【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第212回
2014/5/22
「負けて学ぶこともある」
J1第13節、柏×新潟。
前節から中3日。GW入りの4月下旬から続いた過密日程の最後の試合だ。知り合いの関東サポに声をかけたら「疲れがたまってます(笑)」だって。ま、選手と違ってサッカーしてるわけじゃないけど、皆勤賞級の人たちは相当ハードだ。例えば徳島戦に新潟発のくれよんバスツアーで行かれた方、あるいはマイカーで乗り込んだ方はリカバリーに数日要したんじゃないか。その「アルビ愛」に頭が下がる。
知り合いの関東サポはこの日も午前中には柏へ向かっていた。キックオフ時間は19時だけど、彼らは自由席の待機列に並ばなきゃいけない。ひとつ助かったのはこの連戦、徳島戦以外は基本的に「新潟⇔首都圏」間の移動で済んだことだ。チームは新幹線移動でストレスが少ないし、関東サポは今夜、サクッと帰宅して自分ちのシャワーが使える。まぁ、この過密日程、実は首都圏のクラブどうしの試合が多く組まれていて、それを思うとちょっとうらやましいけど、新潟だって比較的ラッキーなのだった。
で、あるならば勝ち点を伸ばしておきたい、幸い10戦負けなしなのだ。これはチームもサポも疲れが違います。一方の柏レイソルも前節こそ鈴木大輔がやらかしてたけど、基本、好調を維持している(但し、負傷者が多くて、この日は小林祐介のプロデビュー戦となった)。スポーツ新聞的には「工藤壮人、川又堅碁の代表候補対決!」「最後のアピールをするのはどっちだ!」という感じか。別に選挙戦を戦っているわけじゃないから、両候補は「最後のお願い」に声を枯らしたりはしないのだが。あと、ザックはこの日、(たぶん青山敏弘を見に)広島へ行ってる。だからアピールは一体、誰に向けてすればいいのかな?
試合。これが最高に面白かった。僕がよく使う表現で言えば「剣豪ふたりの息もつかせぬチャンバラ」。剣の舞だよ。ハチャトゥリヤンだよ。持ってるのは竹刀じゃなくて真剣だから、紙一重で切っ先をかわしたとしても、浅手は負う。こう、井上雄彦の『バガボンド』とかで、頬にひとすじスーッと傷が走って血がたれるみたいな描写があるでしょう。太刀筋を見切って、かわしたつもりが切っ先だけ頬に当たってたという。
キックオフから果敢に行ったのは新潟だ。日立台、柏サッカー場は僕のいちばん好きな会場だ。至近距離でこの試合が見られたのは日頃の心がけが良かったおかげでしょう。早寝早起き。お年寄りに席をゆずる。一瞬も目が離せないんだ。ヤンツー流免許皆伝・新潟の太刀筋は激しかった。受ける柏の刀から火花が飛ぶ。川又堅碁、岡本英也、成岡翔、田中亜土夢、この4枚が剣の舞だよ。で、レオ・シルバ、小林裕紀までは手がまわらない。ここで一手、新潟が勝るんだ。
もちろん試合中、僕は太刀筋を追いかけるのにやっとで全体を考えてみる余裕なんかなかったが、後になってみれば前半に最大の勝機があったといえる。早い時間に得点を奪えば試合のテンションが変わり、うちのゲームだったかもしれない。最高に惜しかったのは前半17分過ぎ、こぼれ球を拾ったレオがケンゴに素晴しいスルーパスを供給する。ケンゴはDFの裏へ抜けてフリーで受けた。キーパーと1対1。左足で蹴り込んだが、柏GK・菅野孝憲が好セーブ。そのこぼれを更にフリーの成岡が狙い澄ますが、これはポストに嫌われる。
が、ネルシーニョ流免許皆伝・柏も大した地力だった。前半途中からじわじわ押し返しはじめるんだ。柏強ぇ。僕は内心、舌を巻いた。局面局面、五分でやり合う。例えばうちにはレオというスーパーな選手がいるけれど、そこにデビュー戦の小林祐介が果敢に挑んでくる。小林祐介を見ていて、サッカーは勇気だと実感した。次第に柏の太刀筋が一手、上回る感じになる。もっとも深手に至ることはなく、前半終了。
