【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第205回
2014/4/3
「複雑な味わい」
J1第4節、新潟×鳥栖。
これはね、印象に残る試合。こう、通好みっぽい複雑な味わいだね。サッカー内容的には9割がた鳥栖のゲームだった。鳥栖は魅力あるチームだね。方向性がブレない。徹底的にハードワークする。豊田陽平、水沼宏太が本格化する一方で、今季はクラブ史に特筆される級の積極補強を断行した。で、これがいいとこ押さえてんだよなぁ。まず林彰洋、菊地直哉のレンタル組を完全移籍で獲得。そして安田理大、岡本知剛、菅沼実、谷口博之と個性派を揃える。映画のキャスティングを連想するな。横山秀夫原作の警察ものでどうでしょう。
鳥栖目線で話をすると、えーと、横山秀夫原作だから「D県警」か、現場百回のハードワーク捜査をこなすんだけど、ちょっとした偶然が作用して犯人を取り逃がしてしまうんだな。9割がた犯人を追いつめながら最後の最後でフイにする。この作品は「D県警」側にも感情移入できるけど、ぎりぎりまで追いつめられた犯人側の心理も深みを与えてるね。追いつめられて生きた心地がしない。だもんで、警察小説でもあるけど、同時にクライムサスペンスだな。
試合終了時、届いたメールは「よく勝ったなぁ」「もう、ダメかと思った」「後半の45分間、背筋がゾーッとしてました」みたいなやつばっかり。勝って嬉しいのに、なぜ勝てたんだろうと不思議がってる。あるいはとにかくドッと疲れてる。僕はね、例えばスポーツドキュメンタリー番組がやたらと感動の安売りをして、「気持ち」とか「思い」とか「こだわり」とか「意地」だけですべてを語ろうとするでしょ。超安い手で上がろうとする。じゃ、こういう何とも言えない試合を「気持ち」で語ってみろと思います。
僕自身だっておそらくは人一倍「気持ち」とかにグッと来る体質で、そんなことは当コラムの読者はよくご存知だと思うんだけど、でも、スポーツの現場に長く身を置いているとひとつの真実を知ることになるんだ。それは大概の試合がビミョーというのか、割り切れないものが残るというのか、スッキリしないものなんだね。音楽に例えたらCとかFとかシンプルなコードはほとんどなくて、不協和音になってるんだよ。何とも言えない不安定な音が混じってる。つまり、ジャズのコードだね。
試合を振り返ろう。鳥栖は今、いちばん手合わせしたい相手だった。新潟は開幕以来、課題を抱えている。それは「引いて布陣する相手をどう崩すか?」だ。昨シーズン後半、奪って速いショートカウンターで結果を残したチームが、今年は遅攻で崩しにかかる展開ばかりになっている。たぶんそれは複合的な要因によるのだろう。相手も研究して来てる。去年ほどボールを奪えない。こっちも自分からアクション起こすサッカーがしたい。
で、鳥栖がどういうチームかというとカウンターに磨きをかけてる典型例だ。ロングボール1本で戦局をガラッと変える。あるいはクロス1本、ロングスロー1本で勝負をかける。難敵中の難敵だね。新潟としたらここと当たって打開できたら大いに自信がつく。ポイントは競り合いだ。身体を張ってセカンドボールを奪う。闘争心だよ。
それからサポーターは川又堅碁(&リーグ戦今季初スタメンの鈴木武蔵)と菊地直哉のマッチアップを大いに楽しみにしていた。去年は出場停止で新潟戦に出場していない。敵のユニホームを着た菊地が初めてビッグスワンに登場するのだった。当然、ここもゴリゴリにやり合って欲しい。
前半にかぎって言えば、セカンドボールもまずまず拾え、戦えたんじゃないだろうか。前半30分、レオ・シルバのゴール(今季の本拠地初ゴール!)はそういう流れのなかで決まった。波状攻撃だ。「拾ってシューターに渡す、拾ってシューターに渡す」のパターンを繰り返した。あのゴールは開幕以来の課題にひとつ答えを示せたというところじゃないか。
問題は後半だね。これはきつかった。鳥栖が2回くらいスーパー得点機を外してくれた。それも何で決まらなかったのか理由がわからないくらいのやつ。この試合は「新潟が勝った」んじゃなくて「鳥栖が勝たなかった」んだね。何で勝たなかったのかキツネにつままれたようなんだ。試合後の会見で柳下正明監督は「新潟が粘ったんじゃないですか?」という質問を言下に退けている。そうなんだ、展開からいうと粘り勝ちと総括したくなるけど、そういうんじゃない。
但し、同会見でメンバー交代しなかった理由を問われて「(スタメン組より)交代する選手は皆、小さい」と、上背というかロングボール対応のことだけ言ったのは、半分しか納得できない。この試合、新潟はメンバー交代がなく、スタメンの11人で試合を終えたんだね。そりゃ僕も(徹底的に押し込まれる時間帯が続いたし)途中から入った選手が流れに乗れないと穴が開く、ロングボール跳ね返すには高さがいる、とは思いますよ。
