【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第159回
2012/12/6
「ダービーの誕生」
J1第33節、仙台×新潟。
もちろん今季ベストゲームの記録更新だ。「首位広島を勝ち点1差で追う仙台」vs「引き分け以下は問答無用、勝っても条件次第で降格が決まる新潟」という重圧のかかった一戦。どちらも勝つしかない。他会場がどうなるかは別として、両軍ともに勝って夢をつなぐしかない。ふたつの地方クラブが命運をかけて激突した。勝った側は敗者の夢を切断した責任において前へ進む。
とはいえ新潟の負けを予想する声が圧倒的だった。ユアスタへ乗り込んだサポーターの多くは、もしも降格するのならそれを自分のこととして受けとめようという悲壮な覚悟を持っていた。読者はベガルタ仙台の今季、ホーム戦績をご存知だろうか。16戦9勝6分1敗だ。ホームでほぼ負けないチームなのだ。鳥栖もそうだが、ホームで強いのは地方クラブの理想ではないか。新潟もかつては「内弁慶」と言われたくらいホームで強かった。当日は仙台の今季ホーム最終戦だ。満員の観客が「初優勝」を後押ししている。新潟はそこへ乗り込んで勝たなきゃならないのだ。
試合は闘志と闘志のぶつかりあいになった。ピッチに出たら順位なんかカンケイない。僕は何故、このカードがダービーと呼ばれないのかなぁと不思議だ。いつも強烈なインパクトがある。「橙黄戦」とでも名づけて名勝負数え唄をくりひろげたらいい。とうこうせんって等高線みたいで覚えやすくないか。大事なのは相手へのリスペクトがあることだ。同じ黄色のチームと戦うといっても柏レイソルとは意味が違う。地方で自立して、中央何するものぞいう覇気をたぎらせた同志。今回、又ひとつ因縁が加わった。仙台サポは一生、この新潟戦を忘れないだろう。
最初に肝を冷やしたのは前半4分過ぎ、仙台・富田晋伍のミドルシュートだった。ゴールポストを叩く音が耳に残る。ポストも内側だ。地獄の釜のフタが開きかけた音。異様な緊張感のなかで試合が始まってたから、あれが入れば仙台は一気にほぐれ、勝ちゲームを作っただろう。に対して新潟は1点とるのがやっとのチームだ。完封勝利に持ち込みたい。なるべく仙台がほぐれないほうが望ましいのだ。緊張の糸がぴーんと張って、胃が痛むような展開がむしろ望ましい。
といってそれは口で言うのはカンタンだけど、大変なことだ。死にもの狂いの集中を要する。前半、新潟は極端なハイプレスはかけなかったけれど、寄せが早く、的確だった。仙台はやっぱり硬かったのかなぁ。「大一番の重圧」でかたづけるのは酷に思えるけど、本来の凄みが出ない。逆に言うと新潟がうまく戦っていた。相手を勢いづかせないように、持ち味を消すように。
得点シーンは前半17分。仙台の2ラインは揃っていた。あんなにきれいに崩すのは久しぶりに見た。後ろでパスをまわして、ミシェウさんがDFのウラへパスを入れる。ウラヘ飛び出したのは三門雄大。受けたボールを折り返す。大外からキム・ジンスが上がっている。ジンスは左足インサイドで落ち着いて決める。三門、ジンスともに上がっての攻撃参加だった。ジンスは両手を組んで神に感謝を捧げる。柳下監督はバンザイ。ユアスタは新潟応援席を除いて一瞬にして凍りつく。
追加点のチャンスが何度か。ミシェウさんのパスからブルーノ・ロペスが飛び出してGKと1対1というシーンが作れた。やっぱり得点は選手らを元気づかせる。仙台は中盤を飛ばして前線にボールを入れ始める。それを根気よく跳ね返しクリアして、今度はアラン・ミネイロにカウンターゴールのチャンスが生まれた。僕は柳下さんの「対敵戦術」は大変なもんだと思う。チームが想定した感じで物事が推移するからね。
前半で二度めにヒヤッとしたのは34分過ぎ、敵FKのクリアボールのこぼれを赤嶺が蹴り込んだシーンだなぁ。これはDFに当たってコースが変わった。GK・黒河が身体を残して、しゃがみ込むように抑える。この試合、黒河は冴えてたなぁ。サイド攻撃のチームはDFのクリアも気を抜けないけど、キーパーの飛び出しの判断もどえらい重要だからね。
で、後半は文字通り死闘だよ。仙台が必死に押し込んでくる。新潟は死にもの狂いでしのぐ。セカンドボールは新潟のほうが拾っていた。ブルーノが交錯プレーで流血する。が、包帯をぐるぐる巻きにして鬼神のように前線を駆け続ける。新潟のハードワークは際立っている。寄せは前半よりきびしい。これはレッドゾーンまで振り切れている。この姿を見てくれ。一体、誰があきらめている? この姿に感じるものがなかったらサッカーなんて見る価値がない。いいかい新潟ってのはね、絶対あきらめないんだ。
