【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第281回

2016/3/10
 「白星発進」

 J1開幕節(第1ステージ)、湘南×新潟。
 2016明治安田生命J1リーグの開幕だ。2月末の平塚は晴れ。但し、風が強かった。クラブ創設20周年を迎えるアルビレックス新潟は、吉田達磨・新監督を迎え、コーチ・スタッフ陣がすっかり若返った。チームロースターもフレッシュだ。新加入は伊藤優汰(京都)端山豪(慶応大)、後はレンタルバック組が目に付く。果たしてどういうスタメンになるのか注目だった。

 というのは2つある。前めの選手(特にMF)は誰を起用してもそれぞれ特徴があり、目移りしてしまう。一方、後ろはケガ人も出て、手薄に思える。右サイドバックは松原健が万全ではなく、小泉慶が務めるらしい。それなら何で川口尚紀をレンタルに出したか。システムはキャプテン小林裕紀をアンカーに置いた「4-1-4-1」になりそうだ。報道では小塚和幸、早川史哉がスタメンを張るらしい。大抜擢(ばってき)である。

 読者よ、このスタメンを覚えていて欲しい。まさに「鉄は熱いうちに打て」だ。ここから熾烈な競争がスタートする。小塚は激戦区のスタメンを死守しようとする。この日は勝負どころで仕事ができた。が、守備で穴も開けた。このポジションは加藤大はもちろん、小泉慶も狙ってるし、(びっくりしたことに)ベンチメンバーを外れた成岡翔、端山豪も狙ってる。ていうか前めは「4-1-6-1」くらいでちょうどいいのだ。ただそれだとサッカーじゃなくなってしまうから自重している。

 早川は舞行龍の故障で「新人開幕スタメン」の大役をつかんだ。ショービズの世界で代役からスターダムにのし上がるエピソードをよく耳にするけれど、早川にはその可能性がある。フツーに考えれば実績のあるイム・ユファン先発だ。が、達磨さんはそうしなかった。何故かといえば「鉄は熱いうちに打て」のひと言に尽きる。人生一度きりのルーキーイヤーの開幕戦だ。そこで体験したことは(たとえ失敗しても)一生の財産になるだろう。

 メンバー表をもらってゾクゾクした。GK守田達弥。DFは左からコルテース、大野和成、早川史哉、小泉慶。アンカーは小林主将。その前列にパスの供給ができる小塚とレオ・シルバ。で、左右に突破力のある山崎亮平とラファエル・シルバが控えて、トップはもちろん指宿洋史が張る。
 一方、湘南も新チームといっていい鮮度だ。遠藤航、永木亮太、秋元陽太が抜けたけれど「湘南スタイル」はブレない。むしろ5年目のチョウ・キジェ監督は自信を深めている。柏から戻った高山薫が好調らしい。GKは去年、松本山雅で当たった村山智彦だ。

 選手入場はスタジアム全体が鼻血が出そうなくらい興奮していた。新潟サポはゴール裏はもちろん、メインにもバックスタンドにもぎっしりだ。4千人近かったと思う。これは凄いよ、ざっくり言って入場者数の1/4がオレンジ色だ。ゴール裏は(敵地ながら)オレンジと青のコレオで選手らを迎えた。サッカーが始まる。身体のなかを血が駆けめぐる。

 試合。これがキックオフから猛攻を受けた。一方的に押し込まれ、ピッチの半分しか使えない。鬼プレスを受けて、ボールを奪われる。胃がぎゅっと縮まった。時間もスペースもないせいか、苦しまぎれに出したパスがことごとくさらわれる。いや、後で聞いたらそれだけじゃなかった。ベルマーレはこの日、Shonan BMWスタジアム平塚の芝を長めに刈り、球足を遅くした。(慣れるまでの間)新潟のパスは途中で失速し、それをさらわれていたのだ。

 だから序盤の猛攻は入念に準備されたキジェさんの仕掛けだった。それをどうにかしのぎ切り、試合を落ち着かせられたのは戦術云々ではなく、皆の頑張りとラッキーのおかげだ。あの時間帯、2点くらい取られても不思議はなかった。ひとつ作用したのは、先週の非公開トレーニングマッチ(川崎戦、@等々力)で「トータルスコア1対8のボロ負け」を食らっていたことだ。チームに危機感が芽生え、皆、必死に戦った。

