウンター速攻の得点機なのだ。特に前に人数をかけられない今みたいな戦況では、敵CKは「好機」だ。サッカーは一筋縄ではいかない。今度から敵CKをそういうつもりで見ようと思う。

 だもんで一瞬のスキを突かれてカウンターを食らった前半26分の失点(得点者・佐藤寿人)は余計に悔しいものだった。失点前、新潟は流れをつかんでいた。が、流れをつかんでるときは危うさもある。敵も「逆にこれをチャンスにつなげたい」と発想する。つまり、やりたいことを向こうに先にやられた。最初のチャンスで決められた。立石実況も「まるで忍者のように隠れながらウラを狙ってた」「食いつかせて高速パスでウラを狙う」と敵軍を称えるトーン。

 後半は3分、本間のスルーパスにブルーノが抜け出した場面が最高に盛り上がった。決めきれず立石さんも上野さんも、ディレクターも技術さんもFMポートのスタッフ全員のけぞった。そして10分、右サイドからの折り返しを石原直樹に合わせられた2失点めは全員カクッとなった。僕は森保サンフレッチェには従来の展開力に加えて「新潟の持ち味だったもの」がミックスされていると思った。切り替えの速さ、巧みさだ。思えば「森保一コーチ」を失ったことは大きな出来事だった。

 そこからジリ貧だった。広島も引いて守り、くさびがなかなか入らない。僕はカンタンには超えられない差を感じた。広島強い。そして巧い。けれど立石さんはマイクに向かって弱音は吐けない。「1本のシュートが流れをガラリと変えると思います」「頑張ってライン上げたいですね」「まだロスタイム合わせて5分以上あります」。応援放送の本領だ。面白いことに応援放送はその極点において、もはや「目の前で起きてること」を凌駕(りょうが)していた。

 目の前ではもう、何も起きていないのだ。起きる気配も残念ながらない。それでも立石さんは言い続けた、「この1本が入れば充分まだチャンスあります」。上野さんも言った、「(ロスタイムの)3分あれば2点は充分とれます」。そこに嘘はないのだ。立石さんは放送人として、上野さんはサッカー人としてそれを信じている。得難い体験だった。上野さんのおかげで大変勉強にもなった。FMポートの皆さん、本当にありがとうございました。


附記1、完敗でしたね。僕が心配なのは「再び17位に転落」よりも、試合後半、なすすべなくジリ貧に陥ったムードです。どうにもならないとしてもあがく姿が見たかった。し、今、「なすすべないっす」が見えたらとんでもなく危険ですよ。

2、上野展裕さんはこっちが恐縮してしまうくらい腰の低い方でした。ハーフタイム、僕に向かって「すいません、好きなこと言って」なんておっしゃるんですよ。いやいや、好きなこと言うのが解説だし、僕なんか単に見学者だし。

3、FMポート中継の日は(コアサポじゃないのなら)スワン上層階のてっぺん辺りで、ラジオを聴きながら試合を見るっていうのは悪くないと思います。上から見ればスペースも一目瞭然だし、細部は立石さんが言ってくれる。ただ小型ラジオを持っていかないと、スマホのradikoだと何秒か遅れて実況が入るからシンクロしませんね。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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