仙台は攻めても攻めてもゴールが割れない。反対に後半30分、バックパスをブルーノにさらわれ、決定的なピンチを招いた。ブルーノ、あれ決まんないんだなぁ。ポストを直撃。こう、魔物の気配がした。前半、富田のミドルをはね返した右ポストだ。魔物はとんでもない奴だよ。仙台サポの感情をいいように操ってる。これはこのままじゃ終わらない試合だな。新潟はやり切るだけだ。別に惜しいシュートがポストに嫌われるのなんて昨日今日始まった話じゃない。
が、スコアは動かない。仙台・リャン、新潟・藤田に決定機が訪れるが得点には至らない。「このままじゃ終わらない試合」だったのは後半39分過ぎ、ブルーノが抜け出して、追走した角田がエリア内で押し倒したシーンだった。あれはレフェリーの裁量だけど、PKくれていいと思った。ジャッジに異を唱えて柳下監督は退席処分を下される。風雲急を告げるユアスタ。エントロピーが爆発する感じで、ロスタイムが何と6分。もう、「どこまですごいことを人間にやらせるんだ劇場」ですよ。長いよその劇場名とロスタイムってものは。だけどねぇ、やり切ったんだ。これは魂の勝利だよ。
タイムアップの笛が鳴り、ユアスタは沈黙する。広島がビッグアーチで勝利して、初の年間優勝を決めた。新潟応援席の「戦えニイガタ」だけが場内にこだます。仙台の選手もサポも放心していた。ベガルタ仙台は一年かけて目指してきたものを失った。僕らはその重みをまっすぐ受けとめよう。最終節、彼らの夢の重みに恥じない戦いをしよう。
附記1、僕は両クラブの歴史に残る名勝負だったと思います。本文にも書きましたけど、これがダービーにならないなんておかしいです。仙台にとって新潟は「絶対に倒さねばならない敵」になった。新潟にとって仙台は「刮目すべき敵」になった。ともに敵として敬する関係が生まれた。
2、最終節は「新潟が勝ち、ガンバ、神戸が引き分け以下」の条件でJ1残留です。きびしいことに変わりはない。柳下監督はベンチに入れず、ミシェウさんも累積欠場です。まぁ、この期に及んでそんなこと言っててもしょうがないね。全力で勝ち切ろう。じゃ、札幌戦、スワン正門前で逢おうぜ。言葉通りの「史上最大の入り待ち」やってやろう。
3、2日(日)の北書店イベントは13時開始、千円とるんだね。これまでクラブオフィシャルのサッカー講座しかやってないから、これは雰囲気変わるなぁ。いらっしゃる方は北書店さんに予約入れたほうがいいですよ。僕は話したいことがあります。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第33節、仙台×新潟。
もちろん今季ベストゲームの記録更新だ。「首位広島を勝ち点1差で追う仙台」vs「引き分け以下は問答無用、勝っても条件次第で降格が決まる新潟」という重圧のかかった一戦。どちらも勝つしかない。他会場がどうなるかは別として、両軍ともに勝って夢をつなぐしかない。ふたつの地方クラブが命運をかけて激突した。勝った側は敗者の夢を切断した責任において前へ進む。
とはいえ新潟の負けを予想する声が圧倒的だった。ユアスタへ乗り込んだサポーターの多くは、もしも降格するのならそれを自分のこととして受けとめようという悲壮な覚悟を持っていた。読者はベガルタ仙台の今季、ホーム戦績をご存知だろうか。16戦9勝6分1敗だ。ホームでほぼ負けないチームなのだ。鳥栖もそうだが、ホームで強いのは地方クラブの理想ではないか。新潟もかつては「内弁慶」と言われたくらいホームで強かった。当日は仙台の今季ホーム最終戦だ。満員の観客が「初優勝」を後押ししている。新潟はそこへ乗り込んで勝たなきゃならないのだ。
試合は闘志と闘志のぶつかりあいになった。ピッチに出たら順位なんかカンケイない。僕は何故、このカードがダービーと呼ばれないのかなぁと不思議だ。いつも強烈なインパクトがある。「橙黄戦」とでも名づけて名勝負数え唄をくりひろげたらいい。とうこうせんって等高線みたいで覚えやすくないか。大事なのは相手へのリスペクトがあることだ。同じ黄色のチームと戦うといっても柏レイソルとは意味が違う。地方で自立して、中央何するものぞいう覇気をたぎらせた同志。今回、又ひとつ因縁が加わった。仙台サポは一生、この新潟戦を忘れないだろう。
最初に肝を冷やしたのは前半4分過ぎ、仙台・富田晋伍のミドルシュートだった。ゴールポストを叩く音が耳に残る。ポストも内側だ。地獄の釜のフタが開きかけた音。異様な緊張感のなかで試合が始まってたから、あれが入れば仙台は一気にほぐれ、勝ちゲームを作っただろう。に対して新潟は1点とるのがやっとのチームだ。完封勝利に持ち込みたい。なるべく仙台がほぐれないほうが望ましいのだ。緊張の糸がぴーんと張って、胃が痛むような展開がむしろ望ましい。