 といって守備が危なっかしいことに変わりない。招待試合のブリーラム戦で露呈したセットプレー守備の緩さ(と、GK守田の判断のあいまいさ)はこの日も見られた。流れのなかでも何度も崩された。正直なところ、よく無失点のまま終盤まで行けたと思う。

 が、耐えに耐えていた試合が一変する。カウンターがハマッた。相手の3バックの1枚が上がったらウラを突こうと狙っていた。これは達磨さんが入念に準備した作戦だ。起点になったのはキャプテン小林。スペースに出して、それを山崎ギュンギュンが持ち上がる。中央で小塚が受けてレオに出し、それを猛然とオーバーラップしたコルテースに渡す。コルテースのクロスは矢のようにエリアを切り裂く。これが去年は誰にも合わなかった。大丈夫です、今年は合いますよ。前半28分、ファーでラファがドンピシャ!

 新潟の今季ファーストゴールは「パスセンス持ってる選手」と「推力ある選手」「突破力ある選手」「シュートセンス持った選手」が同じ絵を描いたファインゴール。おまけにレオの第三子誕生を祝うゆりかごパフォーマンスまで飛び出した。

 これでムードがグッと上がった。形成逆転か。勢いづいて追加点か。いやいや、そうはならないんだな。湘南はガンガンに攻めてくる。キジェさんはチームから「ビルドアップ」という言葉を排除したそうだ。下から組み立てて上がってくイメージがまだるっこしい。奪う→勝負する→連動する→勝負する。即断即決。いや、遠藤永木いないからラクかと思ったらとんでもないね。ひとつ助かったのは初っ端だったからムラがあったこと。新潟はうまくやった。ヒヤヒヤするシーンは続いたけれど、きっちりカバーに行ったり、集中できていた。1対0のまま終盤を迎える。

 では、この試合のクライマックスをどうぞ。これもカウンターからの得点。2人の交代選手が関与している。一人は加藤大。大は敵CKのクリアからセカンドボールを拾い、(「奪う(即断即決)」に来た相手をかわして)自分で持ち上がる。左スペースに新戦力の伊藤優汰が見えた。

 伊藤はどうしたか。このとき、新潟の選手は他に3、4人駆けあがっている。いちばん有力なのは左外でフリーになってた指宿だろう。僕は瞬間、「左に出せ!」と叫んでいた。が、指宿はオトリだった。←この日、誕生日なのに。敵DFがつられて動くタイミングを伊藤は使った。独特の間合い。後半31分、左足で放ったシュートはGK村山の手先をかすめ、ゴールに吸い込まれる。2対0。待望の追加点。

 僕はこのときのベンチ前の弾けっぷりを忘れない。優勝したのかと思った。監督、コーチ陣、スタッフ、リザーブ選手が抱き合い、飛び上がり、素晴らしい雰囲気だった。あの一体感が「達磨アルビ」だ。ベンチが若返ったんだなぁと実感する。特にね、北嶋秀朗コーチと川浪吾郎が気持ちを出してる(あるいは「気持ちを出そうよと周囲にメッセージを発している」)んだ。

 正直言って中身はまだまだ。終了間際、PKを献上し1失点を喫したことも含め、反省材料はいくらでもある。戦評をワンフレーズにまとめると「危なっかしい試合」だ。が、とにかく勝てた。勝って反省できるのは大きいよ。たぶん誰もがポジティブなものを感じている。これはいいチームになる。いいシーズンになる。


附記1、伊藤優汰選手のゴールは『やべっちF.C.』(テレビ朝日)の開幕節サブイボ賞をゲットしましたね。おめでとうございます。J1デビュー戦で即・初ゴールです。しかも、あの直後、もう1点取りそうでしたよね。

2、山崎亮平選手→伊藤優汰選手の交代は、女子サポーターの間で「ゆるキャラIN→ゆるキャラOUT」の名采配として語り継がれるでしょう。愛くるしいドリブラー2枚(?)が人気沸騰です。

3、2点目ゴール後の弾けっぷりもそうですが、後半、敵CKが続いた時間帯にベンチスタッフが総出でジェスチャーを送ってたのも印象深いですね。後で聞いたら「(CKの守備で)味方の距離が狭くなってるから、広がれ!」だったらしいんだけど、結局、そのときは伝わらず、後で呼んで言った(笑)ということです。まぁ、そりゃセットプレーの守備は課題だから伝わったほうがいいに違いないけど、あのベンチ前総出で手を広げてピョンピョンしてるような絵はなかなか見れないと思います。
 
4、早川史哉選手よかったですね! 


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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