だけどね、ヤンツーさんがピッチに伝えたことは「出てる選手は責任を持て」だったと思う。早い話、ナビスコから中3日で選手は疲れてたんだ。鳥栖はちょうどナビスコ休みの日程だったから1週間空いて万全で来てる。だから後半、勢いが向こうにあってもある程度は仕方ないね。
ってこれは見てる側の考えでしょう。やってる側、出てる選手は責任持たないと。ぜんぜんカンケイないよ。「中3日の負けは可哀想だから勝ち点1」とかにはなってない。こんなラクなとこで自分に甘くしてたら、肝心なときもきっと弛んじゃうよ。
勝つには勝った。これは胸に手を当ててみれば皆、思ったことだ。勝つには勝ったのだし、試合には勝つ以上にいいことなんてない。それはそうだけど、割り切れないものが残る。僕はアルビレックス新潟には歴史が足りないと思ったな。修羅場をくぐり抜けてきた歴史が。ヤンツーさんにはその甘さがわかったんだと思います。
附記1、前節同様、この試合もチームは喪章をつけて、サポーターは「澤村先生に勝利を捧げよう」の断幕を掲示しましたね。とにかくホーム初勝利をお見せできてよかったと思います。
2、今週は触腕が完全なダイオウイカが2体、佐渡沖で捕獲されましたね。今年になって新潟県内で計8体ですか。NHKスペシャルで映像が公開された頃は「幻の巨大生物」だったのに。これ、マジで天変地異の前ぶれとかじゃないといいですね。
3、個人的な大ニュースは今年度の広島県瀬戸内高校の入試問題に、僕のエッセイ集『妙な塩梅』から引用&出題(「次の文章を読んで、後の問いに答えなさい」方式)されたことですね。「著作物使用許諾書」が郵送されてきた。こういうのは試験問題がバレちゃうといけないから絶対に事後承諾なんですよね。いやぁ、しかし「この言葉に込められた筆者の思いとして最も適当なものを次のア~エの中から一つ選び、その記号を答えなさい」とかなってるんだけど、当の筆者がけっこう考えちゃったよ。瀬戸内高校ってサッカーも野球も強い学校ですよね。確かサッカーは赤いユニホームで、野球は赤い帽子だったと思う。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第4節、新潟×鳥栖。
これはね、印象に残る試合。こう、通好みっぽい複雑な味わいだね。サッカー内容的には9割がた鳥栖のゲームだった。鳥栖は魅力あるチームだね。方向性がブレない。徹底的にハードワークする。豊田陽平、水沼宏太が本格化する一方で、今季はクラブ史に特筆される級の積極補強を断行した。で、これがいいとこ押さえてんだよなぁ。まず林彰洋、菊地直哉のレンタル組を完全移籍で獲得。そして安田理大、岡本知剛、菅沼実、谷口博之と個性派を揃える。映画のキャスティングを連想するな。横山秀夫原作の警察ものでどうでしょう。
鳥栖目線で話をすると、えーと、横山秀夫原作だから「D県警」か、現場百回のハードワーク捜査をこなすんだけど、ちょっとした偶然が作用して犯人を取り逃がしてしまうんだな。9割がた犯人を追いつめながら最後の最後でフイにする。この作品は「D県警」側にも感情移入できるけど、ぎりぎりまで追いつめられた犯人側の心理も深みを与えてるね。追いつめられて生きた心地がしない。だもんで、警察小説でもあるけど、同時にクライムサスペンスだな。
試合終了時、届いたメールは「よく勝ったなぁ」「もう、ダメかと思った」「後半の45分間、背筋がゾーッとしてました」みたいなやつばっかり。勝って嬉しいのに、なぜ勝てたんだろうと不思議がってる。あるいはとにかくドッと疲れてる。僕はね、例えばスポーツドキュメンタリー番組がやたらと感動の安売りをして、「気持ち」とか「思い」とか「こだわり」とか「意地」だけですべてを語ろうとするでしょ。超安い手で上がろうとする。じゃ、こういう何とも言えない試合を「気持ち」で語ってみろと思います。
僕自身だっておそらくは人一倍「気持ち」とかにグッと来る体質で、そんなことは当コラムの読者はよくご存知だと思うんだけど、でも、スポーツの現場に長く身を置いているとひとつの真実を知ることになるんだ。それは大概の試合がビミョーというのか、割り切れないものが残るというのか、スッキリしないものなんだね。音楽に例えたらCとかFとかシンプルなコードはほとんどなくて、不協和音になってるんだよ。何とも言えない不安定な音が混じってる。つまり、ジャズのコードだね。