といってそれは口で言うのはカンタンだけど、大変なことだ。死にもの狂いの集中を要する。前半、新潟は極端なハイプレスはかけなかったけれど、寄せが早く、的確だった。仙台はやっぱり硬かったのかなぁ。「大一番の重圧」でかたづけるのは酷に思えるけど、本来の凄みが出ない。逆に言うと新潟がうまく戦っていた。相手を勢いづかせないように、持ち味を消すように。
得点シーンは前半17分。仙台の2ラインは揃っていた。あんなにきれいに崩すのは久しぶりに見た。後ろでパスをまわして、ミシェウさんがDFのウラへパスを入れる。ウラヘ飛び出したのは三門雄大。受けたボールを折り返す。大外からキム・ジンスが上がっている。ジンスは左足インサイドで落ち着いて決める。三門、ジンスともに上がっての攻撃参加だった。ジンスは両手を組んで神に感謝を捧げる。柳下監督はバンザイ。ユアスタは新潟応援席を除いて一瞬にして凍りつく。
追加点のチャンスが何度か。ミシェウさんのパスからブルーノ・ロペスが飛び出してGKと1対1というシーンが作れた。やっぱり得点は選手らを元気づかせる。仙台は中盤を飛ばして前線にボールを入れ始める。それを根気よく跳ね返しクリアして、今度はアラン・ミネイロにカウンターゴールのチャンスが生まれた。僕は柳下さんの「対敵戦術」は大変なもんだと思う。チームが想定した感じで物事が推移するからね。
前半で二度めにヒヤッとしたのは34分過ぎ、敵FKのクリアボールのこぼれを赤嶺が蹴り込んだシーンだなぁ。これはDFに当たってコースが変わった。GK・黒河が身体を残して、しゃがみ込むように抑える。この試合、黒河は冴えてたなぁ。サイド攻撃のチームはDFのクリアも気を抜けないけど、キーパーの飛び出しの判断もどえらい重要だからね。
で、後半は文字通り死闘だよ。仙台が必死に押し込んでくる。新潟は死にもの狂いでしのぐ。セカンドボールは新潟のほうが拾っていた。ブルーノが交錯プレーで流血する。が、包帯をぐるぐる巻きにして鬼神のように前線を駆け続ける。新潟のハードワークは際立っている。寄せは前半よりきびしい。これはレッドゾーンまで振り切れている。この姿を見てくれ。一体、誰があきらめている? この姿に感じるものがなかったらサッカーなんて見る価値がない。いいかい新潟ってのはね、絶対あきらめないんだ。
仙台は攻めても攻めてもゴールが割れない。反対に後半30分、バックパスをブルーノにさらわれ、決定的なピンチを招いた。ブルーノ、あれ決まんないんだなぁ。ポストを直撃。こう、魔物の気配がした。前半、富田のミドルをはね返した右ポストだ。魔物はとんでもない奴だよ。仙台サポの感情をいいように操ってる。これはこのままじゃ終わらない試合だな。新潟はやり切るだけだ。別に惜しいシュートがポストに嫌われるのなんて昨日今日始まった話じゃない。
が、スコアは動かない。仙台・リャン、新潟・藤田に決定機が訪れるが得点には至らない。「このままじゃ終わらない試合」だったのは後半39分過ぎ、ブルーノが抜け出して、追走した角田がエリア内で押し倒したシーンだった。あれはレフェリーの裁量だけど、PKくれていいと思った。ジャッジに異を唱えて柳下監督は退席処分を下される。風雲急を告げるユアスタ。エントロピーが爆発する感じで、ロスタイムが何と6分。もう、「どこまですごいことを人間にやらせるんだ劇場」ですよ。長いよその劇場名とロスタイムってものは。だけどねぇ、やり切ったんだ。これは魂の勝利だよ。
タイムアップの笛が鳴り、ユアスタは沈黙する。広島がビッグアーチで勝利して、初の年間優勝を決めた。新潟応援席の「戦えニイガタ」だけが場内にこだます。仙台の選手もサポも放心していた。ベガルタ仙台は一年かけて目指してきたものを失った。僕らはその重みをまっすぐ受けとめよう。最終節、彼らの夢の重みに恥じない戦いをしよう。
附記1、僕は両クラブの歴史に残る名勝負だったと思います。本文にも書きましたけど、これがダービーにならないなんておかしいです。仙台にとって新潟は「絶対に倒さねばならない敵」になった。新潟にとって仙台は「刮目すべき敵」になった。ともに敵として敬する関係が生まれた。
2、最終節は「新潟が勝ち、ガンバ、神戸が引き分け以下」の条件でJ1残留です。きびしいことに変わりはない。柳下監督はベンチに入れず、ミシェウさんも累積欠場です。まぁ、この期に及んでそんなこと言っててもしょうがないね。全力で勝ち切ろう。じゃ、札幌戦、スワン正門前で逢おうぜ。言葉通りの「史上最大の入り待ち」やってやろう。
3、2日(日)の北書店イベントは13時開始、千円とるんだね。これまでクラブオフィシャルのサッカー講座しかやってないから、これは雰囲気変わるなぁ。いらっしゃる方は北書店さんに予約入れたほうがいいですよ。僕は話したいことがあります。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
