【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第195回

2013/11/7
 「1年という時間」

 J1第30節、新潟×湘南。
 この日は10時からサッカー講座、11時からバックスタンド側通路・特設テントにて『アルビレックス散歩道2012』サイン会、13時キックオフと慌しかった。さすがに駅南のビジネスホテルに前泊。朝、天候が回復したので日課にしているウォーキング(弁天橋まで往復)に出たら、湘南サポがひとりオレンジバナーを写メに撮っていた。目が合って会釈する。あのでたらめな早さは夜行バスだろうか。

 サッカー講座では冒頭、「今日の湘南は1年前の僕たちです」という話をした。昨シーズンの第30節は「史上最大の入り待ち」作戦が始まったホーム・鳥栖戦だ。あの試合を落としていよいよきびしくなった。今節キックオフ前の時点で16位・湘南は残留ラインの15位・甲府まで勝ち点5差。そりゃ死にもの狂いだろう。本気でやり合う必要がある。スキを見せたらやられるよ。

 だから、この試合は一義的にはもちろん新潟vs湘南の試合だけど、裏テーマとしては「2013年新潟vs2012年新潟」でもあるのだった。僕らは1年前の崖っぷち地点からてくてく歩いてきた。歩みは一歩一歩だから風景が劇的に変わるわけじゃない。自分では気づかないことも多い。一体、僕らはどのくらい変われたのか。成長できたのか。それを見たい。

 試合。僕はちょっとジーンと来ましたね。素晴しい内容。1点取るのに汲々としていたチームがこんなに変わるんだな。たった1年だけど、積み上げたものは大きい。そしてチームが自信を持っている。僕はスコアが動かないうちからワンサイドを予感した。力の差がある。力の差なんて考えること自体、おこがましいんだけど、そうとしか言いようがない。この試合もらったと思った。リーグ戦本拠地7連勝確実! 

 読者はその後の展開を知って読んでいるから、僕が危険なワナに陥ったのにお気づきだろう。「スキを見せたらやられるよ」と言ってる先から自分がスキをつくってる。ただそれくらいチームは快調だった。レオ・シルバが(出場停止から)戻って、攻守のアクセントになっている。カバーエリアが広大で、必ずボールを獲り切る。で、持ったら奪われないから皆、安心して上がれる。新潟はいつもハードワークして攻めに人数をかけるが、何故、人数がかけられるかというと「持ったら奪われない」キーマンがいるからだね。

 前半12分、そのレオ・シルバが持った途端、川又堅碁が動き出してエリアで倒される。最高の動き出しだった。呼吸ができてるニュアンス。これがPK判定になって、堅碁が(やり直しも含めると二度)決める。この日は日本代表のザッケローニ監督が視察に来られており、メディア関係者もケンゴの活躍を期待していた。「代表入りを猛アピール」という記事が書きたい。あるいは「猛アピール」の写真が撮りたい。

 そうしたらその後、絵に描いたような「猛アピール」的展開になったんだね。後半18分、成岡翔が左サイドをドリブルで持ち込んでまたもエリア内で倒される。またPKだ。これをケンゴが今度はグラウンダーで決めた。うわ、PKだけでハットトリックって可能性もあるぞ。そうなると「ケンゴ秋のPK祭り」なのか? 

 さすがにそうはならなかった。同27分、流れのなかで決めた。まず鈴木武蔵に渡して、武蔵が右サイド大外を駆け上がった田中亜土夢に渡す。亜土夢はクロスを供給。ゴール前にはケンゴとレオ・シルバが飛び込んでいる。ケンゴは球際が強いなぁ。それから身体の無理がきく。人数がかかってて、非常にアクチュアルな新潟らしい崩し&ゴール!

 川又堅碁、今季二度めのハットトリック達成だ。ゴール数も背番号の20に達し、クラブのシーズン最多ゴール記録を塗り替えた。っていうか、「得点王と初の代表召集が完全にロックオンされた」と表現していいんじゃないの。まぁ、ザッケローニ監督への「猛アピール」のほうは、何しろPKが2つと、人数をかけた崩しだから、個人が際立つ感じじゃなかったかもしれない。だけど存在感はバッチリでしょう。

 スコアは3対0。僕自身がそうだけど、もうビッグスワンはこの時点で、わっしょいわっしょいケンゴ祭りですよ。ゴール裏が「♪手がつけられない新潟~」を歌いだしてね、皆、ウキウキ状態。鈴木武蔵に超得点機が来たり(それはハズしたけど)、もう何点入っちゃうのかなぁと思っていた。ご承知おきの通り、これがヤバかったんだ。チームも、スタンドの雰囲気も緩んだ。そこから湘南に2点返される。最後なんかGKのアレックス・サンターナまで(ゴールをガラ空きにして)上がって、もうアイスホッケーみたいだった。3点めだって充分あり得たね。湘南ベルマーレ、素晴らしい粘りだった。終わってみれば「ケンゴ祭り」どころか薄氷の勝利だ。

 僕らはもう一度、「2012年アルビレックス新潟」の粘り強さを取り戻すべきかもしれない。チャレンジャーのひたむきさに立ち返るべきかもしれない。1年経って確かにチームは成長した。が、完成したわけでも何でもない。

 それは試合終盤、柳下正明監督が新しい布陣、新しい選手起用を試してみたことでもイメージできる。あ、終盤反撃食らった原因をその起用法に求める向きもあるようだけど、あの湘南の頑張りを見てくれ、そういうことじゃなかったと思う。つまり、それはさ、「2012年アルビレックス新潟」は相手の布陣や選手起用のおかげで残留できたわけじゃないじゃん。サッカーは本当に気持ちのスポーツなんだと思うよ。


附記1、サッカー講座&サイン会はおかげ様で大盛況でした。ついにサッカー講座は過去最多、150人を詰め込んだみたいです。新刊『アルビレックス散歩道2012』も発売日当日、去年の倍の売れ行きとのこと。

2、成岡選手がテープぐるぐるになって痛々しかったですね。それでもきっちり仕事をして、存在感を示しました。

3、今週火曜、『週刊サッカーマガジン』打ち上げ宴会(於・神楽坂、ちゃんこ黒潮)に顔を出しました。編集長の北條聡さん、スーパーバイザーの国吉好弘にご挨拶して、名残りを惜しんだんですが、足立梨花さんが来てることに気づいた瞬間から気持ちが「まめりん」へ行っちゃうんだなぁ。人間(っていうかこの場合、俺か)、いい加減なもんだなぁと思いましたよ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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