試合を振り返ろう。鳥栖は今、いちばん手合わせしたい相手だった。新潟は開幕以来、課題を抱えている。それは「引いて布陣する相手をどう崩すか?」だ。昨シーズン後半、奪って速いショートカウンターで結果を残したチームが、今年は遅攻で崩しにかかる展開ばかりになっている。たぶんそれは複合的な要因によるのだろう。相手も研究して来てる。去年ほどボールを奪えない。こっちも自分からアクション起こすサッカーがしたい。
で、鳥栖がどういうチームかというとカウンターに磨きをかけてる典型例だ。ロングボール1本で戦局をガラッと変える。あるいはクロス1本、ロングスロー1本で勝負をかける。難敵中の難敵だね。新潟としたらここと当たって打開できたら大いに自信がつく。ポイントは競り合いだ。身体を張ってセカンドボールを奪う。闘争心だよ。
それからサポーターは川又堅碁(&リーグ戦今季初スタメンの鈴木武蔵)と菊地直哉のマッチアップを大いに楽しみにしていた。去年は出場停止で新潟戦に出場していない。敵のユニホームを着た菊地が初めてビッグスワンに登場するのだった。当然、ここもゴリゴリにやり合って欲しい。
前半にかぎって言えば、セカンドボールもまずまず拾え、戦えたんじゃないだろうか。前半30分、レオ・シルバのゴール(今季の本拠地初ゴール!)はそういう流れのなかで決まった。波状攻撃だ。「拾ってシューターに渡す、拾ってシューターに渡す」のパターンを繰り返した。あのゴールは開幕以来の課題にひとつ答えを示せたというところじゃないか。
問題は後半だね。これはきつかった。鳥栖が2回くらいスーパー得点機を外してくれた。それも何で決まらなかったのか理由がわからないくらいのやつ。この試合は「新潟が勝った」んじゃなくて「鳥栖が勝たなかった」んだね。何で勝たなかったのかキツネにつままれたようなんだ。試合後の会見で柳下正明監督は「新潟が粘ったんじゃないですか?」という質問を言下に退けている。そうなんだ、展開からいうと粘り勝ちと総括したくなるけど、そういうんじゃない。
但し、同会見でメンバー交代しなかった理由を問われて「(スタメン組より)交代する選手は皆、小さい」と、上背というかロングボール対応のことだけ言ったのは、半分しか納得できない。この試合、新潟はメンバー交代がなく、スタメンの11人で試合を終えたんだね。そりゃ僕も(徹底的に押し込まれる時間帯が続いたし)途中から入った選手が流れに乗れないと穴が開く、ロングボール跳ね返すには高さがいる、とは思いますよ。
だけどね、ヤンツーさんがピッチに伝えたことは「出てる選手は責任を持て」だったと思う。早い話、ナビスコから中3日で選手は疲れてたんだ。鳥栖はちょうどナビスコ休みの日程だったから1週間空いて万全で来てる。だから後半、勢いが向こうにあってもある程度は仕方ないね。
ってこれは見てる側の考えでしょう。やってる側、出てる選手は責任持たないと。ぜんぜんカンケイないよ。「中3日の負けは可哀想だから勝ち点1」とかにはなってない。こんなラクなとこで自分に甘くしてたら、肝心なときもきっと弛んじゃうよ。
勝つには勝った。これは胸に手を当ててみれば皆、思ったことだ。勝つには勝ったのだし、試合には勝つ以上にいいことなんてない。それはそうだけど、割り切れないものが残る。僕はアルビレックス新潟には歴史が足りないと思ったな。修羅場をくぐり抜けてきた歴史が。ヤンツーさんにはその甘さがわかったんだと思います。
附記1、前節同様、この試合もチームは喪章をつけて、サポーターは「澤村先生に勝利を捧げよう」の断幕を掲示しましたね。とにかくホーム初勝利をお見せできてよかったと思います。
2、今週は触腕が完全なダイオウイカが2体、佐渡沖で捕獲されましたね。今年になって新潟県内で計8体ですか。NHKスペシャルで映像が公開された頃は「幻の巨大生物」だったのに。これ、マジで天変地異の前ぶれとかじゃないといいですね。
3、個人的な大ニュースは今年度の広島県瀬戸内高校の入試問題に、僕のエッセイ集『妙な塩梅』から引用&出題(「次の文章を読んで、後の問いに答えなさい」方式)されたことですね。「著作物使用許諾書」が郵送されてきた。こういうのは試験問題がバレちゃうといけないから絶対に事後承諾なんですよね。いやぁ、しかし「この言葉に込められた筆者の思いとして最も適当なものを次のア~エの中から一つ選び、その記号を答えなさい」とかなってるんだけど、当の筆者がけっこう考えちゃったよ。瀬戸内高校ってサッカーも野球も強い学校ですよね。確かサッカーは赤いユニホームで、野球は赤い帽子だったと思う。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