両軍指揮官のハーフタイムコメント。
新潟・柳下監督 「守備はポジションに注意して、ラインを押上げてコンパクトに」「攻撃は背後を狙っていくことを忘れないように」「スピーディーな展開。我慢比べだ。残り45分集中して、チャンスをモノにしよう」
柏・ネルシーニョ監督 「相手がボールを持った時に寄せをもっと早くすること」「もっと前へ!」「前半の残り20分で見せた闘志あふれるプレーを後半も見せて欲しい」
つまり、どういうことかというとガチで行くぞという意味だ。より寄せを早くして、よりコンパクトに、よりスピーディーに。ハイテンション、ハイ集中力、ハイ闘魂でぶち当たれという意味だ。
で、その通りの後半戦になった。前半に輪をかけたやり合い。サッカーってさ、創造性あふれる崩しとか、技巧をこらしたキックとか、そういうのが面白いってことになってるでしょ。この試合のような、互いに「未然に防ぐ」をやり切る展開って不当に評価が低いよね。が、マジ面白かった。大体のところは高密度の「未然に防ぐ」だから、一見何も起きないんだ。ごくたまに「未然に防ぐ」の網目をかいくぐったのがエリアまで到達する。で、両軍GKがガッチリ抑える。僕はタイムアップまでこのまま行くかもなと覚悟した。
しかし、次第に「このまま行くかもな」は願望に変化しはじめる。内容が柏に傾いていくのだ。というか、公平に見て圧倒されている。新潟はチャンス自体が作れなくなる。まぁ、目まぐるしい展開のなかでピーンと緊張感が保たれているから、一見、圧倒されている印象は薄いのだ。が、新潟は手づまりだ。柏のほうも手づまりは手づまりだが、そろそろ突破口が見えつつある。
好位置でFKを与えてしまった。後半28分、左サイドから柏・田中順也がニアを狙ってくる。これがポストを叩き、はね返りを鈴木大輔が蹴り込む。やられた。よりにもよって大輔の「恩返しゴール」かぁ。試合はそのままタイムアップ。僕は正直言って柏やるなぁ、という感想だ。
勝敗を分けたのはわずかな差だと思うのだ。引き締まった素晴しいゲームだった。でも、僕は完敗と書き残しておきたい。力の差があった。柏は巧いし、構成力がある。そして、ケガ人続出の危機のなかで根性を見せた。じゃ、新潟はどうするか。もっと強くなればいいだけのこと。
いい勉強っす。中断期間のいい目標ができた。てか、これを踏まえて中断前、ナビスコカップで再戦できる。たぶん読者も久々の黒星がショックだろう。負けって悔しいものなんだなぁと再認識してるんじゃないか。まぁ、大事なことはポジティブであることだ。負けて学ぶこともある。悔しさからはじまることもある。
附記1、ブラジルW杯日本代表23人と予備登録7人が発表になりましたね。酒井高徳(シュトゥットガルト)がわざわざアルビレックス新潟へ寄せてくれたコメント最高でしたね。さすが「新潟代表」! そして川又堅碁は残念でした。この経験を糧に、更にスケールの大きなプレーヤーに成長してくれることを信じています。
2、この日は記者席に後藤健生さん、国吉好弘さんらベテラン記者が揃ってなかなかでした。後藤さんとは帰りの常磐線で一緒になり、あれこれ話し込んだんですが、柏・小林祐介と新潟・小泉慶という、2人の10代プレーヤーに感心しておられましたよ。
3、急にですけどブラジルへ行く話が舞い込んで、ビザ申請ですよ。びっくりですよ。あと黄熱病の予防接種もしなきゃいけないね。ひょっとして散歩道もブラジルから原稿送る回とか出るのかなぁ。細かいことぜんぜん決まってないんですけどね。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第13節、柏×新潟。
前節から中3日。GW入りの4月下旬から続いた過密日程の最後の試合だ。知り合いの関東サポに声をかけたら「疲れがたまってます(笑)」だって。ま、選手と違ってサッカーしてるわけじゃないけど、皆勤賞級の人たちは相当ハードだ。例えば徳島戦に新潟発のくれよんバスツアーで行かれた方、あるいはマイカーで乗り込んだ方はリカバリーに数日要したんじゃないか。その「アルビ愛」に頭が下がる。
知り合いの関東サポはこの日も午前中には柏へ向かっていた。キックオフ時間は19時だけど、彼らは自由席の待機列に並ばなきゃいけない。ひとつ助かったのはこの連戦、徳島戦以外は基本的に「新潟⇔首都圏」間の移動で済んだことだ。チームは新幹線移動でストレスが少ないし、関東サポは今夜、サクッと帰宅して自分ちのシャワーが使える。まぁ、この過密日程、実は首都圏のクラブどうしの試合が多く組まれていて、それを思うとちょっとうらやましいけど、新潟だって比較的ラッキーなのだった。
で、あるならば勝ち点を伸ばしておきたい、幸い10戦負けなしなのだ。これはチームもサポも疲れが違います。一方の柏レイソルも前節こそ鈴木大輔がやらかしてたけど、基本、好調を維持している(但し、負傷者が多くて、この日は小林祐介のプロデビュー戦となった)。スポーツ新聞的には「工藤壮人、川又堅碁の代表候補対決!」「最後のアピールをするのはどっちだ!」という感じか。別に選挙戦を戦っているわけじゃないから、両候補は「最後のお願い」に声を枯らしたりはしないのだが。あと、ザックはこの日、(たぶん青山敏弘を見に)広島へ行ってる。だからアピールは一体、誰に向けてすればいいのかな?
試合。これが最高に面白かった。僕がよく使う表現で言えば「剣豪ふたりの息もつかせぬチャンバラ」。剣の舞だよ。ハチャトゥリヤンだよ。持ってるのは竹刀じゃなくて真剣だから、紙一重で切っ先をかわしたとしても、浅手は負う。こう、井上雄彦の『バガボンド』とかで、頬にひとすじスーッと傷が走って血がたれるみたいな描写があるでしょう。太刀筋を見切って、かわしたつもりが切っ先だけ頬に当たってたという。
キックオフから果敢に行ったのは新潟だ。日立台、柏サッカー場は僕のいちばん好きな会場だ。至近距離でこの試合が見られたのは日頃の心がけが良かったおかげでしょう。早寝早起き。お年寄りに席をゆずる。一瞬も目が離せないんだ。ヤンツー流免許皆伝・新潟の太刀筋は激しかった。受ける柏の刀から火花が飛ぶ。川又堅碁、岡本英也、成岡翔、田中亜土夢、この4枚が剣の舞だよ。で、レオ・シルバ、小林裕紀までは手がまわらない。ここで一手、新潟が勝るんだ。
もちろん試合中、僕は太刀筋を追いかけるのにやっとで全体を考えてみる余裕なんかなかったが、後になってみれば前半に最大の勝機があったといえる。早い時間に得点を奪えば試合のテンションが変わり、うちのゲームだったかもしれない。最高に惜しかったのは前半17分過ぎ、こぼれ球を拾ったレオがケンゴに素晴しいスルーパスを供給する。ケンゴはDFの裏へ抜けてフリーで受けた。キーパーと1対1。左足で蹴り込んだが、柏GK・菅野孝憲が好セーブ。そのこぼれを更にフリーの成岡が狙い澄ますが、これはポストに嫌われる。
が、ネルシーニョ流免許皆伝・柏も大した地力だった。前半途中からじわじわ押し返しはじめるんだ。柏強ぇ。僕は内心、舌を巻いた。局面局面、五分でやり合う。例えばうちにはレオというスーパーな選手がいるけれど、そこにデビュー戦の小林祐介が果敢に挑んでくる。小林祐介を見ていて、サッカーは勇気だと実感した。次第に柏の太刀筋が一手、上回る感じになる。もっとも深手に至ることはなく、前半終了。
両軍指揮官のハーフタイムコメント。
新潟・柳下監督 「守備はポジションに注意して、ラインを押上げてコンパクトに」「攻撃は背後を狙っていくことを忘れないように」「スピーディーな展開。我慢比べだ。残り45分集中して、チャンスをモノにしよう」
柏・ネルシーニョ監督 「相手がボールを持った時に寄せをもっと早くすること」「もっと前へ!」「前半の残り20分で見せた闘志あふれるプレーを後半も見せて欲しい」
つまり、どういうことかというとガチで行くぞという意味だ。より寄せを早くして、よりコンパクトに、よりスピーディーに。ハイテンション、ハイ集中力、ハイ闘魂でぶち当たれという意味だ。
で、その通りの後半戦になった。前半に輪をかけたやり合い。サッカーってさ、創造性あふれる崩しとか、技巧をこらしたキックとか、そういうのが面白いってことになってるでしょ。この試合のような、互いに「未然に防ぐ」をやり切る展開って不当に評価が低いよね。が、マジ面白かった。大体のところは高密度の「未然に防ぐ」だから、一見何も起きないんだ。ごくたまに「未然に防ぐ」の網目をかいくぐったのがエリアまで到達する。で、両軍GKがガッチリ抑える。僕はタイムアップまでこのまま行くかもなと覚悟した。
しかし、次第に「このまま行くかもな」は願望に変化しはじめる。内容が柏に傾いていくのだ。というか、公平に見て圧倒されている。新潟はチャンス自体が作れなくなる。まぁ、目まぐるしい展開のなかでピーンと緊張感が保たれているから、一見、圧倒されている印象は薄いのだ。が、新潟は手づまりだ。柏のほうも手づまりは手づまりだが、そろそろ突破口が見えつつある。
好位置でFKを与えてしまった。後半28分、左サイドから柏・田中順也がニアを狙ってくる。これがポストを叩き、はね返りを鈴木大輔が蹴り込む。やられた。よりにもよって大輔の「恩返しゴール」かぁ。試合はそのままタイムアップ。僕は正直言って柏やるなぁ、という感想だ。
勝敗を分けたのはわずかな差だと思うのだ。引き締まった素晴しいゲームだった。でも、僕は完敗と書き残しておきたい。力の差があった。柏は巧いし、構成力がある。そして、ケガ人続出の危機のなかで根性を見せた。じゃ、新潟はどうするか。もっと強くなればいいだけのこと。
いい勉強っす。中断期間のいい目標ができた。てか、これを踏まえて中断前、ナビスコカップで再戦できる。たぶん読者も久々の黒星がショックだろう。負けって悔しいものなんだなぁと再認識してるんじゃないか。まぁ、大事なことはポジティブであることだ。負けて学ぶこともある。悔しさからはじまることもある。
附記1、ブラジルW杯日本代表23人と予備登録7人が発表になりましたね。酒井高徳(シュトゥットガルト)がわざわざアルビレックス新潟へ寄せてくれたコメント最高でしたね。さすが「新潟代表」! そして川又堅碁は残念でした。この経験を糧に、更にスケールの大きなプレーヤーに成長してくれることを信じています。
2、この日は記者席に後藤健生さん、国吉好弘さんらベテラン記者が揃ってなかなかでした。後藤さんとは帰りの常磐線で一緒になり、あれこれ話し込んだんですが、柏・小林祐介と新潟・小泉慶という、2人の10代プレーヤーに感心しておられましたよ。
3、急にですけどブラジルへ行く話が舞い込んで、ビザ申請ですよ。びっくりですよ。あと黄熱病の予防接種もしなきゃいけないね。ひょっとして散歩道もブラジルから原稿送る回とか出るのかなぁ。細かいことぜんぜん決まってないんですけどね。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
